俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第3章 南海冒険編

28.美少年の化けの皮

「うふふ、すぐに準備するから待っててね~」

「・・・・・・」

 バルトロ・ブラッドペイン・・・またの名をクリスティーナは、自分の船室へと少年を連れ込んでベッドの上に座らせた。
 鏡台の前に腰かけて、バラの花びらを浸した水で丁寧に化粧を拭い落しながら、クリスティーナはちらりと鏡越しに少年の顔を見る。

 黒髪に線の細い顔立ちをした少年は、ベッドに腰かけたまま下を向いてうつむいている。
 健康そうな唇は小刻みに震えていて、長いまつげには涙の粒が貼りついている。

「怯えちゃって、可愛いんだから。すぐに天国に連れて行ってあげるからね~」

 クリスティーナは鼻歌を歌いながら、口の端から流れたヨダレを舌で舐めとる。
 ダンディなおじ様も精悍な若者も顔が好みであれば平等に抱くことができるクリスティーナであったが、13歳未満の少年は特別に愛していた。

 子供から大人への階段を昇る年頃の少年は、蝶に羽化しようとする蛹のようなものだ。
 うかつに触れてしまえば歪んだ羽になってしまい、まっすぐ飛ぶことはできなくなってしまう。
 さながら男にも女にもなり切ることができない、クリスティーナと同じように。

「さあて、お待たせっ♪」

「ひっ・・・!」

 しっかりと化粧水で肌のケアまでしたクリスティーナは、ベッドの上の少年を押し倒して小さな体の上に覆いかぶさった。
 怯えて縮こまる少年の表情を存分に楽しみながら、にっこりと満面の笑みを浮かべる。

「大丈夫よお、子供から大人になるだけ。誰でもいつかは通ることなんだからあ」

「・・・・・・っ、なんです」

「あら、なあに」

 少年が何事かをつぶやくが、声量が小さく聞き取ることができなかった。
 クリスティーナは首を傾げて、少年の口元へと耳を寄せる。

「・・・私は、不愉快なんです」

「えっ?」

「不愉快だと、言っているのですよ」

 ザクリ、とクリスティーナの首から音がした。
 ボタボタと熱い液体がしたたり落ちて、シーツに赤いシミを作る。

「ひ、ひぎいっ!?」

 クリスティーナは少年の身体から慌てて飛びのき、首筋に手をあてた。
 指先に金属の感触がある。鏡を見ると、極太の針がクリスティーナの首に突き刺さっていた。

「な、がっ・・・な、何なのよこれっ!」

「私は今とても機嫌が悪いのです。何故だかわかりますか?」

「あ、あなたは・・・!」

 少年がベッドの上に立ち上がった。
 先程まで怯え切った様子を見せていた瞳が、鋭い視線でクリスティーナを睨みつける。
 別人のように濃厚な殺気を放ってくる少年に、クリスティーナは「ひうっ!」と悲鳴を上げた。
 ゆらりと幽鬼のように立ちながら、少年はクリスティーナに向けて3本の指を立てた。

「私が不機嫌になっている理由は三つあります。一つ目は、主以外の男性に肌を触れられたこと。貴方は中身が女性のようですが、外見は気持ちの悪い男ですから。やはり気分が良いものではありませんね」

 少年が1本、指を折る。
 ベッドから降りてジリジリとクリスティーナとの距離を詰める。

「な、何を言って・・・」

 クリスティーナは震える声でつぶやいて後ずさる。
 いまだに自分の身に何が起こったのか、理解できなかった。
 自分の首に針を刺したのは目の前の少年以外にあり得ない。それがわかっていながら、現実を受け入れることを脳が全力で拒絶している。

「二つ目は潜入のために髪の毛を切ったこと。まあ、これは自分から言い出したことですけど・・・ディンギル様は長い髪の女性が好みなんですよ。ただでさえ新しい女が現れたというのに、わずかでも主の寵愛を落としかねないことをしてしまったのは、とても腹が立ちます」

 二本目の指を折り、少年はどこからか針を取り出した。
 己の首に刺さっているのと同じ針を見て、クリスティーナはガクガクと震える。

「最後の一つは・・・・・・誰も私が女だと気がつかなかったことです。いくら胸もお尻も小さいとはいえ、髪を切ってズボンを履いたくらいで男に間違えられたのは非常に不愉快です」

「あ、あなたはまさか・・・!」

 どうか違っていて欲しい。
 そんな願いを込めて、クリスティーナは尋ねた。
 しかし、その祈りは届くことはなく無情な返答が返ってきた。

「はい、私は女です。何か文句でも?」

「きゃああああああああああああっ!」

 クリスティーナは悲鳴を上げながら、転がるようにして部屋から飛び出した。

「女っ、女っ、女女女女女女女女女女女女女おんなっ! いやあっ、触っちゃった! 汚らわしい、汚らしい! おぞましいいいいいいいいいっ!」

 男でありながら女の心を持つクリスティーナにとって、女性という生き物は全て嫉妬の対象であり、憎悪と恐怖の対象でもあった。
 なかでも、自分がどれほど望んでも手に入らない美貌を持った『美女』や『美少女』は天敵といってもいい程だ。

 クリスティーナは全身全霊、全力でその場から離脱して、船室の扉を蹴るように開けて逃げて行った。

「いくらなんでも、そんなに怖がらなくてもいいのでは・・・?」

 少年に扮していた少女・・・ディンギルのメイドであり暗殺者でもあるサクヤは、クリスティーナのあまりの豹変ぶりに肝を抜かれて、逃げる背中を呆然と見送ってしまった。

「ああ、逃がしてしまいました。毒を打ち込んでありますから時間の問題ですけど・・・とりあえず、追いかけましょうか?」

 やがて、暗殺のターゲットを取り逃がすというありえない失態を犯したことに気がついたサクヤは、困ったように首を傾げてその足取りを追っていくのであった。
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