俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 王都武術大会

4.黒獅子の牙

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side バロン・スフィンクス

「まったく、なんと腹だたしいことか!」

 王都武術大会本戦1回戦を終えた私は、憤然と踵を鳴らして王都を歩いていた。
 試合結果は勝利。それも相手をまるで寄せ付けない、圧勝であった。
 にもかかわらず、私の胸にはムカムカとした苛立ちが宿っており、処理しきれない感情を持てあまして奥歯を噛みしめていた。

「なにが田舎貴族だ! 軟弱貴族のぶんざいで私のナームを馬鹿にしおって!」

 対戦相手は中央貴族の、セイバールーン流とかいう流派の槍使いであった。
 試合中はさんざん偉そうなことを話していたが、立派なのは口上と装備だけではっきり言って雑魚だった。
 おまけに対戦相手の男は、試合中に西方辺境の貴族であるスフィンクス家を侮辱するようなことまで口にしており、その中傷の対象には妹のナームまで含まれていた。

 侮辱のお返しとばかりにボロ雑巾のように畳んでやったが、それでも腹の虫は収まることなく、まだ胸に怒りの炎が燃え盛っていた。

「まったく、王都にナームが来る前でよかった! あんな汚い言葉は可愛いあの子の耳には入れられぬ!」

 いまから数日後、西方辺境から妹のナームと、私の婚約者であるネフィという娘が王都にやって来ることになっていた。
 彼らの目的は、私を応援することである。本当は武術大会が始まる前に来られるはずだったのだが、街道が崖崩れでふさがれてしまったため、到着にはまだかかるとのことである。

「口先だけの三下が負け犬のようにキャンキャンと咆えおって! ああ、鬱陶しい!」

 私の怒りを見てか、道行く人々はこちらを避けて遠巻きに歩いている。
 明らかな怯えを表情に出す彼らの顔を見て、私はわずかに冷静さを取り戻す。

「む、いかんな。貴族たるもの悪戯に平民を威圧してはならぬ」

 己の感情を律するように両手で頬を叩き、私は大通りから外れて裏道へと入った。
 人気のない裏道であれば誰に気を遣うこともなく、ついでに私が下宿としている屋敷への近道にもなる。
 しかし、しばらく裏道を行くうちに不穏な気配を感じ取った。

「誰ぞ。隠れているのならば出て来い」

 私が静かな口調で告げると、やがて物陰から複数の陰が現れた。
 前方に二人。背後に三人。覆面で顔を隠した男達はいずれも剣や槍で武装しており、殺気をたぎらせた目でこちらを睨んでいる。

「バロン・スフィンクスだな」

「いかにも」

 確認というよりも断定するような詰問に、私は短く答えた。
 明らかな敵を前にした事で腹の内の怒りはひとまず収まった。その点については、目の前のならず者どもに感謝せねばなるまい。

「お前には武術大会を辞退してもらう。抵抗しなければ骨の1、2本で許してやる」

「笑止」

 私は吐き捨てるように言って、剣の柄に手を添える。

「どうして戦わずして敗北できよう。武人の名折れである」

「そうか・・・ならば!」

 背後から強い殺気を感じた。
 身体をひねって左へ避けると、先ほどまで私がいた場所を槍の穂先が突き抜けた。

「ムンッ!」

「うおおっ!?」

 私は槍をつかんでこちらに引き寄せ、そのまま剣を抜いて刺客の一人を斬り捨てる。

「かかれ!」

 仲間の一人が斃されたの見て、他の刺客が一斉に襲いかかってくる。

「遅くて、鈍くて・・・そして温いのだよ!」

 突き出され、切り裂いてくる刃を剣一本で防いでいく。
 わずかでも防御のタイミングを間違えば肉を切られ、骨を断たれるであろう攻撃を順番に捌いていく。

「こいつ・・・なんで当たらねえんだ!」

 防戦一方なのはこちらだったが、焦っているのは刺客のほうである。
 四人の攻撃を一本の剣で防ぎきっているのだから、あちらからしてみれば魔法でも使っているように見えるのだろう。

「我がスフィンクス家の剣は質実剛健。絶対防御の巌の剣である! 貴様らごときの技で突き崩せるものか!」

 かつてディンギル・マクスウェルに破られはしたものの、目の前の刺客は明らかにあの後輩よりも格下である。
 斬られるどころか、かすり傷一つ負ってなるものか!

 私は焦りから粗雑になっていく刺客の剣を捌きながら、徐々に反撃をしていく。

「くっ・・・馬鹿なあ!」

 剣撃の隙間を縫うようにして敵を斬りつけると、攻めているはずなのにダメージを負っている刺客が理不尽を嘆く悲鳴を上げる。
 やがて刺客は一人、また一人と倒れていき、残り二人になったところでこちらに背を向けて逃げだした。

「ふんっ、他愛もない!」

 追撃はしない。あんなならず者を追い討ったところで、剣が血で汚れるだけだ。
 私は倒れている刺客の身体を足で蹴って仰向けにして、顔面を覆っている覆面をはぎ取った。

「ふむ・・・見覚えはない、か」

 3人の刺客の顔は記憶にない。
 誰かに雇われたのか、それとも・・・

『俺達のような地方貴族が優勝することを、面白くないと思っている奴らは大勢います。戦いというのは戦場だけで行われているものではありませんので、どうぞご注意を』

 私の頭の中に、数時間前に後輩からかけられた言葉がよみがえる。
 あの生意気な後輩は、ひょっとしたらこの事態を予想していたのだろうか。

「どこまでも気にいらぬな! まったくもって、喰えない男め!」

 私は刺客の死体はそのままに、舌打ちを一つかましてから裏通りを後にした。
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