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幕間 王都武術大会

10.夢幻の花

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 その日は午前中に試合があった。本戦2回戦の対戦相手は貴族学校の同輩で、顔見知りの友人である。

「よっと!    勝負あったな」

「っ・・・! まいった!」

 俺の一撃が対戦相手の剣を弾き飛ばす。
 相手は少しだけ悔しそうに表情を歪めてから、観念したように両手を上げた。
 観客席から歓声が上がる。俺は剣を腰に納めて、尻もちをついた対戦相手に右手を差し出す。

「いい試合だったな。楽しめたぜ」

「チェッ、お世辞を言いやがって。手加減してたのが見え見えだぜ!」

 対戦相手は拗ねたように唇を尖らせながら、俺の手をつかんで立ち上がる。

「そのまま優勝しろよ。スフィンクス先輩に一泡吹かせてやれ!」

「そうするさ。お疲れさん」

 俺と友人は互いの健闘をたたえ合い、笑顔で別れた。
 相手は顔見知りの友人であるため、当然ながら1回戦のように痛めつける真似もしない。
 勝者も敗者も笑って試合を終えることができる、気持ちの良い試合だった。

「とりあえずは順調。あとはセイバールーンの出方次第なんだが・・・」

 試合を終えて、俺は闘技場の前に貼られた対戦表を見上げた。

 本戦の出場者は32名で、5回戦が決勝となる。
 バロン先輩も順調に勝利を収めており、このまま勝ち進めば決勝でぶつかることになるだろう。
 セイバールーン侯爵の嫡男とやらの名前も探してみると、こちらも勝ち残っているようである。ベナミス・セイバールーンという名前の青年とは、バロン先輩が準決勝で戦うことになる。
 順当に考えればバロン先輩が勝つだろうが、セイバールーン侯爵はそんな結果を認めはしないだろう。何かしらの謀略を仕掛けていることは想像に難くなかった。

「ま、どんな策を仕掛けてくるのかはお楽しみだな。せいぜい楽しませてもらうとしよう」

 俺は対戦表に背を向けて、闘技場の扉をくぐった。
 俺のことに気がついた観客の何人かが声をかけてくる。舞台役者にでもなったような気分を味わいながら、軽く手を振って応えながら大通りへと繰り出した。

「さて・・・午後は特に用事はないんだが、どうしたもんかね」

 今日はエキドナも応援には来ていない。もちろん、我が婚約者であるセレナの姿も応援席にはなかった。
 俺は時間を持て余して、大通りに並ぶ露店を覗きながらぶらぶらと歩いた。
 年に一度の武術大会ということもあり、大通りは人であふれかえっている。普段は見かけないで店も並んでおり、広場では大道芸人が帽子からハトを出して通行人を沸かせていた。

「祭りってのはいいもんだ。王都でも東方でも変わらない。普段は表に出てこない人間の生命力みたいなものを感じるな」

 良い香りを匂わせている屋台を見つけたので、竹串に刺さった鶏肉を購入してかぶりつく。
 スパイシーなソースと香ばしい肉の味が口の中一杯に広がっていき、俺の顔も自然と緩んでいく。

「うむ、美味い。トロミのついたソースが絶妙だな。だけど・・・!」

「ヒッ・・・!」

 俺は背後からさりげなく近づいてきていた男に、肉の串を突きつけた。眼球を刺し貫く寸前で止められた串の先端に、男が短い悲鳴を上げる。

「俺は今とても機嫌がいい。見逃してやるから失せな」

「っ・・・・・・!」

 男の手には果物ナイフほどの大きさの刃物が握られていた。
 刃物には赤黒い液体が塗られている。毒々しく妖しい液体は、まさか焼き鳥のソースではないだろう。
 俺に恫喝されて、男は怯えた目でこちらを見ながら人ごみの中へと消えていった。

「俺を暗殺したいのなら、最低でもサクヤぐらいには気配を消して欲しいものだな」

 俺は竹串をクルリと回して、舌で残っていたソースを舐めとった。

 先ほど襲ってきたのはセイバールーン侯爵の刺客だろう。
 足捌きなどからそれなりに武術をかじっている雰囲気は伝わってくるのだが、気配の消し方は素人である。
 一度は『鋼牙』に命を狙われた経験がある俺にとっては、児戯のような襲撃であった。

「この調子だと決勝戦までに俺を殺すことは難しそうだな。さて、次はどんな手を打ってくるのやら」

 そんなことを考えて俺も人ごみに混ざろうとしたが、ふと大通りの反対側から湧き立つようなざわつきが聞こえてきた。
 祭りの雑踏とは別物の、まるでサプライズで現れた有名人を出迎えるような声である。

「美女でも歩いているのかな・・・・・・って、マジかよ」

 雑踏をにぎわせているものの正体を目にして、俺は思わず足を止めてしまった。

 そこに歩いていたのは、異教の女神のようにエキゾチックな美女であった。
 金細工のような長い髪を背中に流したその女性は、踊り子のように露出の高い服を着て褐色の肌を存分にさらしている。
 年齢は20代前半ほどだろう。ムッチリと盛り上がった胸と臀部、アンバランスに細い腰が幻想的な魅力を醸し出している。
 女性が長い美脚を踏み出すたびに、宝石があしらわれた腰布がシャラシャラと涼しげな音を立てている。音に乗せて、まるで蜂蜜のように甘ったるい色気がこちらまで香ってくるようであった。

「うふふっ・・・」

「・・・・・・っ!」

 女性がすれ違いざま、俺の視線に気づいてウィンクをしてくる。
 嫣然と笑みを浮かべた唇に目を奪われ、俺はその場で凍りついて固まってしまった。
 やがて女性が通り過ぎて、たっぷり十秒ほどたってから俺の時間が動き出した。

「プハッ・・・・・・夢に出るような、ってのはこういうのを言うのかね。俺ともあろう者が圧倒されちまったぜ」

 呼吸をするのも忘れて、尋常ならざる美女に見惚れてしまった。俺は首を振って頬を手で叩く。
 女性に関しては百戦錬磨を誇る俺でさえ、心を奪われかねないほどの色香であった。
 周りを見渡してみると、他の通行人も女性の美貌に目を奪われてぼんやりとその背中を見送っていた。
 男性だけでなく、女性までもがそんな様子なのだから恐ろしいばかりである。

「胸のサイズだけならエリザといい勝負なんだが、あの匂いたつような色気は・・・・・・あっ?」

 俺は大通りを去っていく女性の後方に、怪しげな風体の男達が後をつけているのに気がついた。
 男達の顔には下卑た笑みが浮かんでおり、美女に対してよからぬ欲望を抱いているのは明白であった。

「気持ちはわからなくもないが・・・お前らごときが、あれほどの美女に触れるのは不愉快だよ」

 俺は焼き鳥の竹串を懐にしまって、男達の背中を追って地面を蹴った。
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