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第4章 砂漠陰謀編
4.港町の夜
ランペルージ王国南方辺境の港町である領都アタワルパ。
サンダーバード辺境伯家のお膝元。王国最大の交易都市として栄えるこの町は、真夜中になっても眠りにつくことはない。
町の繁華街には無数のかがり火が立てられていて昼間のように明るく、オレンジの明かりに照らされた舞台ではきわどい姿の踊り子が舞っている。
酒瓶を傾けながら男達が踊り子をはやし立て、道を娼婦と腕を組んだ男が往来していく。
そんな眠らない町の片隅。俺は宿泊している宿屋の二階から騒がしい街の風景を見下ろして、うんざりしたように溜息をついた。
「楽しい旅行・・・というわけにはいかないもんだな。まったく、呪われていやがる」
「本格的に神殿にお祓いに行ったほうがよろしいのでは? 最近、ディンギル様のトラブル体質が悪化しているような気がします」
「そうするかなあ・・・いや、そんな暇があればなんだが」
俺・・・ディンギル・マクスウェルは窓を閉めて、部屋の中へと振り返る。
ベッドに腰かけて櫛で髪を梳いているのはメイド服姿を着た黒髪の少女。俺の専属メイドであり、『鋼牙』に所属する暗殺者のサクヤであった。
バアル帝国で起こった騒動、南方の海賊達との戦いを共にした従者の顔には不思議なほどに疲れの色はなく、旅行を満喫しているようにツヤツヤとしている。
そんな少女の顔を羨ましく思いながら、俺は物憂げに腕を組んだ。
「獅子王船団、あの恐るべき大海賊キャプテン・ドレークとの戦いが終わったと思ったら、今度は西方国境が破られただと? 要塞を守っていたバロン先輩が生死不明とか、どんな悪夢だよ。笑えなさ過ぎて逆に面白いぜ」
「スフィンクス家が滅んだわけでもありませんし、ディンギル様が気にすることなのでしょうか? 『恐怖の軍勢』というのはそんなにも恐ろしい相手なのですか」
「当然だ。あれは国を滅ぼす怪物だぜ」
サクヤの問いに、俺は打てば響くような態度で返した。
「俺は直接戦ったことはないが、親父から話は聞いている。乾ききったミイラの軍勢。食事も睡眠も必要なく、ただ生きとし生けるものを殺すことしか考えていない死者の群れ。兵站の概念を持たず、戦争のルールの通用しない害虫の大群を相手にできる事は多くないぜ?」
もしも彼らが人間の軍隊であったならば、撃退する方法などいくらでも思いつく。
しかし、『恐怖の軍勢』は怪物であって人間ではない。人間のルール、常識は一切通用しないのだ。
休息をとることもなく、占領した土地を統治することもなく、ただ殺すことだけを目的に進み続ける軍隊など、領主にとっては悪夢の権化だ。
「国境を破ったミイラどもは獲物を求めて西方辺境中に散らばっていくだろうな。山火事が燃え広がるように全てを飲み込もうとする。西方辺境が食い荒らされたら、今度は中央、南方、北方、そして東方辺境まで押し寄せてくるかもしれない。王国中が地獄絵図に変わるだろうよ」
「・・・・・・」
事態の重さを思い知ったのか、サクヤの表情も戦慄に凍りついている。
固く強張った顔の筋肉を動かして、やがてぽつりとつぶやく。
「ご当主様は援軍を送られるでしょうか?」
「送ろうとするだろうな。問題は送れるかどうかだが」
俺はランペルージ王国の地図を頭に思い描く。
東方辺境から西方辺境に援軍を送ろうとすれば、当然ながら王国中央部を通らなければならない。
ただでさえ国王の代替わりによって王都は揺れているのだ。こんな情勢下で、はたしてマクスウェル家の軍隊を通す許可がもらえるだろうか?
「まあ・・・俺達の力が必要になるとは限らないからな。南方のサンダーバード家、北方のウトガルド家だって援軍を送ろうとするだろう。王宮だって対処を迫られるだろうし、最悪の事態にはならないとは思うが・・・」
「ディンギル様。貴方の悪い予感はとても当たりやすいのです。滅多なことは言わない方がよろしいかと」
「・・・・・・」
サクヤの言葉に引きつった笑いを返しながら、俺は上着を脱ぎ捨ててベッドに横になった。待ってましたとばかりにサクヤが馬乗りに覆いかぶさってくる。
(すべては明日だ。当事者からの話を聞いてみないと、策の立てようもない)
明日の正午、スフィンクス家の使者がサンダーバード家を訪れることになっている。俺もそこに立ち会わせてもらえるようにエキドナから許可は貰っているし、詳細な情報を聞くことができるだろう。
「できれば自力で解決してもらいたいところなんだが・・・忙しくなる前に楽しんでおくか」
「あんっ!」
俺は手を伸ばして、メイド服の胸元を開いた。
港町の夜は燃えるように熱く更けていった。
サンダーバード辺境伯家のお膝元。王国最大の交易都市として栄えるこの町は、真夜中になっても眠りにつくことはない。
町の繁華街には無数のかがり火が立てられていて昼間のように明るく、オレンジの明かりに照らされた舞台ではきわどい姿の踊り子が舞っている。
酒瓶を傾けながら男達が踊り子をはやし立て、道を娼婦と腕を組んだ男が往来していく。
そんな眠らない町の片隅。俺は宿泊している宿屋の二階から騒がしい街の風景を見下ろして、うんざりしたように溜息をついた。
「楽しい旅行・・・というわけにはいかないもんだな。まったく、呪われていやがる」
「本格的に神殿にお祓いに行ったほうがよろしいのでは? 最近、ディンギル様のトラブル体質が悪化しているような気がします」
「そうするかなあ・・・いや、そんな暇があればなんだが」
俺・・・ディンギル・マクスウェルは窓を閉めて、部屋の中へと振り返る。
ベッドに腰かけて櫛で髪を梳いているのはメイド服姿を着た黒髪の少女。俺の専属メイドであり、『鋼牙』に所属する暗殺者のサクヤであった。
バアル帝国で起こった騒動、南方の海賊達との戦いを共にした従者の顔には不思議なほどに疲れの色はなく、旅行を満喫しているようにツヤツヤとしている。
そんな少女の顔を羨ましく思いながら、俺は物憂げに腕を組んだ。
「獅子王船団、あの恐るべき大海賊キャプテン・ドレークとの戦いが終わったと思ったら、今度は西方国境が破られただと? 要塞を守っていたバロン先輩が生死不明とか、どんな悪夢だよ。笑えなさ過ぎて逆に面白いぜ」
「スフィンクス家が滅んだわけでもありませんし、ディンギル様が気にすることなのでしょうか? 『恐怖の軍勢』というのはそんなにも恐ろしい相手なのですか」
「当然だ。あれは国を滅ぼす怪物だぜ」
サクヤの問いに、俺は打てば響くような態度で返した。
「俺は直接戦ったことはないが、親父から話は聞いている。乾ききったミイラの軍勢。食事も睡眠も必要なく、ただ生きとし生けるものを殺すことしか考えていない死者の群れ。兵站の概念を持たず、戦争のルールの通用しない害虫の大群を相手にできる事は多くないぜ?」
もしも彼らが人間の軍隊であったならば、撃退する方法などいくらでも思いつく。
しかし、『恐怖の軍勢』は怪物であって人間ではない。人間のルール、常識は一切通用しないのだ。
休息をとることもなく、占領した土地を統治することもなく、ただ殺すことだけを目的に進み続ける軍隊など、領主にとっては悪夢の権化だ。
「国境を破ったミイラどもは獲物を求めて西方辺境中に散らばっていくだろうな。山火事が燃え広がるように全てを飲み込もうとする。西方辺境が食い荒らされたら、今度は中央、南方、北方、そして東方辺境まで押し寄せてくるかもしれない。王国中が地獄絵図に変わるだろうよ」
「・・・・・・」
事態の重さを思い知ったのか、サクヤの表情も戦慄に凍りついている。
固く強張った顔の筋肉を動かして、やがてぽつりとつぶやく。
「ご当主様は援軍を送られるでしょうか?」
「送ろうとするだろうな。問題は送れるかどうかだが」
俺はランペルージ王国の地図を頭に思い描く。
東方辺境から西方辺境に援軍を送ろうとすれば、当然ながら王国中央部を通らなければならない。
ただでさえ国王の代替わりによって王都は揺れているのだ。こんな情勢下で、はたしてマクスウェル家の軍隊を通す許可がもらえるだろうか?
「まあ・・・俺達の力が必要になるとは限らないからな。南方のサンダーバード家、北方のウトガルド家だって援軍を送ろうとするだろう。王宮だって対処を迫られるだろうし、最悪の事態にはならないとは思うが・・・」
「ディンギル様。貴方の悪い予感はとても当たりやすいのです。滅多なことは言わない方がよろしいかと」
「・・・・・・」
サクヤの言葉に引きつった笑いを返しながら、俺は上着を脱ぎ捨ててベッドに横になった。待ってましたとばかりにサクヤが馬乗りに覆いかぶさってくる。
(すべては明日だ。当事者からの話を聞いてみないと、策の立てようもない)
明日の正午、スフィンクス家の使者がサンダーバード家を訪れることになっている。俺もそこに立ち会わせてもらえるようにエキドナから許可は貰っているし、詳細な情報を聞くことができるだろう。
「できれば自力で解決してもらいたいところなんだが・・・忙しくなる前に楽しんでおくか」
「あんっ!」
俺は手を伸ばして、メイド服の胸元を開いた。
港町の夜は燃えるように熱く更けていった。
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