俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

文字の大きさ
200 / 317
第4章 砂漠陰謀編

11.少女の涙は届かない


side ナーム・スフィンクス

 兄、バロン・スフィンクスが戦死した。
 その知らせを聞いて私の心に生まれたのは、黒くぽっかりと開いた空洞だった。
 不思議なことに悲しいという感情は湧いてこない。
 それもそのはずだ。あの強かった兄が、戦いに敗れて討ち死にするなんて誰が思うだろう。

 バロン兄さんは幼い頃から辺境伯であった父から剣と勉学の手ほどきを受けており、十五のときに王都にある貴族学校へと進学した。
 その頃には剣の腕はお父様を超えており、私にとっては誰よりも強い英雄のような人だった。
    それは今も変わらない。バロン兄さんを倒すことができる人なんてこの世界に一人しかいない。

 そんな兄さんが死んだ。殺された。
 ギザ要塞から逃げ帰ってきた者の話では、兄さんはロード級の死者との戦いに勝利して、消耗したところを他の死者に襲われて城塞から転がり落ちてしまったらしい。
 兄という指揮官を失った要塞の兵士達は統率を失って崩壊して、あえなく落城することになってしまった。
 スフィンクス辺境伯領の内部に『恐怖の軍勢』が侵入してしまい、西方辺境は崩壊の危機を迎えることになった。



 スフィンクス辺境伯領、領都テーベ。
 西方辺境最大の都市であるこの町の中心、辺境伯邸にて二人の男が睨み合っていた。

 一人は私のお父様、西方辺境伯であるベルト・スフィンクスである。
 肝を患って久しいお父様はここ数年ですっかり頬が痩せこけている。かつては私達兄妹と同じ金髪を揃えていた頭も白髪が目立つようになっており、ゴールドとシルバーの混じったまだら模様の頭になっている。

「援軍は出せないだと? どういうことだ?」

 お父様は目の前に座っている男を睨みつけ、上品にヒゲを生やした口から唸るように言葉を発した。

「どういうこと・・・などと言われましてもな。出せぬものは出せぬのですよ、盟主殿」

 恫喝に近い言葉を受け流して、父の対面に座っている男が首を傾げる。
 テーブルを挟んでお父様と向かい合っているのは、対照的にでっぷりと腹を脂肪で膨らませた年配の男である。
 男の名前はナーヒブ・マッサーブ。スフィンクス家と領地を隣接するマッサーブ子爵家の当主であり、スフィンクス家から見れば寄子にあたる男である。
 いかにも贅の限りを尽くしている肉体を持つナーヒブは、プルプルとあごの肉を揺らしながら物憂げに溜息をつく。

「我々としてもスフィンクス家の危機を放置するのは心苦しいのですが・・・なにぶん、我らも自分の身を守らなければなりませんので。経済的にも苦しいですからなあ」

 そんなでっぷり太った体で何を言っているのだろうか。ナーヒブは白々しいほど遺憾そうな顔つきで禿げ上がった頭を抱えるようにする。
 あまりにも演技臭い態度に、お父様の額に青筋が浮かんだ。

 先日の敗戦によって西方国境のギザ要塞が落とされ、スフィンクス家の領内へと『恐怖の軍勢』が侵入してきた。
 ギザ要塞を突破されたときのために第二、第三の防衛ラインとなる砦はあるものの、主戦力をすでに失っているスフィンクス家には『恐怖の軍勢』を押し返すほどの力はない。やむを得ず他の貴族家へと救援を求めることになった。
 真っ先に救援要請をしたのが東に領地を隣接させるマッサーブ子爵家であったのだが・・・返答はまさかの『ノー』であった。

 兄が戦死したものとみなされているため、私は自然と次期当主になってしまい、二つの貴族家の話し合いに同席することになってしまった。
 12歳の私が当主同士の話し合いに参加するなど場違いすぎることだったけど、お父様から命じられてしまった以上はイヤとは言えない。
 私は気まずさに身体を縮こませながら、睨み合う二人を交互に見る。

「今の時勢がわかっていないのか!? 奴らは少しずつ東に勢力を伸ばしている! このままだと西方辺境全土が飲み込まれるぞ!?」

「そうなった時に備える必要があるので、自領から兵士を出せないといっているのですよ。ご理解いただけませんかな?」

 ナーヒブは口元にニタニタと笑みを浮かばせながら首を振る。

「無論、我らとて盟主であるスフィンクス家の危機に手をお貸ししたいのは山々でございます。しかし、我らも自分達の身を守らねばなりませんからな。よもや、この身を犠牲にしてまで自分達のために尽くせなどと無体なことは言わないでしょうな?」

「ぐっ・・・このタヌキめっ!」

 お父様が悔しそうに唇を歪めながら唸る。ナーヒブは父の悔しそうな顔を愉快そうに見つつ、懐から取り出した葉巻を咥えた。
 プカプカと煙を吐き出す姿はあまりにも不遜で、格下の貴族とは思えない態度であった。

「もちろん、スフィンクス家に滅んで欲しいわけではありませんので、どうぞご健闘ください。盟主殿?」

 ニヤケ面のまま捨て台詞を吐いて、ナーヒブは辺境伯家から去っていった。
 ナーヒブがいなくなってからすぐに父が胸を押さえてうずくまってしまったため、私は父の背中をさすり続けた。

「お父様・・・」

「ぐうっ・・・このままではスフィンクス家が・・・」

 お父様は苦しそうに胸を押さえながら、スフィンクス家の未来を案じてうめき声を上げた。

(私はどうすればいいのでしょう? スフィンクス家のために何かできることがあるのでしょうか?)

 頭に浮かぶのは兄の顔。義姉の顔。そして、兄の好敵手である文通相手の顔であった。

(ディンギルさま・・・わたしはどうすればいいのですか?)

 私は目頭を押さえ、零れ落ちそうになる涙を必死になって堪えた。

感想 1,043

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!