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第4章 砂漠陰謀編
11.少女の涙は届かない
side ナーム・スフィンクス
兄、バロン・スフィンクスが戦死した。
その知らせを聞いて私の心に生まれたのは、黒くぽっかりと開いた空洞だった。
不思議なことに悲しいという感情は湧いてこない。
それもそのはずだ。あの強かった兄が、戦いに敗れて討ち死にするなんて誰が思うだろう。
バロン兄さんは幼い頃から辺境伯であった父から剣と勉学の手ほどきを受けており、十五のときに王都にある貴族学校へと進学した。
その頃には剣の腕はお父様を超えており、私にとっては誰よりも強い英雄のような人だった。
それは今も変わらない。バロン兄さんを倒すことができる人なんてこの世界に一人しかいない。
そんな兄さんが死んだ。殺された。
ギザ要塞から逃げ帰ってきた者の話では、兄さんはロード級の死者との戦いに勝利して、消耗したところを他の死者に襲われて城塞から転がり落ちてしまったらしい。
兄という指揮官を失った要塞の兵士達は統率を失って崩壊して、あえなく落城することになってしまった。
スフィンクス辺境伯領の内部に『恐怖の軍勢』が侵入してしまい、西方辺境は崩壊の危機を迎えることになった。
スフィンクス辺境伯領、領都テーベ。
西方辺境最大の都市であるこの町の中心、辺境伯邸にて二人の男が睨み合っていた。
一人は私のお父様、西方辺境伯であるベルト・スフィンクスである。
肝を患って久しいお父様はここ数年ですっかり頬が痩せこけている。かつては私達兄妹と同じ金髪を揃えていた頭も白髪が目立つようになっており、ゴールドとシルバーの混じったまだら模様の頭になっている。
「援軍は出せないだと? どういうことだ?」
お父様は目の前に座っている男を睨みつけ、上品にヒゲを生やした口から唸るように言葉を発した。
「どういうこと・・・などと言われましてもな。出せぬものは出せぬのですよ、盟主殿」
恫喝に近い言葉を受け流して、父の対面に座っている男が首を傾げる。
テーブルを挟んでお父様と向かい合っているのは、対照的にでっぷりと腹を脂肪で膨らませた年配の男である。
男の名前はナーヒブ・マッサーブ。スフィンクス家と領地を隣接するマッサーブ子爵家の当主であり、スフィンクス家から見れば寄子にあたる男である。
いかにも贅の限りを尽くしている肉体を持つナーヒブは、プルプルとあごの肉を揺らしながら物憂げに溜息をつく。
「我々としてもスフィンクス家の危機を放置するのは心苦しいのですが・・・なにぶん、我らも自分の身を守らなければなりませんので。経済的にも苦しいですからなあ」
そんなでっぷり太った体で何を言っているのだろうか。ナーヒブは白々しいほど遺憾そうな顔つきで禿げ上がった頭を抱えるようにする。
あまりにも演技臭い態度に、お父様の額に青筋が浮かんだ。
先日の敗戦によって西方国境のギザ要塞が落とされ、スフィンクス家の領内へと『恐怖の軍勢』が侵入してきた。
ギザ要塞を突破されたときのために第二、第三の防衛ラインとなる砦はあるものの、主戦力をすでに失っているスフィンクス家には『恐怖の軍勢』を押し返すほどの力はない。やむを得ず他の貴族家へと救援を求めることになった。
真っ先に救援要請をしたのが東に領地を隣接させるマッサーブ子爵家であったのだが・・・返答はまさかの『ノー』であった。
兄が戦死したものとみなされているため、私は自然と次期当主になってしまい、二つの貴族家の話し合いに同席することになってしまった。
12歳の私が当主同士の話し合いに参加するなど場違いすぎることだったけど、お父様から命じられてしまった以上はイヤとは言えない。
私は気まずさに身体を縮こませながら、睨み合う二人を交互に見る。
「今の時勢がわかっていないのか!? 奴らは少しずつ東に勢力を伸ばしている! このままだと西方辺境全土が飲み込まれるぞ!?」
「そうなった時に備える必要があるので、自領から兵士を出せないといっているのですよ。ご理解いただけませんかな?」
ナーヒブは口元にニタニタと笑みを浮かばせながら首を振る。
「無論、我らとて盟主であるスフィンクス家の危機に手をお貸ししたいのは山々でございます。しかし、我らも自分達の身を守らねばなりませんからな。よもや、この身を犠牲にしてまで自分達のために尽くせなどと無体なことは言わないでしょうな?」
「ぐっ・・・このタヌキめっ!」
お父様が悔しそうに唇を歪めながら唸る。ナーヒブは父の悔しそうな顔を愉快そうに見つつ、懐から取り出した葉巻を咥えた。
プカプカと煙を吐き出す姿はあまりにも不遜で、格下の貴族とは思えない態度であった。
「もちろん、スフィンクス家に滅んで欲しいわけではありませんので、どうぞご健闘ください。盟主殿?」
ニヤケ面のまま捨て台詞を吐いて、ナーヒブは辺境伯家から去っていった。
ナーヒブがいなくなってからすぐに父が胸を押さえてうずくまってしまったため、私は父の背中をさすり続けた。
「お父様・・・」
「ぐうっ・・・このままではスフィンクス家が・・・」
お父様は苦しそうに胸を押さえながら、スフィンクス家の未来を案じてうめき声を上げた。
(私はどうすればいいのでしょう? スフィンクス家のために何かできることがあるのでしょうか?)
頭に浮かぶのは兄の顔。義姉の顔。そして、兄の好敵手である文通相手の顔であった。
(ディンギルさま・・・わたしはどうすればいいのですか?)
私は目頭を押さえ、零れ落ちそうになる涙を必死になって堪えた。
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