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第4章 砂漠陰謀編
20.若き忍者の言うことにゃ
数ヵ月ぶりに顔を合わせたオボロは変装のせいで汗をかいてしまった顔をパタパタと手で仰ぎ、ふー、と長く息を吐いた。
「南洋諸島から帰ってきているとは聞いていたが、すぐに西方とは忙しいのであるな! 何かに憑かれているのではないか?」
「気にしていることを言うなよ。それ、みんなに言われてんだぜ」
俺は顔をしかめて言い返し、目の前に置かれた皿から肉をつまんで口に放り込む。塩と香辛料で味付けされた肉はスジが強くて少し硬めである。それでも奥歯で何度も噛み潰すと、徐々に口の中に肉の旨味がじんわりと広がっていく。
ゴクリと喉を鳴らして肉を飲み込み、俺はオボロに問いかける。
「それで? 西方辺境の様子はどうなっている?」
俺は西方辺境に旅立つにあたり、西方辺境に送り込んでいた『鋼牙』の密偵に連絡をしていた。ここでオボロが待ち構えていたということは、俺に報告することがあるということだろう。
オボロも自分の皿に乗った肉を一口食べてから、口を開いた。
「うむ、西方辺境なのだが、どうやら二の砦まで突破されたようなのである。すでにスフィンクス辺境伯領の半分まで死者の軍勢に入り込まれており、このまま三の砦を突破されたら領都テーベまでたどり着いてしまうのである。領民は早めに避難させていたおかげで、人的被害はそれほど多くはなさそうであるが」
「絶体絶命・・・ギリギリのタイミングだったな。ナームちゃんとカイロ嬢は何をしている? もう避難したのか?」
「むむ・・・その二人だったら、今もテーベに居るようなのである」
「はあ?」
オボロの言葉に、俺は思わず疑問の声を上げた。
「あの二人はどう考えても戦闘要員じゃないだろ。スフィンクス辺境伯は自分の一族の血を絶やす気かよ」
「それなのだが、どうやら複雑な事情があるようなのである」
オボロは唇を引き締めて難しそうな顔をつくり、言葉を続けた。
「西方辺境はもともと二つの勢力の間で対立があって、そのせいで身動きが取れなくなっているようなのである」
オボロの説明を要約すると、次のようになる。
西方辺境には二つの民族が存在しており、辺境を縦に分けて西側に砂漠から移住してきた『黒』の異民族、東側にもともとこの地に住んでいた『白』の原住民族が暮らしていた。
両者の仲は決して良いとはいえず、過去に幾度となく民族間の扮装や、暗殺、誘拐などの事件も生じていた。
今回の『恐怖の軍勢』襲来でも東側の貴族はほとんど援軍を送っていないようであり、むしろ西側の異民族が苦しんでいるのを喜んでいる節もあるらしい。
「ご息女らを逃がすとなれば、東側に移さなければいけないのである。しかし、そうなれば・・・」
「信用できない連中に預けることになる、ってことか。なるほど、確かにそれは迂闊なことはできないよな」
王都や北方、南方辺境に逃がすという手もなくはないのだろうが、信頼のおけない貴族が治める土地を通っての逃避行ともなれば護衛も必要になる。兵の一人も惜しい情勢下において、娘達を逃がすための兵力の余裕すらもないのだろう。
「それもあるようであるが、どうやら肝心の二人も逃げるつもりはないようなのである」
「逃げる気がない?」
「彼らは異民族なので西方辺境以外に居場所がないと思っているようである。どうせ他の地域に移り住んでも馴染めないので、生まれ育った地を死に場所に決めているのではないか?」
「おいおい、ふざけろよ!」
俺はムカムカと胸に湧き上がる苛立ちに、皿の上の肉をつかんでまとめて口に放り込む。ゴリゴリと固い肉を噛み砕きながら感情のままに怒声を放つ。
「女が簡単に死ぬことを選んでんじゃねえよ! 戦場で死ぬのは俺達野郎の仕事だろうが!」
別に女性を蔑視するつもりはない。グレイスやシャナのように男以上に強い女がいることも理解している。それでも、女性が無残に戦禍にさらされて散っていくのはどうしても許しがたいことである。
ナームだってそうだ。彼女から送られてきた手紙には助けを求める言葉は一切書かれていなかった。
助けてくれと言われれば助けるのに。逃げ出してきたのなら受け入れるのに。王宮がスフィンクス家に責任を取らせて処分しようとするのであれば、マクスウェル家の力を使って全力で護ってやるのに。どうして12歳の少女があっさりと死を受け入れなければいけないのだ。
「女が死ぬのはベッドの上だけで十分だぜ。ああ、クソ! イラついてきた!」
「わ、我に言われても困るのである! 言いたいことがあるのなら、二人に直接言えばよいのである!」
「そうしてやるさ! 一言いってやらなきゃ気が済まん!」
俺は憤然と言い放ってゴロリとテントに横になった。
助けてくれと言えないのなら、無理矢理にでも助けてくれよう。
そのためにも、今は一分一秒でも長く休息をとって英気を養わなければならない。
「もう、寝るぞ! 明日中にはスフィンクス家に乗り込んでやる!」
「ほどほどにしておくのである・・・まったく、我が主は気分屋で困るのであるな」
呆れたように愚痴を吐くオボロを無視して、俺は目を閉じた。
「南洋諸島から帰ってきているとは聞いていたが、すぐに西方とは忙しいのであるな! 何かに憑かれているのではないか?」
「気にしていることを言うなよ。それ、みんなに言われてんだぜ」
俺は顔をしかめて言い返し、目の前に置かれた皿から肉をつまんで口に放り込む。塩と香辛料で味付けされた肉はスジが強くて少し硬めである。それでも奥歯で何度も噛み潰すと、徐々に口の中に肉の旨味がじんわりと広がっていく。
ゴクリと喉を鳴らして肉を飲み込み、俺はオボロに問いかける。
「それで? 西方辺境の様子はどうなっている?」
俺は西方辺境に旅立つにあたり、西方辺境に送り込んでいた『鋼牙』の密偵に連絡をしていた。ここでオボロが待ち構えていたということは、俺に報告することがあるということだろう。
オボロも自分の皿に乗った肉を一口食べてから、口を開いた。
「うむ、西方辺境なのだが、どうやら二の砦まで突破されたようなのである。すでにスフィンクス辺境伯領の半分まで死者の軍勢に入り込まれており、このまま三の砦を突破されたら領都テーベまでたどり着いてしまうのである。領民は早めに避難させていたおかげで、人的被害はそれほど多くはなさそうであるが」
「絶体絶命・・・ギリギリのタイミングだったな。ナームちゃんとカイロ嬢は何をしている? もう避難したのか?」
「むむ・・・その二人だったら、今もテーベに居るようなのである」
「はあ?」
オボロの言葉に、俺は思わず疑問の声を上げた。
「あの二人はどう考えても戦闘要員じゃないだろ。スフィンクス辺境伯は自分の一族の血を絶やす気かよ」
「それなのだが、どうやら複雑な事情があるようなのである」
オボロは唇を引き締めて難しそうな顔をつくり、言葉を続けた。
「西方辺境はもともと二つの勢力の間で対立があって、そのせいで身動きが取れなくなっているようなのである」
オボロの説明を要約すると、次のようになる。
西方辺境には二つの民族が存在しており、辺境を縦に分けて西側に砂漠から移住してきた『黒』の異民族、東側にもともとこの地に住んでいた『白』の原住民族が暮らしていた。
両者の仲は決して良いとはいえず、過去に幾度となく民族間の扮装や、暗殺、誘拐などの事件も生じていた。
今回の『恐怖の軍勢』襲来でも東側の貴族はほとんど援軍を送っていないようであり、むしろ西側の異民族が苦しんでいるのを喜んでいる節もあるらしい。
「ご息女らを逃がすとなれば、東側に移さなければいけないのである。しかし、そうなれば・・・」
「信用できない連中に預けることになる、ってことか。なるほど、確かにそれは迂闊なことはできないよな」
王都や北方、南方辺境に逃がすという手もなくはないのだろうが、信頼のおけない貴族が治める土地を通っての逃避行ともなれば護衛も必要になる。兵の一人も惜しい情勢下において、娘達を逃がすための兵力の余裕すらもないのだろう。
「それもあるようであるが、どうやら肝心の二人も逃げるつもりはないようなのである」
「逃げる気がない?」
「彼らは異民族なので西方辺境以外に居場所がないと思っているようである。どうせ他の地域に移り住んでも馴染めないので、生まれ育った地を死に場所に決めているのではないか?」
「おいおい、ふざけろよ!」
俺はムカムカと胸に湧き上がる苛立ちに、皿の上の肉をつかんでまとめて口に放り込む。ゴリゴリと固い肉を噛み砕きながら感情のままに怒声を放つ。
「女が簡単に死ぬことを選んでんじゃねえよ! 戦場で死ぬのは俺達野郎の仕事だろうが!」
別に女性を蔑視するつもりはない。グレイスやシャナのように男以上に強い女がいることも理解している。それでも、女性が無残に戦禍にさらされて散っていくのはどうしても許しがたいことである。
ナームだってそうだ。彼女から送られてきた手紙には助けを求める言葉は一切書かれていなかった。
助けてくれと言われれば助けるのに。逃げ出してきたのなら受け入れるのに。王宮がスフィンクス家に責任を取らせて処分しようとするのであれば、マクスウェル家の力を使って全力で護ってやるのに。どうして12歳の少女があっさりと死を受け入れなければいけないのだ。
「女が死ぬのはベッドの上だけで十分だぜ。ああ、クソ! イラついてきた!」
「わ、我に言われても困るのである! 言いたいことがあるのなら、二人に直接言えばよいのである!」
「そうしてやるさ! 一言いってやらなきゃ気が済まん!」
俺は憤然と言い放ってゴロリとテントに横になった。
助けてくれと言えないのなら、無理矢理にでも助けてくれよう。
そのためにも、今は一分一秒でも長く休息をとって英気を養わなければならない。
「もう、寝るぞ! 明日中にはスフィンクス家に乗り込んでやる!」
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