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第4章 砂漠陰謀編
27.二度目の裏切り
しおりを挟むside ジャール・メンフィス
『オオオオオオオオオ!』
砦の外では十重二重と死者が城壁に縋りつき、よじ登ってきている。休むことなく向かってくる彼らをスフィンクス家の兵士達が叩き落している。
兵士達の士気はここ数日で見違えるほど落ちてきていた。彼らもすでに悟っているのだ、この砦が長くはないことを。
それでも必死に戦い続けている兵士の姿を眺望して、ベルトは掌で膝を叩く。
「さて・・・もう一休みをしたら、最後の戦いに臨むとしよう! 城門を開けて、残っている兵士全員で討って出るぞ!」
「は・・・お供いたします」
「うむ! スフィンクス家がタダでは滅びぬことを冥府の果てまで知らしめてくれようぞ!」
「・・・・・・」
(残念ながらそれはできないのです、ご当主様)
顔が歪みそうになるのを必死に堪えて、私は拳を強く握りしめた。
私の服の中には一本の短剣が隠されている。かつてバロン・スフィンクスを刺殺したのと同じ短剣である。
自分の雇い主であり、母と姉の二人を人質に取っているナーヒブ・マッサーブという男からある指示を受けていた。それはベルト・スフィンクスをバロンと同じ死に方で殺すというものだ。
(あの悍ましくも醜い男は、ご当主様に名誉ある戦死すら許すつもりはないようだ。よりにもよってバロン様と同じ殺し方を望むなど、とことんお二人を貶めなければ気が済まないらしい)
敬愛する主君二人を死んだ後まで侮辱する行為に、激しい憎悪が胸の奥で溶岩のように煮えたっている。
しかし、それを咎めることも、裁くことも自分には許されていない。
自分はあの男に従うことしかできない。ここであの男に逆らってしまえば、母と姉を喪い、バロンを殺したことすら無駄になってしまうのだから。
(お許しを・・・ご当主様、どうかこの愚かな私めをお許しください!)
「そろそろ下に降りて突撃の準備をするかな・・・アイタたっ、まったく年は取りたくないな!」
私の目の前でベルトが木箱から立ち上がり、腰のあたりを手で押さえながら城壁の上を歩いていく。
その背中を見つめながら、私は服の中に手を入れて隠した短剣を握りしめた。
音を立てることなくゆっくりと、ここ数年ですっかりやせ細って小さくなってしまった男の背中に近づいて、短剣を振り上げる。
「む・・・あれはなんだ?」
しかし、怪訝そうな主君の声を耳にして、凶刃を振り下ろそうとする手を止めた。
「な、あれは!?」
主の視線を追っていき、私は思わず目を丸くした。
『うおおおおおおおおおおおおっ!』
死者のうめき声ではない。人間が放つ鬨の声が響いてくる。
地平線からおかしな一団が現れて、まっすぐ三の砦に向かって直進してきていた。
最初に目につくのは彼らの格好である。
鎧を身に着けている者もいれば、狩人が着るような獣の皮を纏っている者や、麻の服に金属の鍋を頭にかぶっている者までいる。
その統一感のない装備は明らかに正規の兵隊ではない。民兵・・・などと呼べば聞こえはいいが、ならず者の一団といったほうが適切かもしれない。
「よっしゃあああああ! そのまま進むぞおおおおっ!」
そして、そんな珍妙な一段の先頭に立っているのは黒馬にまたがっている若い男だった。
黒のマントをなびかせ、これまた黒鋼の剣を振りかざした青年は、顔に楽しそうな笑顔を浮かべたまま声を張り上げている。
「・・・馬鹿な、なぜマクスウェル家の小僧がいるのだ?」
「は・・・? マクスウェル?」
ベルトの漏らした言葉に、私は思わず手に持った短剣を取りこぼしたのであった。
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