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第4章 砂漠陰謀編
28.奇兵部隊の結成
時間は少し遡り、スフィンクス辺境伯領領都テーベにて。
俺は空を見上げながらぼんやりと考える。
ふと何気なく思い出したのは、幼い頃に家庭教師から教わった兵法の授業についてだった。
問題:人を従えるうえでもっとも必要な資質とはなんだろうか?
そう尋ねられて、俺が真っ先に解答として挙げたのは「恐怖」であった。
過去の偉大な軍学者の言葉に、「王は民に慕われるよりも、恐れられなければならない」というものがある。
民に慕われ、愛されるのはもちろん結構なことである。しかし、親しみゆえに軽んじられて、舐められるくらいなら恐れられた方がマシだということだ。
実際、信賞必罰を軽んじた国が長続きをした試しはない。王を恐れているからこそ人は法を守るし、納税や兵役などの義務を遵守する。
逃げたら罰されると恐れているから、兵士は戦場から逃げ出すことなく戦うというわけである。
しかし、恐怖による統治には一つの難点がある。溜まりに溜まった恐怖、人々の不満はいつか爆発することだ。
恐怖政治を布く国家の末路はだいたい同じであり、支配し弾圧していた民から反乱を起こされ、統治者は断頭台の露と消えることになるのだ。
つまり、何事にもバランスというものが重要であり、統治者は「恐怖」と「それ以外」をうまい具合に混ぜ合わせて国や領地を管理しなければいけないということだ。
「・・・ま、それを踏まえたうえで上手くやらないとな」
死屍累々と倒れ伏した男達を見下ろして、俺はのんびりとつぶやいた。
俺がいる場所は領都テーベの内部にある兵士の演習場である。広々とした空間には大勢の男達が倒れていて、息も絶え絶えな様子でピクピクと小刻みに痙攣している。
「身体が資本の仕事だってのに随分と情けないよな。うちの兵士だったら落第点だぜ?」
俺は首を横に振りながら、呆れかえって溜息をついた。
演習場に倒れ居ている男達はいわゆる「冒険者」と呼ばれる職種についており、スフィンクス辺境伯が出した報酬に誘われて王国中から集まった者達である。
俺はそんな冒険者をこの場所に集めてことごとく叩きのめし、積み上げた山の上に尻を置いて腰かけていた。
「うぐっ・・・そんな、馬鹿な・・・」
「つ、強すぎる・・・」
倒れた冒険者からうめき声が上がった。
演習場には三百人もの冒険者が集まっている。そのうち二百人は俺の手によって地に伏しており、残る百人は演習場の隅で身体を寄せ合ってガタガタと震えていた。
倒れている者も、辛うじて無事でいるものも、意識がある者達の目には同じ感情が浮かんでいる。
すなわち、俺に対する深い深い「恐怖」の感情である。
「とりあえず、第一段階はクリアだな。きっちりと恐怖を刻んでやった。なあ、おい、俺が今からお前達の頭になるわけだが、文句がある奴はいないよな!」
声を張り上げて叫ぶと、冒険者達はぶんぶんと首を横に振った。
俺がこうして演習場に冒険者を集めて片っ端からボコっているのは、決して俺の趣味というわけではない。
彼らを自分の指揮下に入れて『恐怖の軍勢』と戦うために、上下関係を叩きこむためである。
『俺に勝つことができたら金貨百枚をくれてやる! 俺より強いと思う奴がいたら、まとめてかかってきやがれ!』
そんな甘い言葉に誘われて襲いかかってきた冒険者はことごとく打ちのめされて地に沈むことになり、俺は目的通りに彼らの頂点に立つことに成功した。
世の中の多くの人間は自分が傷ついてまで強者に立ち向かうことはしない。強者に従ってその慈悲に縋るほうが遥かに楽で、傷を負わずに生きていくことができるからだ。
もちろん、中には恐怖を克服してまで自分の信念を貫こうとする者がいないわけではなかったが、幸か不幸かこの冒険者の中にそんな傑物はいないようである。
誰一人逆らうことはなく、俺に向けて首を垂れてきた。
「さて・・・まずは心に恐怖を植えつけて、お次は・・・」
「はい、手当てをしますから動かないでくださいね」
地面に倒れたケガ人に駆け寄って治療を始めたのはバロン先輩の婚約者であるミスト・カイロ嬢であった。
カイロ嬢はやや露出が高めのドレスを身に纏っており、甲斐甲斐しい様子で冒険者の身体を濡れた布で拭っていく。
「お・・・あ、すいません」
「へ、へへっ、ありがとうございやす!」
カイロ嬢は黒い肌という珍しい容姿をしているものの、その相貌はめったにお目にかかれないレベルの美女である。
すでにカイロ嬢がスフィンクス家に連なる高貴な女性であることは伝えている。冒険者達は高い地位についている美女が丁寧に自分の手当てをしてくれるというシチュエーションに頬を緩めて、俺への恐怖も忘れてデレデレに鼻を伸ばしていた。
「・・・これで、大丈夫です。ええと・・・あまり動かさないでください?」
「ああ、ありがとうな。お嬢ちゃん」
少し離れたところでは、ナームがケガ人の腕に包帯を巻きつけていた。
恥ずかしそうに照れながら、それでも丁寧にケガの手当てをする少女の姿に、年配の冒険者が微笑ましそうに目を細めている。
冒険者から熱い視線を向けられる二人の姿に俺は自分の思惑がうまくいっていることを悟り、唇を吊り上げて笑った。
「よーし、戦闘に参加した者には一人につき金貨10枚を上乗せする! テメエら、スフィンクス家のお姫さん方のためにも、馬車馬になったつもりで働きやがれ!」
『おおっ!』
冒険者から頼もしい応答が返ってきた。
烏合の衆であったはずの冒険者達は、この一時間で一つの部隊として結束しつつあった。
(人間をまとめるのに必要なのは「恐怖」・・・だけど、恐怖だけじゃあ強兵を創るには足りやしない。誰かのために戦おうという「情」、そして、自分のために戦おうという「欲」。その三役が揃って、初めて死を恐れない屈強な兵士ができるんだよな)
カイロ嬢から聞いた話では、あと数日もすれば三の砦が落とされてしまう。そうなれば、もはやスフィンクス家を救うことは不可能になってしまうだろう。
それまでに彼らをどこまで強兵に近づけることができるのか。それに西方辺境の命運がかかっていた。
俺は空を見上げながらぼんやりと考える。
ふと何気なく思い出したのは、幼い頃に家庭教師から教わった兵法の授業についてだった。
問題:人を従えるうえでもっとも必要な資質とはなんだろうか?
そう尋ねられて、俺が真っ先に解答として挙げたのは「恐怖」であった。
過去の偉大な軍学者の言葉に、「王は民に慕われるよりも、恐れられなければならない」というものがある。
民に慕われ、愛されるのはもちろん結構なことである。しかし、親しみゆえに軽んじられて、舐められるくらいなら恐れられた方がマシだということだ。
実際、信賞必罰を軽んじた国が長続きをした試しはない。王を恐れているからこそ人は法を守るし、納税や兵役などの義務を遵守する。
逃げたら罰されると恐れているから、兵士は戦場から逃げ出すことなく戦うというわけである。
しかし、恐怖による統治には一つの難点がある。溜まりに溜まった恐怖、人々の不満はいつか爆発することだ。
恐怖政治を布く国家の末路はだいたい同じであり、支配し弾圧していた民から反乱を起こされ、統治者は断頭台の露と消えることになるのだ。
つまり、何事にもバランスというものが重要であり、統治者は「恐怖」と「それ以外」をうまい具合に混ぜ合わせて国や領地を管理しなければいけないということだ。
「・・・ま、それを踏まえたうえで上手くやらないとな」
死屍累々と倒れ伏した男達を見下ろして、俺はのんびりとつぶやいた。
俺がいる場所は領都テーベの内部にある兵士の演習場である。広々とした空間には大勢の男達が倒れていて、息も絶え絶えな様子でピクピクと小刻みに痙攣している。
「身体が資本の仕事だってのに随分と情けないよな。うちの兵士だったら落第点だぜ?」
俺は首を横に振りながら、呆れかえって溜息をついた。
演習場に倒れ居ている男達はいわゆる「冒険者」と呼ばれる職種についており、スフィンクス辺境伯が出した報酬に誘われて王国中から集まった者達である。
俺はそんな冒険者をこの場所に集めてことごとく叩きのめし、積み上げた山の上に尻を置いて腰かけていた。
「うぐっ・・・そんな、馬鹿な・・・」
「つ、強すぎる・・・」
倒れた冒険者からうめき声が上がった。
演習場には三百人もの冒険者が集まっている。そのうち二百人は俺の手によって地に伏しており、残る百人は演習場の隅で身体を寄せ合ってガタガタと震えていた。
倒れている者も、辛うじて無事でいるものも、意識がある者達の目には同じ感情が浮かんでいる。
すなわち、俺に対する深い深い「恐怖」の感情である。
「とりあえず、第一段階はクリアだな。きっちりと恐怖を刻んでやった。なあ、おい、俺が今からお前達の頭になるわけだが、文句がある奴はいないよな!」
声を張り上げて叫ぶと、冒険者達はぶんぶんと首を横に振った。
俺がこうして演習場に冒険者を集めて片っ端からボコっているのは、決して俺の趣味というわけではない。
彼らを自分の指揮下に入れて『恐怖の軍勢』と戦うために、上下関係を叩きこむためである。
『俺に勝つことができたら金貨百枚をくれてやる! 俺より強いと思う奴がいたら、まとめてかかってきやがれ!』
そんな甘い言葉に誘われて襲いかかってきた冒険者はことごとく打ちのめされて地に沈むことになり、俺は目的通りに彼らの頂点に立つことに成功した。
世の中の多くの人間は自分が傷ついてまで強者に立ち向かうことはしない。強者に従ってその慈悲に縋るほうが遥かに楽で、傷を負わずに生きていくことができるからだ。
もちろん、中には恐怖を克服してまで自分の信念を貫こうとする者がいないわけではなかったが、幸か不幸かこの冒険者の中にそんな傑物はいないようである。
誰一人逆らうことはなく、俺に向けて首を垂れてきた。
「さて・・・まずは心に恐怖を植えつけて、お次は・・・」
「はい、手当てをしますから動かないでくださいね」
地面に倒れたケガ人に駆け寄って治療を始めたのはバロン先輩の婚約者であるミスト・カイロ嬢であった。
カイロ嬢はやや露出が高めのドレスを身に纏っており、甲斐甲斐しい様子で冒険者の身体を濡れた布で拭っていく。
「お・・・あ、すいません」
「へ、へへっ、ありがとうございやす!」
カイロ嬢は黒い肌という珍しい容姿をしているものの、その相貌はめったにお目にかかれないレベルの美女である。
すでにカイロ嬢がスフィンクス家に連なる高貴な女性であることは伝えている。冒険者達は高い地位についている美女が丁寧に自分の手当てをしてくれるというシチュエーションに頬を緩めて、俺への恐怖も忘れてデレデレに鼻を伸ばしていた。
「・・・これで、大丈夫です。ええと・・・あまり動かさないでください?」
「ああ、ありがとうな。お嬢ちゃん」
少し離れたところでは、ナームがケガ人の腕に包帯を巻きつけていた。
恥ずかしそうに照れながら、それでも丁寧にケガの手当てをする少女の姿に、年配の冒険者が微笑ましそうに目を細めている。
冒険者から熱い視線を向けられる二人の姿に俺は自分の思惑がうまくいっていることを悟り、唇を吊り上げて笑った。
「よーし、戦闘に参加した者には一人につき金貨10枚を上乗せする! テメエら、スフィンクス家のお姫さん方のためにも、馬車馬になったつもりで働きやがれ!」
『おおっ!』
冒険者から頼もしい応答が返ってきた。
烏合の衆であったはずの冒険者達は、この一時間で一つの部隊として結束しつつあった。
(人間をまとめるのに必要なのは「恐怖」・・・だけど、恐怖だけじゃあ強兵を創るには足りやしない。誰かのために戦おうという「情」、そして、自分のために戦おうという「欲」。その三役が揃って、初めて死を恐れない屈強な兵士ができるんだよな)
カイロ嬢から聞いた話では、あと数日もすれば三の砦が落とされてしまう。そうなれば、もはやスフィンクス家を救うことは不可能になってしまうだろう。
それまでに彼らをどこまで強兵に近づけることができるのか。それに西方辺境の命運がかかっていた。
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