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第4章 砂漠陰謀編
54.夜半の来訪者
「早く帰るって、お姉ちゃんと約束したんだけどな・・・」
大神官様の宣言より半日。私は頭の整理がつくよりも先にあれよあれよと神殿の奥へと通されて、広く豪奢な部屋の中へと押し込められた。
踏みつけるのを躊躇ってしまうような高価な絨毯が敷かれた部屋の中には、宝石があしらわれた置物や、金銀で作られた彫像などが、無造作に置かれている。
神官として生涯を休みなく働いたとしても得ることはできないであろう財宝を前にして、私は陰鬱に息を吐きだした。
「なんで私なんかが女王に選ばれたんだろう・・・」
それは心の底からの疑問であった。
私は神に仕える神官とはいえ、しょせんは見習い。とてもではないが、神の加護を授かって国を背負えるような人間ではない。
光栄であるという気持ち以上に、重すぎる荷を背負わされたという感覚のほうがはるかに強かった。
「アム、話があるって言ってたのに・・・なんの用事だったんだろう」
私は窓から夜空を見上げて、何度目になるかもわからない溜息を繰り返す。
先代の女王様が冥界に旅立たれて、この国からは『神兵』の守りが消え失せている。一刻も早く国を立て直すために、明日にも女王就任の儀式が行われる予定だ。
他国からの暗殺を防ぐため、女王は神殿から出ることを制限される。つまり、私は二度と家に帰ることはないし、神殿の外に出ることさえないかもしれないのだ。
姉にも、アムストラホテプにだって、もう会えないかもしれない。
「うっ・・・うう・・・なんでこんなことに・・・」
私は女王になんてなりたくなかった。
タダの神官として神殿に仕えて、成人になったら還俗して素敵な旦那様と結婚して、それで子供をたくさん作って年をとっていく。
そんな平凡で、ありふれた人生を送るものだと思っていたのに。
「なんで・・・どうして・・・」
「ティナ・・・ネフェルティナ・・・!」
「え・・・?」
突然、部屋に響いてきた男性の声。それは紛れもないアムストラホテプの声だった。
「アム・・・? どうしてっ!」
「開けてくれ、ティナ!」
私は声の出所に気がついて、慌てて部屋の入口へと駆け寄った。
内側から閂を外して扉を開けると、そこには人目を隠れるような黒いローブを身に着けた幼馴染の姿があった。
「ティナ・・・会えてよかった・・・!」
「アム・・・ああ、なんでこんなところにっ!」
ほんの半日ぶりだというのに、あふれんばかりの懐かしさが湧き上がってくる。
普段ならば絶対にそんなことはしないのに、ついつい私はアムストラホテプに抱き着いてしまった。
「ティナ・・・ティナ・・・!」
アムストラホテプの首に両手を回すと、力強い腕が私の背中を抱きしめてくる。
ポロポロと涙の粒がこぼれるのを抑えきれない。本当に今更のように私は気がついてしまった。
(わたし・・・アムのことが好きなんだ・・・)
どうしてもっと早くこの気持ちに気がつかなかったのだろうか?
もしも気づくことができていたら、なにかが変わっていたかもしれないのに。
「ティナ・・・二人で逃げよう。この国から。君が女王になんてなることはない」
女王はこの国の最高権力者。神に最も近い天上人だ。
私が女王となれば、一兵士でしかないアムストラホテプと結ばれる未来は永遠に失われるだろう。
(アムと一緒にいるためには、この国を出るしかない・・・。でも、本当にそれでいいの?)
アムストラホテプのことを愛している。それは嘘偽りのない本心だ。
けれど、大切なものは彼だけではないのだ。
(私がこの国から逃げてしまったら、残された姉さんはどうなるの? 姉さんだけじゃないわ。アムのおばさん、おじさんも、同じ神官見習いの友達だって。この国そのものがなくなってしまうかもしれない・・)
私とアムストラホテプが逃げてしまえば、裏切り者が受けるであろう報いは私達の家族に向かうだろう。間違いなく死罪。悪ければ、国中から石を投げられて拷問のような目に遭わされるかもしれない。
それに、女王が持つ神の加護を失ってしまえば『神兵』による守りが失われてしまい、ジャスワント王国は周辺諸国に食い物にされてしまうに違いない。
「・・・ごめんね、アム。私は行けない」
「ティナ・・・どうして・・・!」
「わかるでしょう・・・無理なのよ」
アムストラホテプの顔がくしゃりと歪む。そうだ、本当は彼にだってわかっているはずだ。
逃げることなんてできない。許されないのだと。
「・・・すまない。無茶を言って、君を惑わせた」
「いいのよ、アム。来てくれて嬉しかった」
私はうつむく彼に向けて、精いっぱいの笑顔を見せた。
そして――そのまま背伸びをして彼の唇に自分のそれを重ね合わせる。
「てぃ・・・!?」
「私はこの国の女王になる・・・でも、今日はまだ女王じゃないわ」
私はキスをしたばかりの唇を指先でなぞって、服の前をはだけた。
アムストラホテプが驚いて目を見開いているのを悪戯っぽく見やり、ころりとベッドに横になった。
「これが最初で最後だから・・・優しくしてね」
「ティナ・・・!」
「んっ・・・!」
アムストラホテプが私の身体に覆いかぶさってくる。
男性特有の力強い重みを、女王が使う豪奢なベッドは柔らかく受け止めてくれる。
こうして、私と彼の最後の夜は更けていった。
砂漠の夜は静かに更けていき、そして――私が女王となる日がやってきたのであった。
大神官様の宣言より半日。私は頭の整理がつくよりも先にあれよあれよと神殿の奥へと通されて、広く豪奢な部屋の中へと押し込められた。
踏みつけるのを躊躇ってしまうような高価な絨毯が敷かれた部屋の中には、宝石があしらわれた置物や、金銀で作られた彫像などが、無造作に置かれている。
神官として生涯を休みなく働いたとしても得ることはできないであろう財宝を前にして、私は陰鬱に息を吐きだした。
「なんで私なんかが女王に選ばれたんだろう・・・」
それは心の底からの疑問であった。
私は神に仕える神官とはいえ、しょせんは見習い。とてもではないが、神の加護を授かって国を背負えるような人間ではない。
光栄であるという気持ち以上に、重すぎる荷を背負わされたという感覚のほうがはるかに強かった。
「アム、話があるって言ってたのに・・・なんの用事だったんだろう」
私は窓から夜空を見上げて、何度目になるかもわからない溜息を繰り返す。
先代の女王様が冥界に旅立たれて、この国からは『神兵』の守りが消え失せている。一刻も早く国を立て直すために、明日にも女王就任の儀式が行われる予定だ。
他国からの暗殺を防ぐため、女王は神殿から出ることを制限される。つまり、私は二度と家に帰ることはないし、神殿の外に出ることさえないかもしれないのだ。
姉にも、アムストラホテプにだって、もう会えないかもしれない。
「うっ・・・うう・・・なんでこんなことに・・・」
私は女王になんてなりたくなかった。
タダの神官として神殿に仕えて、成人になったら還俗して素敵な旦那様と結婚して、それで子供をたくさん作って年をとっていく。
そんな平凡で、ありふれた人生を送るものだと思っていたのに。
「なんで・・・どうして・・・」
「ティナ・・・ネフェルティナ・・・!」
「え・・・?」
突然、部屋に響いてきた男性の声。それは紛れもないアムストラホテプの声だった。
「アム・・・? どうしてっ!」
「開けてくれ、ティナ!」
私は声の出所に気がついて、慌てて部屋の入口へと駆け寄った。
内側から閂を外して扉を開けると、そこには人目を隠れるような黒いローブを身に着けた幼馴染の姿があった。
「ティナ・・・会えてよかった・・・!」
「アム・・・ああ、なんでこんなところにっ!」
ほんの半日ぶりだというのに、あふれんばかりの懐かしさが湧き上がってくる。
普段ならば絶対にそんなことはしないのに、ついつい私はアムストラホテプに抱き着いてしまった。
「ティナ・・・ティナ・・・!」
アムストラホテプの首に両手を回すと、力強い腕が私の背中を抱きしめてくる。
ポロポロと涙の粒がこぼれるのを抑えきれない。本当に今更のように私は気がついてしまった。
(わたし・・・アムのことが好きなんだ・・・)
どうしてもっと早くこの気持ちに気がつかなかったのだろうか?
もしも気づくことができていたら、なにかが変わっていたかもしれないのに。
「ティナ・・・二人で逃げよう。この国から。君が女王になんてなることはない」
女王はこの国の最高権力者。神に最も近い天上人だ。
私が女王となれば、一兵士でしかないアムストラホテプと結ばれる未来は永遠に失われるだろう。
(アムと一緒にいるためには、この国を出るしかない・・・。でも、本当にそれでいいの?)
アムストラホテプのことを愛している。それは嘘偽りのない本心だ。
けれど、大切なものは彼だけではないのだ。
(私がこの国から逃げてしまったら、残された姉さんはどうなるの? 姉さんだけじゃないわ。アムのおばさん、おじさんも、同じ神官見習いの友達だって。この国そのものがなくなってしまうかもしれない・・)
私とアムストラホテプが逃げてしまえば、裏切り者が受けるであろう報いは私達の家族に向かうだろう。間違いなく死罪。悪ければ、国中から石を投げられて拷問のような目に遭わされるかもしれない。
それに、女王が持つ神の加護を失ってしまえば『神兵』による守りが失われてしまい、ジャスワント王国は周辺諸国に食い物にされてしまうに違いない。
「・・・ごめんね、アム。私は行けない」
「ティナ・・・どうして・・・!」
「わかるでしょう・・・無理なのよ」
アムストラホテプの顔がくしゃりと歪む。そうだ、本当は彼にだってわかっているはずだ。
逃げることなんてできない。許されないのだと。
「・・・すまない。無茶を言って、君を惑わせた」
「いいのよ、アム。来てくれて嬉しかった」
私はうつむく彼に向けて、精いっぱいの笑顔を見せた。
そして――そのまま背伸びをして彼の唇に自分のそれを重ね合わせる。
「てぃ・・・!?」
「私はこの国の女王になる・・・でも、今日はまだ女王じゃないわ」
私はキスをしたばかりの唇を指先でなぞって、服の前をはだけた。
アムストラホテプが驚いて目を見開いているのを悪戯っぽく見やり、ころりとベッドに横になった。
「これが最初で最後だから・・・優しくしてね」
「ティナ・・・!」
「んっ・・・!」
アムストラホテプが私の身体に覆いかぶさってくる。
男性特有の力強い重みを、女王が使う豪奢なベッドは柔らかく受け止めてくれる。
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