256 / 317
第4章 砂漠陰謀編
67.不倶戴天の人妖
「やった・・・のであるか?」
オボロが呆然とつぶやく。
先ほどまでベナミスがいた中空には誰の姿もない。死体も、服の切れ端すらも残されていない。
「・・・・・・」
俺は『天主帝釈』を解除した。しかし、警戒を崩すことなく、剣は抜いたまま辺りを注意深くうかがう。
斬った。確実に斬った。
その確かな手応えがあるのだが、いまだに頭の中には警報が鳴り響いている。
戦いが終わったという確信を、どうしても持つことができなかった。
『一度だけ、自分の身代わりになってくれる魔具【反魂形代】』
「なっ!? どこであるかっ!」
「チッ・・・やっぱり生きていやがったか」
虚空からベナミスの声が響いてきた。俺は舌打ちをかまし、オボロが驚いて周囲を見回す。そんな俺達を嘲笑うように、姿無き声は朗々と言葉を重ねる。
『それじゃあ、ディンギルさん。今度こそ、さようならです・・・できれば、もう二度と会うことがないように祈っていますよ』
ベナミスは姿を現すことなく、一方的に別れを告げた。
俺の頭の中に響いていた警報が徐々に薄れていき、ピタリと鳴り止んだ。直感的なことだが、敵がその場から去ってしまったのを悟る。
「・・・ベナミス・セイバールーンは『昼行灯』か」
俺は眼光を険しくさせて苦々しくつぶやき、乱暴に剣を払った。八つ当たりのように振られた刃によって足元に生えていた草が千切れて宙へと舞う。
「噂はアテにならないもんだな・・・・・・お前は立派な人妖だよ。随分とでっかい牙を隠しやがって」
どうやら自分はベナミス・セイバールーンという男を侮っていたようだ。
不死身の魔人であるキャプテン・ドレークや、ミイラとなったバロン・スフィンクス。そして、百年にわたって砂漠に死者の群れを放っていた邪神を討伐して、少しばかり天狗になっていたのかもしれない。
あの男は決して片手間で相手できるような生温い敵ではない。全力をもって殺さなければこちらが殺される、倶に天を戴くことができない宿敵だ。
「わ、若殿、よいのであるか? このまま逃がしてしまって」
闇夜を睨みつける俺へと、オボロが怯えた様子で声を震わせた。剣を鞘に納めながら、俺は鼻を鳴らして答える。
「いいさ、構わん。逃がしてやろうじゃねえか」
「む・・・今なら追跡できるかもしれないのであるが・・・?」
「追わなくてもいいぞ。あいつには王都で晩メシを奢ってもらった借りがあるからな。今回のところは見逃してやる」
証人であるナーヒブ・マッサーブは殺され、彼が持っていた証拠品も奪われた。
俺は何一つ得ることはなく、斬りつけられた胸の傷だけが残されている。
久しぶりの敗北。殺そうと思った相手を逃がしてしまったのはキャプテン・ドレーク以来の事だが、受けた屈辱はあの時をはるかに超えていた。
「ただし・・・次に顔を合わせたら死ぬまで殺す。せいぜい町でバッタリ会わないように気をつけるんだな」
ドレークもバロンも、最後には殺してやったのだ。
ならば・・・ベナミス・セイバールーンだって殺してやろうじゃないか。
「今、この瞬間から俺がお前の死神だ。お前は俺が殺す。髪の毛一本たりともこの世に生き長らえさせてやるものか。一時たりとも忘れるなよ。剣聖ベナミス・セイバールーン!」
俺は夜空を見上げて月にめがけて宣言する。
この絶対滅殺の意思が、この場にはいないベナミスへと届くことを信じて。
結局、ベナミスのせいでナーヒブ・マッサーブ子爵が『恐怖の軍勢』の流入を引き起こしたという証拠はつかめなかった。
中央貴族の関与も認めさせることはできず、黒幕の正体は闇の中へ葬られた。
しかし、捕えたマッサーブの配下からそれ以外の不正や横領について証拠を得ることができ、それを理由としてマッサーブ子爵家はお取りつぶしとなった。
マッサーブ家の領地と財産はスフィンクス家の預かりとなり、彼を中心とした『白肌』貴族の派閥は瓦解することになった。
結果、西方辺境はスフィンクス家を中心とする『黒肌』の貴族が完全に支配することとなり、戦前以上に政治的な影響力を深めることになる。
余談となるが、ジャール・メンフィスの母親はすでに亡くなっており、骸は墓に入れられることもなく森に打ち捨てられていた。
マッサーブ家の使用人の話では、ナーヒブ・マッサーブがスフィンクス家に対する鬱憤を彼らと同じ『黒肌』の彼女へとぶつけており、虐待が過ぎた結果として殺害にまで至ってしまったそうである。
唯一、救いといえるのはジャールの姉が自力でマッサーブのもとを脱しており、行方不明になっていることだろうか。
息子の仇であるはずのジャールの死を悼んだベルト・スフィンクスが捜索をしているようだが、まだ発見には至っていない。
かくして、西方辺境をめぐる『恐怖の軍勢』との戦いは決着がついた。
いくつかの後味の悪い結果を残して、砂漠から陰謀の暗雲が晴れたのであった。
オボロが呆然とつぶやく。
先ほどまでベナミスがいた中空には誰の姿もない。死体も、服の切れ端すらも残されていない。
「・・・・・・」
俺は『天主帝釈』を解除した。しかし、警戒を崩すことなく、剣は抜いたまま辺りを注意深くうかがう。
斬った。確実に斬った。
その確かな手応えがあるのだが、いまだに頭の中には警報が鳴り響いている。
戦いが終わったという確信を、どうしても持つことができなかった。
『一度だけ、自分の身代わりになってくれる魔具【反魂形代】』
「なっ!? どこであるかっ!」
「チッ・・・やっぱり生きていやがったか」
虚空からベナミスの声が響いてきた。俺は舌打ちをかまし、オボロが驚いて周囲を見回す。そんな俺達を嘲笑うように、姿無き声は朗々と言葉を重ねる。
『それじゃあ、ディンギルさん。今度こそ、さようならです・・・できれば、もう二度と会うことがないように祈っていますよ』
ベナミスは姿を現すことなく、一方的に別れを告げた。
俺の頭の中に響いていた警報が徐々に薄れていき、ピタリと鳴り止んだ。直感的なことだが、敵がその場から去ってしまったのを悟る。
「・・・ベナミス・セイバールーンは『昼行灯』か」
俺は眼光を険しくさせて苦々しくつぶやき、乱暴に剣を払った。八つ当たりのように振られた刃によって足元に生えていた草が千切れて宙へと舞う。
「噂はアテにならないもんだな・・・・・・お前は立派な人妖だよ。随分とでっかい牙を隠しやがって」
どうやら自分はベナミス・セイバールーンという男を侮っていたようだ。
不死身の魔人であるキャプテン・ドレークや、ミイラとなったバロン・スフィンクス。そして、百年にわたって砂漠に死者の群れを放っていた邪神を討伐して、少しばかり天狗になっていたのかもしれない。
あの男は決して片手間で相手できるような生温い敵ではない。全力をもって殺さなければこちらが殺される、倶に天を戴くことができない宿敵だ。
「わ、若殿、よいのであるか? このまま逃がしてしまって」
闇夜を睨みつける俺へと、オボロが怯えた様子で声を震わせた。剣を鞘に納めながら、俺は鼻を鳴らして答える。
「いいさ、構わん。逃がしてやろうじゃねえか」
「む・・・今なら追跡できるかもしれないのであるが・・・?」
「追わなくてもいいぞ。あいつには王都で晩メシを奢ってもらった借りがあるからな。今回のところは見逃してやる」
証人であるナーヒブ・マッサーブは殺され、彼が持っていた証拠品も奪われた。
俺は何一つ得ることはなく、斬りつけられた胸の傷だけが残されている。
久しぶりの敗北。殺そうと思った相手を逃がしてしまったのはキャプテン・ドレーク以来の事だが、受けた屈辱はあの時をはるかに超えていた。
「ただし・・・次に顔を合わせたら死ぬまで殺す。せいぜい町でバッタリ会わないように気をつけるんだな」
ドレークもバロンも、最後には殺してやったのだ。
ならば・・・ベナミス・セイバールーンだって殺してやろうじゃないか。
「今、この瞬間から俺がお前の死神だ。お前は俺が殺す。髪の毛一本たりともこの世に生き長らえさせてやるものか。一時たりとも忘れるなよ。剣聖ベナミス・セイバールーン!」
俺は夜空を見上げて月にめがけて宣言する。
この絶対滅殺の意思が、この場にはいないベナミスへと届くことを信じて。
結局、ベナミスのせいでナーヒブ・マッサーブ子爵が『恐怖の軍勢』の流入を引き起こしたという証拠はつかめなかった。
中央貴族の関与も認めさせることはできず、黒幕の正体は闇の中へ葬られた。
しかし、捕えたマッサーブの配下からそれ以外の不正や横領について証拠を得ることができ、それを理由としてマッサーブ子爵家はお取りつぶしとなった。
マッサーブ家の領地と財産はスフィンクス家の預かりとなり、彼を中心とした『白肌』貴族の派閥は瓦解することになった。
結果、西方辺境はスフィンクス家を中心とする『黒肌』の貴族が完全に支配することとなり、戦前以上に政治的な影響力を深めることになる。
余談となるが、ジャール・メンフィスの母親はすでに亡くなっており、骸は墓に入れられることもなく森に打ち捨てられていた。
マッサーブ家の使用人の話では、ナーヒブ・マッサーブがスフィンクス家に対する鬱憤を彼らと同じ『黒肌』の彼女へとぶつけており、虐待が過ぎた結果として殺害にまで至ってしまったそうである。
唯一、救いといえるのはジャールの姉が自力でマッサーブのもとを脱しており、行方不明になっていることだろうか。
息子の仇であるはずのジャールの死を悼んだベルト・スフィンクスが捜索をしているようだが、まだ発見には至っていない。
かくして、西方辺境をめぐる『恐怖の軍勢』との戦いは決着がついた。
いくつかの後味の悪い結果を残して、砂漠から陰謀の暗雲が晴れたのであった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!