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第4章 砂漠陰謀編
72.魅惑と葛藤の夜
カイロ嬢がささやくような声音でとんでもないことを口にした。
椅子に腰かけた俺を濡れた瞳で上目遣いに見やり、指先で己の唇をなぞる。
「どうせ他の男の赤子を生まなければいけないのなら、恩人である貴方の種がよいと思いまして。跡継ぎを妊娠すれば無理に婿を取る必要はなくなりますからバロン以外と婚姻する必要もなくなりますし、貴方ならばきっとバロンも許してくださると思うのですが」
「絶対に許さないと思うんだが・・・貴女はともかく、俺のことは」
カイロ嬢はネグリジェ以外には下着しか身に着けていないようで、ランプの明かりの下でうっすらと色っぽい紫の布地が透けて見えている。
少し手を伸ばせば届く場所に褐色肌の美貌がある。ちょうどよく彼女はベッドに座っている。押し倒すには絶好の配置である。
しかし――
「・・・年下の男をからかうのは感心しないよな。本気で言ってるわけじゃないんだろ?」
バサリとカイロ嬢の頭に自分のガウンを投げつけて、俺は彼女の提案を拒絶した。
「あ、やっぱりバレテしまいましたか」
俺の指摘に、カイロ嬢はガウンから顔を出して両手を合わせた。
ミスト・カイロは間違いなくバロン・スフィンクスのことを愛している。彼が亡くなったからといって、すぐに他の男に身体を許すほど軽い女ではあるまい。
「マクスウェル様が本気にしてしまったのなら、別にそれでもよかったんですけどね・・・バロンが最大の好敵手として認めた貴方ならば、そういう関係になってしまっても諦めがつきますから」
「非常に魅力的な提案だったんだがな・・・正直、自分でも騙されちまえばよかったと思っているよ。隣の部屋にナームちゃんが寝ていなかったら、たぶん冗談だと気づいていても押し倒していただろうよ」
ナームは兄を失ったばかりで、どれほど明るくふるまっていても深く傷ついているはずだ。
そんなときに、兄の婚約者である女性の嬌声が隣の部屋から聞こえてきたらどんな思いをするだろうか? その不貞の相手が恩人として慕う俺であったら、どんな思いをするだろうか?
あの子が隣の部屋にいるのに、義姉であるカイロ嬢に対して不誠実な真似を働くことなどできるわけがない。
俺は自分のことがクズだと認めているが、せめてナームちゃんがそばにいる時くらいは紳士的で立派な男でありたいと思っているのだ。
「ナームのことを大切に思っていただいて、本当に嬉しく思っています。これからもあの子のことを支えてあげてください」
「できる限りのことはしてやるさ。大事な文通相手で、バロン先輩は許さないだろうが妹みたいなものだからな」
俺は肩をすくめて言ってのけ、恭しくお辞儀をしながら手の平をドアへと向ける。
「さて・・・年頃の男女が夜更けに同じ部屋にいるのも不誠実だ。そろそろ御退出願おうか」
「そうさせていただきますわ・・・マクスウェル様が予想外に紳士的な方で安心いたしました。これならば、ナームのことを安心して任せられそうです」
カイロ嬢は丁寧に頭を下げて、大人しくドアから廊下に出ていった。
しかし、扉を閉める前にちらりとその隙間から顔をのぞかせて、こちらに火薬玉を放り込んでくる。
「ああ、もしもバロン以上に素敵な婿が見つからないようでしたら、改めて子を産ませていただくようにお願いするかもしれませんね・・・そのときは、恥をかかせないでくださいませ」
「は・・・?」
「それでは、お休みなさい。よい夜を」
思わず言葉を失ってしまった俺に一方的に言い捨てて、カイロ嬢は悪戯っぽい笑顔でドアを閉めた。廊下からパタパタと足音がして、ナームが寝ている隣の部屋に入っていく気配がする。
いまさらのように彼女が付けていた香油の残り香が鼻をくすぐってきて、俺は手の平で顔を覆った。
「・・・してやられた。惚れさせてくれるじゃねえか」
どさりと音を立ててベッドに大の字に横になり、悶々とした一夜を過ごすのであった。
椅子に腰かけた俺を濡れた瞳で上目遣いに見やり、指先で己の唇をなぞる。
「どうせ他の男の赤子を生まなければいけないのなら、恩人である貴方の種がよいと思いまして。跡継ぎを妊娠すれば無理に婿を取る必要はなくなりますからバロン以外と婚姻する必要もなくなりますし、貴方ならばきっとバロンも許してくださると思うのですが」
「絶対に許さないと思うんだが・・・貴女はともかく、俺のことは」
カイロ嬢はネグリジェ以外には下着しか身に着けていないようで、ランプの明かりの下でうっすらと色っぽい紫の布地が透けて見えている。
少し手を伸ばせば届く場所に褐色肌の美貌がある。ちょうどよく彼女はベッドに座っている。押し倒すには絶好の配置である。
しかし――
「・・・年下の男をからかうのは感心しないよな。本気で言ってるわけじゃないんだろ?」
バサリとカイロ嬢の頭に自分のガウンを投げつけて、俺は彼女の提案を拒絶した。
「あ、やっぱりバレテしまいましたか」
俺の指摘に、カイロ嬢はガウンから顔を出して両手を合わせた。
ミスト・カイロは間違いなくバロン・スフィンクスのことを愛している。彼が亡くなったからといって、すぐに他の男に身体を許すほど軽い女ではあるまい。
「マクスウェル様が本気にしてしまったのなら、別にそれでもよかったんですけどね・・・バロンが最大の好敵手として認めた貴方ならば、そういう関係になってしまっても諦めがつきますから」
「非常に魅力的な提案だったんだがな・・・正直、自分でも騙されちまえばよかったと思っているよ。隣の部屋にナームちゃんが寝ていなかったら、たぶん冗談だと気づいていても押し倒していただろうよ」
ナームは兄を失ったばかりで、どれほど明るくふるまっていても深く傷ついているはずだ。
そんなときに、兄の婚約者である女性の嬌声が隣の部屋から聞こえてきたらどんな思いをするだろうか? その不貞の相手が恩人として慕う俺であったら、どんな思いをするだろうか?
あの子が隣の部屋にいるのに、義姉であるカイロ嬢に対して不誠実な真似を働くことなどできるわけがない。
俺は自分のことがクズだと認めているが、せめてナームちゃんがそばにいる時くらいは紳士的で立派な男でありたいと思っているのだ。
「ナームのことを大切に思っていただいて、本当に嬉しく思っています。これからもあの子のことを支えてあげてください」
「できる限りのことはしてやるさ。大事な文通相手で、バロン先輩は許さないだろうが妹みたいなものだからな」
俺は肩をすくめて言ってのけ、恭しくお辞儀をしながら手の平をドアへと向ける。
「さて・・・年頃の男女が夜更けに同じ部屋にいるのも不誠実だ。そろそろ御退出願おうか」
「そうさせていただきますわ・・・マクスウェル様が予想外に紳士的な方で安心いたしました。これならば、ナームのことを安心して任せられそうです」
カイロ嬢は丁寧に頭を下げて、大人しくドアから廊下に出ていった。
しかし、扉を閉める前にちらりとその隙間から顔をのぞかせて、こちらに火薬玉を放り込んでくる。
「ああ、もしもバロン以上に素敵な婿が見つからないようでしたら、改めて子を産ませていただくようにお願いするかもしれませんね・・・そのときは、恥をかかせないでくださいませ」
「は・・・?」
「それでは、お休みなさい。よい夜を」
思わず言葉を失ってしまった俺に一方的に言い捨てて、カイロ嬢は悪戯っぽい笑顔でドアを閉めた。廊下からパタパタと足音がして、ナームが寝ている隣の部屋に入っていく気配がする。
いまさらのように彼女が付けていた香油の残り香が鼻をくすぐってきて、俺は手の平で顔を覆った。
「・・・してやられた。惚れさせてくれるじゃねえか」
どさりと音を立ててベッドに大の字に横になり、悶々とした一夜を過ごすのであった。
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