俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

帝国の赤き薔薇③

「いまだ議論は煮詰まったとは言えませんが・・・私の意見を言わせてもらいましょう」

「・・・・・・!」

 ルクセリアが口を開いた瞬間、会議室内の空気が一変する。
 ただ言葉を発しただけだというのに、その姿すらも場の空気を塗り変えるほどに美しい。同性であるはずの女官でさえも思わず唾を飲んでしまったくらいである。男性の臣下の反応は察してあまりある。
 先ほどまで慇懃無礼な態度をとっていたダゴンでさえ、息を飲んでその尊顔を見入っていた。

「できることならば、辺境に住んでいる者達の生活を助けたいと考えています。元帥が言ったとおり、彼らは帝国の臣民です。我らが手を差し伸べなくてどうするというのでしょう?」

「し・・・しかし・・・」

 ダゴンは陛下の美貌から無理矢理に目をそらして、ゴホンと咳払いをした。
 実のところ、ルクセリアが臣下の議論に口出しをしてきて自分の意見を表に出してくるというのは、かなり珍しいことであった。ゆえにその言葉は重く、忠義に薄いダゴンをたじろがせるほどだった。

「グリード殿下とスロウス殿下、両殿下の治めていた領地にはルクセリア陛下に対して叛意を持っている者も多くいるでしょう。ヘタに援助を出してしまえば、反逆者に武器を与える結果になってしまうかと・・・」

「・・・そのグリード殿下に仕えていた御仁の発言とは思えませんな。反逆者に仕えていた者が残らず反逆者であるというのならば、貴様もまた反逆者になろう」

「なっ、無礼なっ・・・!」

 横やりを入れてきたサラザール元帥に、ダゴンは噛みつくように叫んだ。
 痛烈な皮肉に反論しようとするダゴンであったが、ルクセリアが畳んだ扇でパシリとテーブルを叩いて鎮める。

「皇帝としての結論を出します。今回はサラザール元帥の意見を採用するものとします。既定の予算の一部を帝国辺境の援助と復興に充てるものとします。具体的な金額については、財務担当者に一任します」

「グッ・・・」

「御意」

 ルクセリアの言葉に、ダゴンは顔をクシャクシャに歪める。対照的にサラザール元帥は口元に笑みを浮かべて、恭しく頭を下げる。
 司会役の女官はほっと胸を撫で下ろし、書類をテーブルへと置いた。

「それでは今日の議題はここまでになります。陛下が御退出になられますので・・・」

「・・・本当に良いのですか、後悔しますぞ」

「ダゴン卿ッ!?」

 会議終了の宣言をさえぎり、ボソリとただならぬ言葉がつぶやかれた。サラザールが目を険しくして驚きの声を漏らす。

「・・・・・・」

 あまりにも不敬な言葉を放ったのは、やはりダゴンであった。
 すでにルクセリアは皇帝としての決定を下している。そこに異を唱えるなど、いくら大貴族とは言えあまりにも無礼極まりないことであった。

「こ、侯爵殿、いったいなにを・・・」

 さすがの発言に他の貴族もオロオロと困惑している。
 会議室中から疑惑と敵意の眼差しがダゴンに集まるが、でっぷりと太った男は発言を撤回することなくふてぶてしくルクセリアを睨みつけた。

「・・・私は陛下のために、忠告を差し上げているのです。どうしてお分かりになりませんか?」

「・・・どういう意味ですか、ダゴン侯爵」

 静かな口調でルクセリアが問いかける。すると、ダゴンは下卑た視線を陛下の身体へと向ける。

「陛下、貴女は一刻も早くこの国の人々からの信頼を集めなければなりません。そうしなければ・・・お腹の御子が軽んじられることになりますぞ?」

「なっ・・・貴様っ、どこまで陛下を侮辱するかっ!」

 サラザール元帥がテーブルを叩いて立ち上がった。
 鬼のように恐ろしい表情の元帥の右手は腰の剣に伸びており、さすがのダゴンも恐怖に顔を引きつらせる。
 しかし、目に怯えを浮かべながら、なおも不敬な発言を重ねていく。

「そ、そちらの御子は次代の皇帝となられるお方です。もしも仮に御子の父親が帝国にとって受け入れがたい人間・・・たとえば敵国の武将や貴族であったとしたら、帝国の基盤を揺るがすスキャンダルになりますぞ!」

「・・・それとこの件に、なんの関係があるのですか?」

「お、王宮をより立派なものに再建すれば陛下の権威が高まり、御子の立場もより良いものになる。そうなれば、たとえ父親が誰であったとしても・・・」

「それ以上の発言は結構です。黙りなさい」

「ぬぐっ・・・」

 ルクセリアが冷めた目でダゴンを一瞥して、呆れかえったように口元を扇で隠す。そして、一変して優しい面持ちになって己の腹部を手を撫でた。
 隠しきれないほど大きく膨らんできた腹部を穏やかな手つきで撫でる女帝。その姿はまるで聖母のごとく神々しい美しさをたたえており、会議の参加者は剣呑な空気も忘れて見惚れてしまう。

「ダゴン卿の忠義はよくわかりました。発言の無礼についてはこの場では不問にします。それでよろしいですね?

「は・・・はい、ありがたき幸せ・・・!」

「しかし・・・すでに皇帝としての決定は下されました。それは覆ることはありません。わかりましたね?」

「・・・・・・承知」

 言い含めるように釘を刺されると、さすがにそれ以上は食い下がることはなく苦々しい顔でダゴンは首を縦に振った。
「よろしい」とルクセリアは和やかな顔つきで微笑み、ゆっくりと椅子から立ち上がった。すぐさま二人の侍女が傍に駆け寄ってきて、万が一にも主君が転ぶことなどないように注意深く見守る。

「それでは、今日の会議はこれでお仕舞いにします。皆さん、お疲れさまでした」

 刺々しい状況から一変、主君からねぎらいの言葉をかけられて会議室の面々が安堵の表情を浮かべる。
 例外は、己の意見を却下されたダゴンと、それを睨みつけているサラザール元帥だけである。

「それでは陛下が御退出されます」

 同じく安堵の顔を浮かべた女官が宣言する。椅子に座っていた一同が立ち上がり、深々と頭を下げて主君が会議室から出ていくのを見守った。

「ああ、そうでした」

 ルクセリアは侍従が開いた扉をくぐろうとして、思い出したように足を止める。

「そちらの女官。ちょっと付き合っていただきたいのだけど、この後、時間はありますか?」

「へ・・は・・・ええっ!?」

 言葉を向けられたのは司会役の女官である。まさか皇帝陛下から直接お声をかけられるとは思ってもいなかった彼女は驚愕の表情を浮かべて、間抜けな声を漏らしてしまう。
 天上人といってもいいお方の言葉に、当然ながらノーなどと言えるわけがない。女官はガクガクと壊れた玩具のように首を縦に振った。
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