俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

帝国の赤き薔薇④

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side レイン・ハルファス

 私の名前はレイン・ハルファス。
 バアル帝国に三代前から仕えている新興貴族であるハルファス家の長女だ。

 私には二人の兄がいた。
 兄は両方とも軍師として、先帝陛下の第一皇子であらせられるラーズ・バアル殿下にお仕えしていた。
 しかし、兄は二人とも隣国との戦いのなかで命を落としてしまい、それがきっかけとなってハルファス家は没落の道を進むことになってしまった。

 かつては帝都の貴族街にあったハルファス家の屋敷もすでに売り払っており、私は家族とともに郊外の寂れた屋敷に移り住むことになった。
 働き手であった兄二人を失った生活は苦しく、私も母も貴族としてのプライドを捨てて内職などをして生計を立てていた。
 唯一の救いであったのが、隣国との戦争、そして、その後に帝都を騒がせたある皇族の暴走によって宮廷に重大な人手不足が生じてしまい、すでに引退していた父が再雇用してもらえたことだろう。
 そのおかげで私達家族は苦しいながらも、細々と生活することができていた。

「レイン! 喜べ!」

「え? どうかしましたか、お父様」

 そんなある日のこと、父が珍しく上機嫌な様子で帰宅してきた。
 私は内職で作っていた紙製の造花をテーブルにおいて、玄関で父を出迎えた。
 父の手には一通の書状が握られている。どうやらその書状が父の機嫌をよくさせている原因のようだ。

「お前が書いた論文が皇帝陛下の目に留まったぞ! お前のことを宮廷で召し抱えるとおっしゃってくれた!」

「ええっ!?」

 私は驚いて手で口を覆う。
 たしかに、私は兄達の遺品である学術書を読むことを趣味にしており、自分なりの考えを論文などにまとめたりしていた。
 戯れに知人に読ませていたそれが回りまわって皇帝陛下の目に留まるなど、誰が思うだろうか。

「皇帝陛下というと、まさか・・・」

「ああ!」

 この国でそう呼称される人物はただ一人。唯一にして、絶対なる帝国の頂点におわす方のみである。
 父は満面の笑みで頷いて、そのお方の名前を言い放った。

「ルクセリア・バアル女帝陛下だ! 明日から、お前はあの方のそばに仕えるのだ!」



 こうして、女官として宮廷に勤めることになった私だったが、現在、なぜかルクセリア陛下と一緒に湯殿にいた。

「・・・ふう、いいお湯ですね。やはり仕事の後の入浴は格別です」

「は、はい・・・その通りでございます・・・」

(なにこの状況、なにこの状況、なにこの状況ううううううっ!?)

 私は心中で荒れ狂う混乱を必死に押さえつけて、なんとか顔を笑顔に取り繕う。見る者が見れば明らかにひきつった歪な笑みになってしまったが、幸いなことに陛下は湯を堪能されており、こちらを見てはいなかった。

 私がルクセリア陛下に召し抱えられて半年ほどになる。
 最初は簡単な書類整理の仕事をさせられていた私であったが、異例とも呼べる速さで出世して、今はこともあろうか重臣会議に文官として出席していた。
 これは別に私が特別優秀であったというわけではなく、やはり王宮内の人手不足が大きな要因だろう。

 先帝陛下が身罷られ、三人の王子による後継者争いが勃発した。
 隣国すらも巻き込んだ大きな戦乱と、『偽帝』グリード・バアルの粛清によって多くの重臣が命を落とした。
 ルクセリア陛下が帝位についたことで帝都の混乱は収束しているが、いまだ慢性的な人材の不足は続いていた。

(そのおかげで高給取りの定職につくことができたのですから、感謝しなければいけませんけど・・・さすがにこの状況は予想外!)

 本来ならばリラックスできるはずの入浴であったが、私は動揺しっぱなしである。
 隣で湯を浴びているのは皇帝陛下。周りで私達の髪を洗ったり、身体を拭いてくれているメイド達は皇帝に仕えるだけあって私よりも身分の高い女性ばかり。
 はっきり言って、この状況は針のむしろといってもいい。全然気が休まる気がしない。
 さすがにいつまでもこの状況が続くのは不味い。激しくリズムを刻む心臓が爆発してしまう。
 私は恐る恐る口を開き、隣のルクセリア陛下へと言葉をかけた。

「そ、それで、陛下。此度はどうして私を誘っていただいたのでしょうか?」

「あら、なんのことでしょうか?」

「なにか話があってここに呼ばれたものと思っていたのですが・・・」

「特に用事などありませんよ? 一緒にお風呂に入りたかっただけです」

 悪戯っぽく笑って見せるルクセリア陛下の美しさに、激しく脈動していたはずの心臓が逆に止まりそうになってしまう。
 私は拳でバシリと胸を叩いて機能停止しようとする心臓に活を入れて、「光栄でございます」と辛うじて言葉を絞り出した。
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