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幕間 花咲く乙女
帝国の赤き薔薇⑤
side レイン・ハルファス
(ほ、本当にお湯に誘われただけ? そんな馬鹿な・・・)
私は頭の中で考えを巡らせながら、失礼にならない程度にルクセリア陛下を観察する。
タオルで長い金髪を頭にまとめた女帝陛下。その首から下は女性として完成されたスタイルである。ふっくらと膨らんだ豊満なバスト。スラリとした長い脚。身体のすべてが黄金律で造られているかのような神の芸術品。
現在は妊娠によって身体のラインが崩れているが、その膨らんだお腹すらもまるで神の子をはらんだ聖母のごとき神秘的な美しさを放っており、まるで神話の一場面に立ち会っているかのような厳かな気持ちを私に与える。
「気になりますか? このお腹」
「ご、ご無礼をっ!」
私の視線に気がついて、陛下が首を傾げて尋ねてきた。私はビクリと飛び上がって弁明の言葉を発する。
「いいのですよ。貴女も気にしているのでしょう? この子の父親が誰なのか」
「そのようなことは・・・」
「隠さずとも構いません。皆がそれを気にしているのは私にだってわかります。ところで・・・貴女はこの子の父親が誰だと思いますか?」
「え、ええっ・・・!?」
まるでクイズでも出すかのような問いかけに、私は困惑の声を漏らしてしまう。
「私ごときが御子の父君を詮索するなんて、そんな・・・」
「いいではないですか、ちょっとした遊びのようなものです。貴女の答えが正解でも不正解でも、どのような内容のものであったとしても一切無礼には問いません。正直に貴女の考えを聞かせてください」
「う・・・」
それが戯れであったとしても、絶対的上位者である皇帝から命じられた言葉である。逆らうことなどできようはずもない。
私は一度溜息をついて、御子の父君が何者なのか考察を巡らせる。
ルクセリア陛下を孕ませた男が何者なのか。市井では様々な噂が行き交っていた。
真実味のある現実的なものから、明らかに空想と思われる非現実的なものまで。私は一つ一つ、頭の中で検証していく。
(ルクセリア陛下は明らかに相手の男性を隠している。となれば、相手は皇帝の夫としては不十分な身分の人間ということになる。身分の低い騎士や官吏というのが面白みのない回答だけれど、それじゃあ候補者が多すぎるし、わざわざクイズとして出すかしら?)
あえてクイズ形式で問いかけてきたということは、私になんらかの回答を期待しているということになる。まったく特定できない相手が正答であるとは思えなかった。
(ということは、問題は身分ではなく立場。許されない相手であるということ・・・)
そこまで考えて頭に浮かんだのは、噂話の予想の中でも特に下世話なもの。
近親相姦。兄である三人の皇子か、あるいは実父の先帝陛下がルクセリア陛下を孕ませたという可能性だ。
(いかにも民衆や噂好きの貴族が好みそうな話ではあるけれど・・・違うわね。これも)
愉快そうに私が答えを出すのを待っている陛下の顔には、およそ悲壮感というものが見られなかった。
もしも父親がすでに鬼籍に入っており、この世にいないというのであれば、こんなふうに楽しそうに問題にできるとは思えない。
(父親は生きている。そして、おそらくだけどルクセリア陛下は無理矢理に孕まされたわけではなく、心よりその方のことをお慕いしている・・・ダメね、判断材料が足りない。なにか他にヒントがないかしら?)
私は肩まで湯に浸かり、なんとはなしに浴場の内部に視線をさまよわせた。
皇帝専用の湯殿は大理石で建てられており、あちこちに凝った意匠が彫られている。
湯殿の中にいるのはルクセリア陛下と私。そして、陛下にお仕えしている侍女達だ。
彼女達は陛下が幼い頃より仕えている忠臣で、おそらく私の頭を悩ませている問題の正答を知っているのだろう。一様に面白そうな顔で私を眺めていた。
「ん・・・?」
と、そこでふと心にひっかかることがあった。
湯殿にいる侍女達。その中で、いるべき人間がいないのだ。
「あ・・・」
それに気づいたとき、私の頭に電撃がほとばしった。
脳が叩きだした正解はあまりにも荒唐無稽なもの。帝都で流れる噂話にもなっていないものである。
「どうやら、結論が出たみたいですね。聞かせてくださいな」
「は・・・いや・・・」
私はこんなことを口に出していいものかしばし迷い、それでも好奇心に目を輝かせているルクセリア陛下の目から逃れることができずに渋々と口を開いた。
「御子の父親は・・・ディンギル・マクスウェルではありませんか?」
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