俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

帝国の赤き薔薇⑨


 ディンギル・マクスウェル。
 ルクセリア・バアルを孕ませた父親の名前を頭に浮かべて、私は顔を歪めながら大きく舌打ちをする。
 その人物はバアル帝国の皇子二人を失脚させ、ダゴン侯爵家の栄光に影を落とした張本人である。
 それがまさか政敵となったルクセリア・バアルの子供の父親とは、おかしな因果や宿命を感じてしまう。

(それにしても、赤ん坊の父親を知ることができたのは僥倖ぎょうこうだった。これで、あの女と取引することができる)

 父親がディンギル・マクスウェルというのは忌々しいことであるが、同時に幸運なことであった。
 ランペルージ王国とは和平が成立しているが、それでも民衆の中にはマクスウェル家を憎んでいる者は少なくない。
 なんたって、彼らとの戦いで多くの兵士が命を落としているのだ。その家族や友人は簡単に割り切ることはできないだろう。

(クククッ、父親のことがバレれば民衆の支持を失うことになる。私に従わざるを得ないはず・・・!)

「おい、誰か! 酒とグラスを持ってこい!」

 考え込んでいるうちに喉が渇いてしまった。私は手元のベルを鳴らして、割ってしまったグラスの代わりと追加の酒を持ってくるように声を上げる。

「む・・・?」

 なぜだろうか、廊下から反応が返ってこない。
 それどころか、まるで屋敷には誰もいないかのように静まり返っている。

「なんだ・・・誰かいないのか!?」

 私はドアを開けて廊下に顔を出し、もう一度声を張り上げる。しかし、やはり使用人は誰も現れない。

「な、いったい、どうしたというのだ・・・」

 夜闇に覆われた廊下と、すべての音を飲み込むような沈黙。私の心に小さな不安と恐怖が芽生え、徐々に大きく膨らんでいく。
 私は火を点した燭台を持ち、恐る恐る廊下を進んでいく。
 まだ夜更けと呼ぶには早い時間である。使用人が使っている部屋まで行けば、誰かが起きているはずである。

「け、警備の者もいるはずなのだが・・・」

 廊下を進んでいくと、扉の下から明かりが漏れている部屋があった。私はノックもせずにドアノブを握り、ゆっくりと扉を開いた。

「なっ・・・!」

 そして、目を見開いた。
 部屋の中には確かに使用人がいた。しかし、彼らは全員、床に倒れ伏していたのだ。

「な、なななっ・・・なにがあったのだ!」

「大声を出さないでいただきたいのです。皆さん、起きてしまいますですよ」

「ひっ・・・!」

 背後から何者かの声が響き、首筋に冷たい刃物の感触が押しつけられた。

「お初にお目にかかりますです。『鋼牙』所属の暗殺者、ハヅキと申しますです」

「あ、暗殺者だとっ!?」

 背後に立つ人物の声は中性的で、男とも女とも判断できなかった。
 しかし、その人物が口にしたただならぬ単語は、とても聞き捨てることはできなかった。

「だ、誰に雇われたのだ!? 金が欲しいのなら、二倍、いや三倍出す! 命だけは助けてくれ・・・!」

「お言葉ですが、我々は雇われではございませんです。とあるお方と専属契約を結んでおりますので、主人を裏切るわけにはまいりませんのです」

「ひ、ひい・・・たすけ・・・」

「それに・・・私は先ほど、自分の名前を名乗りましたですよね? その意味はご理解いただけませんですか?」

「っ・・・!」

 当然ながら、暗殺者というのは己の素性を隠すものである。
 それがわざわざ、自分から名乗ったということは・・・。

「確実に殺す。その意思表示でございますです」

「がっ・・・」

 蝋燭の光の下で銀の光が走った。
 ボタボタと水が滴る音がして、胸元を熱い液体が流れ落ちていく。

「あっ・・・が・・・ぎ・・・」

 それが己の血であることに気がつくと同時に、私は床に倒れ込んだ。
 力を振り絞って首に触れると、己の喉仏が横一文字に斬り裂かれていた。

「な・・・で・・・・・・に・・・」

 なんでこんなことになったのだ。
 私はいったい、どうして殺されなければいけなかったのだ。

「因果応報、という言葉がございますです。それではお休みなさいませDEATH!」

 薄れゆく意識の中――見上げる視界へ、喪服のような黒い服を着た女の姿が入ってくる。

(私は・・・女に殺されたのか・・・よりにも、よって・・・・)

 自分が馬鹿にし続けていた女が、自分の命を奪っていく。
 こんなことなら、女を見下すなんて真似をするんじゃなかった。

 そんな思考を最後に、私の意識は漆黒の闇に塗りつぶされていった。
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