俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

帝国の赤き薔薇⑩

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side ルクセリア・バアル

 とある日、バアル帝国の宮殿に王宮御用達の商会が訪れていた。
 舞踏会などに使われる広い部屋の中には所狭しと様々な商品が並べられている。
 ドレスや下着、化粧品にアクセサリー、異国産の酒やお菓子、果ては奇妙な形の置物や舞台役者の肖像画などなど。
 これでもかとばかりに持ち込まれた商品はどれも女性向けのもので、王宮で働いている侍女達が目をキラキラと輝かせてそれらの品々に見入っている。
 流行り物に敏感な若いメイドはもちろん、年配の侍女までもがその輪に加わり、ドレスを自分の身体に当てたりアクセサリーを光にかざしたりしている。

 そんな中、王宮の主である私――ルクセリア・バアルは、カーテンで仕切られた即席の試着室の中で、注文していたドレスへと着替えていた。

「サイズは・・・少し大きいようですね。仕立て直しましょうですか?」

「いいえ、これからもっと大きくなるから、ちょっと大きいくらいがちょうどいいわ」

 私が袖を通しているのは、新作のマタニティドレスである。
 最近になってお腹がより目立つようになってきており、持っているドレスがどれもサイズが合わなくなってしまったのだ。
 ゆえに御用達の商会へと注文を出したのだが、商会はこれぞ商機とばかりに関係ない品々まで山のように運んできた。

「相変わらずの商売上手ですね、貴女は」

「お褒めの言葉と受け取っておきますですわ。ルクセリア陛下」

 私の皮肉に恭しく頭を下げたのは、ドレスの試着を手伝ってくれていた商会の責任者。フルムーン商会の商会長であるハヅキという女性である。
 フルムーン商会は先の戦乱後、帝都に店を構えるようになった新興の商会だ。非常に優れた情報網と的確な仕入れによってメキメキと力をつけて、わずかな期間に皇室御用達とまでなった有力な商会・・・ということになっている。
 しかし、その正体はディンギル様の配下である密偵部隊『鋼牙』の帝国支部であり、その商会長である女性――ハヅキもまた、暗殺を生業とする闇の人間であった。
 本来であればディンギル・マクスウェルの命にのみ従う彼らであったが、ディンギル様の取り計らいによって私のためにも力を尽くしてくれていた。

(もっとも、それは私がディンギル様の御子を宿しているからなのでしょうが・・・)

「それで・・・ハヅキ様。そろそろ仕事の話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

「ええ、そうでしたね。忘れるところでしたです」

 ハヅキ様は口元に手をあてて上品に微笑み、周囲に視線を走らせた。
 私付きの侍女や使用人はみな商会が持ち込んだ珍しい品々に夢中で、こちらのことは気にも留めていない。内緒話をしても問題ないでしょう。

「まずはサーグ・ダゴンについてですが、彼の暗殺は問題なく成功しましたDEATH。強盗に押し込まれたように偽装もしてありますし、仮に疑問を持つ者がいたとしてもルクセリア様までたどり着くことは至難でしょうです」

「そうですか・・・」

 私は重々しく頷いた。
 ダゴン侯爵はディンギル様の御子のことをネタとして私を強請り、帝国を掌握することを目論んでいた。帝国のためにも、この子のためにも、決して情けをかけることなど許されない相手である。
 しかし――それでも、自分の意志によって一人の人間の命が奪われた事実は、私の肩にずっしりとのしかかってくる。

「侯爵邸から押収した金品は取り決め通りに我々が頂戴いたしますです。侯爵が過去に行った不正の証拠などはそちらにお渡ししますですわ」

「助かります・・・ダゴン侯爵はいくつかの貴族や商人と手を組んでいたようですし、彼らのことも一緒に掃討できるでしょう」

「それはようございましたです」

「それと・・・もう一つの件はどうなりましたか?」

「そちらですが・・・」

「・・・構いません。話してください」

 ハヅキが言いづらそうに言葉を濁す。その様子を見て薄々ながら頼んでいた調査の結果を悟ったが、私は先を促した。

「行方不明になっていた侍女を侯爵邸の地下室で発見いたしましたです。生きてはいたようですが、どうやら拷問を受けていたらしく・・・」

「・・・・・・」

 私は唇を噛みしめた。
 地下室で発見されたのは私のお付きの侍女の一人であり、二ヶ月ほど前から行方不明になっている娘だった。
 故郷の母親が病で倒れ、見舞いのため里帰りする途中で姿を消した彼女は、ダゴン侯爵によって誘拐されていたのだ。

「今は我々の屋敷で保護していますが、必要とあればお連れしますです?」

「いいえ・・・そのままお任せいたします。宮廷は彼女にとって住みよい場所ではないでしょうから」

「かしこまりましたです。では、そのように」

 ハヅキが恭しく頷いた。
 私は心の中で、かつてともに生活をしていた侍女へと詫びる。

(ごめんなさい、ティア・・・私にもっと力があれば、貴女を危険に遭わせることなんてなかったのに・・・)

 ダゴン侯爵は私の弱みを握るため、彼女の事を拉致したのだろう。
 もっと私が強ければ、しっかりしていれば、彼女を拷問なんてさせなかったというのに。

「もっともっと、帝国をよりよいものにしなければいけませんね。この子が生まれる前に」

「私ども『鋼牙』も協力を惜しみませんです。すべてはあのお方の御子のために」

 ハヅキは下げていた頭をさらに深々と沈みこませ、とうとう膝をついた。主君に住領な最敬礼の態度である。

「え・・・あれって・・・?」

「どうかしたのかしら・・・?」

 膝をついているハヅキの様子を見て、周囲で買い物をしていた侍女達が不審そうにこちらを見てくる。

「あ、あの、ハヅキ様・・・」

「はい、では裾をお直ししますねー」

 ハヅキが何事もなかったかのようにマタニティドレスの裾を折る。和やかな彼女の声を聞いて、緊迫した面持ちでこちらを伺っていた者達も安堵の息をついた。

「驚かせないでください・・・あせりましたよ」

「これくらいで動じていては、あのお方とともに歩むことなどできませんですよ? すべては精進でございますです」

 ハヅキが悪戯っぽく笑って、肩をすくめた。

「御子のことを抜きにしても、私は貴女に期待をしているのです。この国で生きる女の一人として、女性が活躍できる世界を目指している貴女には頑張っていただきたいものです」

「わかりました・・・どうぞそのためにも、今後ともお力添えを」
 
 商人としても、裏世界の住人としても底の見えないハヅキを前にして、私は長く息を吐きだした。



 それから、ダゴン侯爵の屋敷で発見された書類をもとに幾人かの反・皇帝の貴族が粛清され、これにより私の改革はさらに進んでいくことになる。

 ハヅキは『鋼牙』の密偵であると同時に、裏表ともに私を支える腹心となった。
 彼女の支えは私の治世に、そして、生まれた御子の治世にもまた強い影響をもたらすことになったのだが、それはまだ遠い未来の話である。



帝国の赤き薔薇 完
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