俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

南洋の紫蘭②

side とある国の宰相

 スーレイア・・・今は『スー』と名乗ることが多い彼女に対して、私が向ける感情は非常に複雑である。
 もともと、あの子はラウロス家に生まれ、父である私と亡き妻から存分に愛情を受けて蝶よ花よと育てられてきた。
 そんなスーレイアであったが、十二歳の頃にラウロス家から絶縁をされて修道院へ入ることになった。
 その原因というのが、あの子が持つ青にも紫にも見える髪と黄金の瞳。そして――人外の存在と会話をすることができるという異能の力である。

『大淫婦ガーネット』

 それはこの国の古いおとぎ話に登場する怪物である。
 今から数百年前――まだガーネット島に国が建国する以前のこと。
 ある日、海の向こうから一艘の小舟が流れ着いた。小舟の中には美しい少女が乗っており、飢えと渇きに衰弱して倒れ伏していた。
 当時、ガーネット島に住んでいた島民は少女を保護して治療を施した。島民の熱心な世話の甲斐もあり、少女は見る見るうちに元気を取り戻していき、新たな島民として生活を送るようになった。
 やがて少女は島民のまとめ役をしていた長と結ばれて子を成し、円満な家庭を築くことになった。

 しかし――そんな折、島は一つの問題に悩まされていた。
 彼女がやってきてからというもの、島の近海に多くの魔物が出現するようになったのだ。
 もともと、大陸南方の海には海竜や魚人が出没することがあったが、それは年に一度か二度というまれなことである。
 島の周囲に現れた魔物は徐々に数を増していき、やがて漁のために船を出すことさえも困難になったのだ。
 島民にとって海からとれる魚介類は命綱といってもいい重要な資源である。それが失われるということは、彼らにとって飢え死にを意味している。
 島民の中には紫髪の少女が災いを持ち込んだのではないかと疑う者まで現れ、徐々に島長も妻をかばいきれなくなってきた。

 そんなある日、島長は自分の妻が夜中にどこかに出かけていくのを目にしてしまった。まさか他に男でもいるのかと疑いを抱いてしまった島長は、いてもたってもいられず彼女の後を尾行した。
 島の端にある洞窟に入っていく妻を追いかけた島長は、洞窟の中で恐るべき光景を目にすることになる。

 洞窟の中に妻がいた。一糸まとわぬ裸の姿で、男とまぐわっていた。
 やはり姦通かと頭を沸騰させかけたのは一瞬、すぐに相手の男の姿を目にして島長は凍りついた。
 妻とまぐわっていたのは人間ではなく、全身が青い鱗で覆われた二本足の魚だった。
 まるで一つの生き物であるかのように絡み合う妻と魚人の周囲には、人間の頭部ほどの大きさの真珠のような玉が無数に転がっていた。玉の中には小さな影がうごめいており、影の動きに合わせて小刻みに脈動をしていた。

 その玉の正体が魔物の卵であると気づくと同時に、激しい恐怖に襲われた島長は脱兎のごとく洞窟から逃げ出していった。
 集落へと逃げ帰った島長は島民を集め、自分が目にした一部始終を話した。女が災いを運んできたと疑っていた島民は島長の言葉を信じて女を討伐することを決断した。
 島民たちはありったけの油を持ち出して洞窟の中へと流し込み、火を放って洞窟ごと女を焼き殺したのだ。
 しかし――

『オオオオオオオオオッ!』

 炎に包まれる洞窟の反対側。海の方角から怪物の唸り声のような慟哭がほとばしった。
 海岸へと様子を見に行った島民の目に入ってきたのは、海の上に立つ紫髪の女の姿である。
 女の髪は肩から下が燃え落ちており、美しい肌のあちこちに赤黒い火傷がありありと刻みつけられている。

『よくも、よくも、やや子を殺してくれたな! 許さない! 決して、許さぬぞ! 愚かな人間め!』

『コオオオオオオオオオッ! クォオオオオオオオオオッ!』

 女の奇声が暗い夜の海へとこだましていく。
 それは獲物を威嚇する獣の声にも、子を失って嘆く母親の声にも聞こえた。
 恐怖に震えながら海を見守る島民の前に、まるで女の声に誘われたかのように海面に無数の影が現れた。
 それはサメやクジラ、ダイオウイカのような大型の海洋生物。そして――魚人や海竜などの魔物である。

『二度と海に出られると思うなよ! 飢え死にしてしまえ、人間ども!』

 女の言葉通りに、それから島民は海に船を出すことができなくなってしまった。
 少しでも海に出ようものなら、サメやクジラ、魔物に襲われて瞬く間に船は海の藻屑となり、人間は彼らのエサとなってしまった。
 海洋資源に依存していた島民は食べる物を失い、見る見るうちにやせ細っていった。
 ガーネット島にも森林があり、獣や果物がないわけではない。しかし、森の中には『ショウジョウ』という大猿が住んでおり迂闊に踏み込むことはできなかった。
 彼らは基本的には温厚で人を襲うことはなかったが、縄張りに入る者やエサ場を荒らす者には容赦がなく、森の幸を取ろうとした島民は手痛い洗礼を浴びることになった。

『このままでは本当に全滅してしまう・・・もはや、戦う以外にあるまい』

 備蓄していた食料が尽きた時、島民はいよいよ決断する。このまま飢えて死ぬくらいならば、勝算は薄くとも戦うほかに道はない。
 島民はもりなどで武装して、女が待ち構えている浜辺へと向かった。

 おそらく、彼らも勝てるとは思っていなかっただろう。サメやクジラも強力だが、なにより大海原の生態系の頂点に君臨する海竜はとてもではないが人間の力の及ぶ存在ではない。
 しかし、それでも彼らは生きていくために戦うしかない。どれほど無謀なことであっても、ここで動かなければ全滅以外の道はないのだから。
 だが――彼らが浜辺で目にしたのは予想外の光景である。

『ガハハハハハハハハッ!』

 そこには鬼がいた。真っ白の髪をなびかせた女の鬼である。
 女の足元にはサメやクジラ、魚人、そして海の王者である海竜が骸となって波に揺られていた。
 そして――鬼の右手は紫髪の女の首をつかんでおり、異常な握力をもってその頭蓋を握りつぶしていたのであった。
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