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幕間 花咲く乙女
南洋の紫蘭④
大猿を使役して笑顔で復興作業に従事するスー。将来が心配になる娘をなんとも言えない複雑な目で見守っているサミュエル。
そんな二人を、少し離れた場所から見つめている人物がいた。
「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・」
建物の影に身体を隠しているのは身なりのいい若い男である。
中肉中背の金髪男性は顔立ちこそなかなかに整った容貌をしているものの、両の眼は赤く血走っており、口から荒い息を吐きだしている。
まるで飢えた獣が獲物を狙うように目を爛々と輝かせる男の姿は、どう贔屓目に見ても不審者としか言いようがない。
しかし、幸いなことに周囲には男に気がついている人間はなく、衛兵や自警団を呼ばれることもなかった。
「スーレイア・・・ああ、なんで美しいんだ。僕の可愛いスーレイア・・・ハアッ・・・ハアッ・・・」
男は口の端からジュルリと唾液を垂れ流して陶然とつぶやく。
自分に酔ったような口ぶりの男の目は完全にどこかにイッてしまっており、まるで危険な薬物でも打ち込んでいるようである。
「スーレイア・・・スーレイア・・・スーレイア・・・スーレイア・・・スーレイアあああっ・・・!」
壊れた玩具のようにその名を繰り返し呼びながら、男はガリガリと自分の親指の爪を噛んだ。
明らかな異常者であるその男の正体は、アリオテ・フォン・ガーネット。
驚くべきことに・・・驚愕すべきことに、スーとサミュエルが暮らしている国、ガーネット王国の王太子であった。
いかにして一国の王太子が、建物の影から婦女子を見つめる謎生物と成り果てたのだろうか?
そもそも、スー・・・本名スーレイア・ラウロスとアリオテ王太子は、国王の息子と宰相の娘ということもあって幼い頃から面識があった。
スーは青髪に金眼という珍しい特徴を持っているものの、その容姿は非常に整っている。それは子供の頃も同様であり、幼少のスーは他の貴族令嬢よりも頭一つ抜きんでた可憐な幼女であった。
そんなスーに対して、アリオテ少年が恋心を抱くのは必然なことである。
アリオテは幼女時代のスーに思いを寄せ、どうにか彼女を自分のそばに置こうとした。国王である父親に働きかけて、自分の婚約者にして欲しいとお願いさえした。
スーはガーネット王国の有力貴族であるラウロス家の令嬢だ。家格は釣り合っているし、国王もサミュエルも一も二もなく賛成した。スーは次期王妃の最有力候補として内々に選定され、時が来ればそのことを国中に公表される予定だった。
アリオテの誤算は、その時が来る前にスーが『動物と会話をする』という能力を発現してしまい、修道院に入れられてしまったことだろう。そこには、忌まわしい『大淫婦・ガーネット』の血を王家に入れるわけにはいかないというサミュエルの意図もあったに違いない。
アリオテはあと一歩で恋焦がれる少女を手に入れることができたというのに、運悪く彼女と引き裂かれてしまったのである。
ちなみに、スーのほうがアリオテに対してどのような感情を持っていたかというと、彼女は自分の婚約者になる予定の皇子に特段の感情を抱いてはいなかった。
そもそも、アリオテは幼少時から内気な性格をしており、思いを寄せる少女になんのアプローチもしていなかったのである。
スーにとってアリオテという少年は、父に連れられて王宮を訪れたときに柱や壁の影からこちらを見ているミノムシのような子供・・・その程度の認識であった。
「スーレイア・・・ハアッ、ハアッ・・・!」
三つ子の魂百までというが、アリオテ王太子は十年経った今もなお人間性を成長させることはなく、建物の影に隠れてスーのことを見つめていた。
「スーレイア・・・愛しい僕のお嫁さん。どうして、君は僕に会いに来てくれないんだい?」
アリオテは熱病にうなされるような口調で勝手な言い分を漏らした。
スーが修道院に入れられてから、父王からも会うことを禁じられていた。しかし、キャプテン・ドレークの一件を経て絶縁は解かれており、スーはラウロス家の令嬢としての地位を復権させている。
会いに行こうと思えばいつでも会いに行ける状態である。にもかかわらず、アリオテはスーのもとを訪ねることはなく、そのくせ毎日のように隠れて彼女の動向を観察し続けていた。
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