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幕間 花咲く乙女
南洋の紫蘭⑨
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「・・・・・・」
なんと口にしていいのかわからず、私はしばしの間、石のように固まってしまった。
やや困惑しながらアリオテ殿下の顔を見上げると、その顔は真っ赤に染まっており、唇が小刻みにワナワナと震えている。
その真剣な顔つきを見て、私は殿下が冗談で言っているわけではないことを感じ取った。
(そうですか・・・殿下が私を・・・)
いったいいつから自分に好意を寄せてくれていたのかはわからない。それでも、真剣な思いにはきちんと答えなければならない。
(以前の私でしたら首を傾げていただけですけど・・・今は、殿下の気持ちがわからなくもありませんから)
今の自分には殿下と同じく思いを寄せる相手がいる。
ならば、自分に向けられる好意を無下に踏みにじるべきではないだろう。
たとえそれを受け入れることができないとしても。
「申し訳ありません。殿下」
私は言葉を飾ることはなく、率直に拒絶の言葉を放った。
「へ・・・?」
アリオテ殿下は表情を固まらせて、呆けたように声を漏らした。その両目は信じられないとばかりに見開かれている。
「な、なんで・・・どうして・・・僕はこの国の王太子だ。僕と結婚すれば君は王妃になれる。誰よりも贅沢をさせてあげられる」
「いりません。私は修道院暮らしでしたから、贅沢は落ち着きません」
「みんなが君に跪くんだぞ? この国の女性のトップに立てるんだぞ?」
「身分なんて必要ありません。奴隷になったって幸せになれると知っていますから」
「僕は・・・僕は君のことをずっと愛して・・・君もその愛に応えるべきじゃないのか?」
「・・・申し訳ありません」
私はもう一度謝罪した。
真っ赤になっていたアリオテ殿下の顔が、見る見るうちに青ざめていく。その表情が絶望に凍りついて、もう聞きたくないとばかりに両手で耳をふさぐ。
絶望を絵に描いたような殿下の姿に同情の念が湧いてくる。自分だって愛している人から拒絶を受けたら、こんな顔になるのかもしれない。
(だからといって、受け入れるわけにはいきません。私がともに歩みたいと思う殿方はこの世にただ一人なのだから)
私は両耳を閉ざしているアリオテ殿下の様子にそっと溜息をつきながら、少し声のトーンを上げてきっぱりと断言した。
「私にはお慕いしている男性がいます! だから、貴方の妻にはなれません!」
「あ・・・あ・・・あああアアアアアアっ!!」
耳を抑えていてもその拒絶が聞こえたのだろう。殿下がガクガクと肩を震わせながらその場に崩れ落ちた。
目からは滝のような涙が流れていて、口や鼻からも液体が漏れてしまっている。
不思議と今の殿下のことを気持ちが悪いとは思わなかったが、だからといって彼の思いを受け入れることができるわけもない。
私は絶望しているアリオテ殿下をそのままに、床から立ち上がった。
「それでは、私はこれで失礼をいたします。今日のことは忘れますので、どうぞ殿下も私を忘れて他の女性を好きになってください」
幸いなことに身体を拘束されているわけではないし、ケガらしいケガも負ってはいない。この屋敷がどこにあるかはわからないが、体力には自信がある。ネズミや野良猫に道を聞けば朝までには仮宿の教会にたどり着くことができるだろう。
そう考えて、私はとりあえず部屋から出ようと扉に向かった。
しかし――
「・・・・・・ダメだ」
「はい?」
去ろうとする私の手をアリオテ殿下がつかんだ。
まるで母親の手を握り締める子供のように強く、決して離すまいと。
「だめだダメだ駄目だだめだダメだ駄目だ! スーレイアは僕のものだ! 誰にも渡さない!」
「へ・・・? あ、ちょっと・・・!」
激しい身の危険に悲鳴を上げようとした瞬間、殿下の手が私の身体を引き寄せた。
背中に強い衝撃。床の上にパッと髪が広がる。
「スーレイア・・・スーレイア・・・! 離さない、絶対に逃がさない・・・!!」
気づけば私は床の上に押し倒されていた。
見上げる先に鼻息を荒くして、爛々と目を輝かせる殿下の顔があった。
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