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幕間 花咲く乙女
西方の向日葵③
side とある貴族
私の名前はライシャ・トルク。
トルク子爵家の当主であり、西方辺境の正当な支配者である『白肌』貴族の重鎮の一人である。
昨年、二十歳で家督を継いだ私であったが、せっかく領主となったトルク子爵家は負の遺産にまみれて火の車のごとく窮地に陥っていた。
「まったく、不愉快極まりないですね。ただでさえ多くない収入がここまで減ってしまうとは・・・!」
トルク子爵領にある屋敷にて、私は手にしていた書類を机の上に投げ捨てて忌々しげに吐き捨てた。
机の上に広がった書類には私が経営している領地の税収について、来年度の見込みの金額が記されている。
そこに書かれている額は前年度と比べて三割以上も目減りしており、ここ十年で一番の落ち込みだった。
「これも全て愚かなマッサーブが間抜けを働いてくれたせいです。あの豚が余計なことを・・・」
先日、私と同じ『白肌』派閥に所属する同胞であるナーヒブ・マッサーブがスフィンクス家を排除するための企てを起こし、結果として返り討ちに遭ってしまった。
マッサーブ子爵家は取り潰しとなり、その没落に巻き込まれて多くの『白肌』貴族が領地を奪われることになった。
不幸中の幸いにもトルク子爵家はマッサーブとつながっている証拠は残しておらず、彼らと心中することは免れた。
それでも、商業的なつながりも強かった同胞を多く失ったことで外交収入は大きく減少して、しばらくは冷や飯を食うことになりそうである。
「『黒肌』どもを侮るからこうなるのです、マッサーブ。お前ごときがスフィンクス家に勝てるはずなどないでしょうに」
私は沈痛に首を振って椅子に座る。
目の前の机には投げ出された書類のほかにも、トルク子爵家の収支を記載した帳簿も広げられている。
帳簿の上を踊る数字は見事に赤一色となっている。このままではトルク子爵家は経済的に破綻してしまうだろう。
(無理もない、こんな痩せた土地。山ばかりの領地では、大した産業などないのです。取引相手もいなくなって、このままでは干上がってしまう・・・)
私が治める領地はランペルージ王国の西方辺境――その北部にある山間にあった。しかし、最初からこんな劣悪な土地が領地だったわけではない。
かつて西方辺境は、私のような白い肌の貴族が支配する豊かな大地であった。
しかし――百年前に突如として西のガルーダ砂漠から黒い肌の異人どもがやってきて、おまけに彼らは背後におぞましい死者の群れまで引き連れていた。
私達の祖先はなんの前触れもない襲撃に領地を捨てて逃げ出してしまい、西方辺境の地は『恐怖の軍勢』が蔓延る穢れた大地となり果ててしまった。
そんな西方辺境を救ったのは、これまたおぞましいことに西から流れてきた『黒肌』どもである。
奴らは祖先が打ち捨てていった武器や砦を勝手に使い、死者の群れを砂漠まで押し戻したのだ。
『恐怖の軍勢』がいなくなったことを確認して祖先が領地に戻ったときには、西方辺境には『黒肌』がすっかり居ついてしまっており、「自分達が奪い返したのだから、自分達の土地だ」と領地の返却を拒んだのである。
(そもそも、『恐怖の軍勢』を連れてきたのはあの害虫どもだろうに。軟弱な祖先にも腹が立ちますが、奴らはそれ以上に吐き気がしますね)
生まれ故郷を『黒肌』に奪われた祖先は、周辺の領主や、のちに王家となるランペルージ家に領地の奪還を依頼した。
同じ白い肌を持ち、周辺の領主の中で最大の力を持つランペルージ家であれば、必ず自分達の故郷を取り戻してくれるはず。そんな期待を持っての願いであったが、その計算は大きく狂わされることになる。
こともあろうにランペルージ家は『黒肌』の味方をして、ガルーダ砂漠周辺の土地を『黒肌』が領有することを認めてしまったのだ。
(・・・ランペルージの考えはわからなくもない。領地を捨てて逃げ出した祖先よりも、その領地を『恐怖の軍勢』から取り戻した『黒肌』どもに国境を任せたほうが安心できる。私が彼らの立場であったとしてもそうする。しかし・・・)
だからといって、当事者の立場としては納得ができるものではない。
ランペルージ家が下した決定のせいでトルク子爵家はもともと治めていた穀倉地帯を奪われ、鉱山以外に産業のない山間の土地に移されたのだから。
「そして、そうして残されたわずかな土地すらも、まさにスフィンクス家に奪われようとしている・・・!」
私はギリギリと奥歯を噛みしめて、苛立ちから机に爪を立てる。
マッサーブ子爵家を始めとした多くの貴族が粛清されて、『白肌』派閥はもはや虫の息となっている。
そんな窮状を見て、スフィンクス家の当主であるベルト・スフィンクスはさらなる追撃の一手を打った。『白肌』の貴族から外交を断って経済制裁を仕掛けてきたのだ。
ただでさえ少ない取り引きを完全に失い、残された『白肌』貴族は陸の孤島に取り残されることになった。外部から物資は入ってこず、産業が衰退し、領民は離れていった。
このままでは遠からず領地経営が立ち行かなくなり、爵位と領地を手放すことになってしまうだろう。
(完全に詰み・・・このままでは、奪われた故郷を取り戻すどころか、西方辺境から白い肌の貴族が一人もいなくなってしまう・・・!)
そうなればもう『黒肌』の天下である。
ランペルージ王国西方地域は完全に砂漠の民の支配下となり、実質的な独立状態となるだろう。
(こうなることを読めなかったというのか・・・祖先も、ランペルージも! どうして間抜けな先人のせいで私のような人間が損を被らねばならないのですか!)
なんとかしなければならない。
尊い白い肌の血を絶やすわけにはいかない。
「しかし・・・いったいどうすれば・・・」
何度目になるかわからない自問自答の闇に再び意識が沈んでいきそうになったとき、部屋の扉が外からノックされた。
「失礼します、若旦那様」
入ってきたのは年配のハウスメイドである。
私が幼い頃からこの家に仕えている彼女は、私が返答する前にずかずかと部屋へ足を踏み入れてきた。
無礼を咎めてやろうかと口を開きかけるが、やっぱりやめる。
自分のオシメを取り換えたこともある年配の使用人に、なにを言っても無駄だと悟ったからだ。
代わりに短い言葉で要件を尋ねる。
「なにか用でしょうか」
「鉱山夫の親方が見られております。若旦那様にお目通りしたいと」
「鉱山夫が・・・? こんな夜更けに?」
私が部屋のしみに立てかけてある時計を見て言うと、ハウスメイドももっともだとばかりに頷いた。
「さすがに追い返そうと思ったんですけど・・・どうも鉱山から妙な物が出てきたみたいで、すぐに報告すると譲らなくて」
「妙な物・・・?」
私は胡乱に聞き返して「ふむ」と首を傾げた。
それでも夜分にわざわざ訪れた要件に興味が湧いて、ハウスメイドに鉱山夫を連れてくるように命じた。
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