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幕間 花咲く乙女
西方の向日葵⑧
「く、応戦しろ!」
突然の魔物の襲撃に、討伐部隊の責任者であるサイード・カイロは剣を抜いて叫んだ。
魔物の巣窟となった町には見張りの兵士を置いていたはずである。彼らが戻ってきていないにもかかわらず襲撃があったということは、見張りの兵士達は無残な末路を迎えたに違いない。
サイードは奥歯を噛みながら顔を引きつらせ、目の前の甲虫型の怪物を剣で両断した。
「各自、敵を各個撃破せよ! 義勇兵は篝火と松明の用意をしろ!」
『はっ!』
サイードの鋭い指揮を受けて、兵士達が虫の姿をした魔物に応戦する。
スフィンクス家から派兵された部隊は先の戦いで数を減らされていたものの、『恐怖の軍勢』との地獄のような戦いを潜り抜けた歴戦の戦士である。人の血肉を餌とするおぞましき魔物が相手でも恐れることなく立ち向かっていく。
「くっ・・・数が多すぎる!」
しかし――空から襲撃してくる魔物の勢いは予想以上に激しく、頭上という死角からの攻撃であることもあって苦戦を強いられていた。
兵士は次々と傷を負っていき、そんな仲間をかばいあうようにして応戦する。
「・・・・・・」
そんな戦いの光景を少し離れた場所から見つめ、ナーム・スフィンクスは言葉を失って立ちすくんでいた。
(これが・・・本物の戦場・・・)
実践というものがどういうものか、人が死ぬということがどういうことか、ナームとて考えなかったわけではない。しかし――現実にそれを目の当たりにした時の衝撃はすさまじいものであった。
ナームがいる陣地。そのあちこちで血しぶきが舞う。人が倒れ、その身体に虫が群がって肉を食んでいる。
地獄のような光景は熟練の兵士であっても吐き気を催されるものであり、それが初陣のナームであればなおさらであった。
「うぷっ・・・」
ナームは喉からせり上がってきた熱い塊を地面に向けて吐き出した。
吐瀉物で脚が汚れるのも構わず、その場に崩れ落ちてしまう。
「かはっ・・・はあ、はあ・・・」
地面にうずくまって荒い息を繰り返す。
身体を丸めたその姿はまるで幼い少女であり、指輪をつけていないか弱いナーム・スフィンクスと変わらないものであった。
(馬鹿だ、私は・・・戦いを甘く見ていた・・・!)
兄を失い、ディンギル・マクスウェルという青年に恋い焦がれてからというもの、ナームは毎日のように剣を振り続けてきた。
守られるだけでは嫌だ。自分も一緒に戦いたい――そんな思いで自分を鍛えてきて、少しは強くなれたと思っていた。成長したと信じていた。
しかし、実際の戦場に立って、ナームはいかに自分が甘い考えを持っていたと痛感していた。
そして――己の認識の甘さをようやく知った少女に、戦場の悪意は容赦なく襲いかかる。
「あ・・・」
地面にうずくまるナーム。その身体に影が差した。
顔を上げると、そこには巨大な怪物が歯を鳴らして慄然と立ちふさがっていた。
「ひっ・・・!」
それはカマキリの形をした魔物であった。
身長二メートルほどの怪物が両腕に巨大な鎌を構えて、震えるナームを見下ろしている。
「い、いや・・・来ないで!」
「ギギギギギギギギギッ!」
巨大カマキリが嘲るように歯を鳴らしながら右手を振りかぶる。
まるで死神の鎌のような大きな刃が、戦場を甘く見ていた少女めがけて振り下ろされる。
「惚けてんじゃねえよ、畜生が!」
「ふえ・・・?」
鎌がナームを両断する寸前、怪物と少女の間に一つの影が飛び込んできた。
「ぐうっ・・・! だから女が戦場に出てくるなって言ったんだよ!」
「へ、あ、貴方は・・・?」
大剣で魔物の攻撃を受け止めてナームを庇ったのは、先ほど天幕の中でもめたスキンヘッドの男であった。
男の筋肉が盛り上がり、魔物の重い一撃を懸命に受け止めている。
「ど、どうして私を・・・?」
「へっ・・・男が女を守るのは当然じゃねえか。馬鹿なこと聞いてんじゃねえよ!」
「・・・・・・そっか」
(そっかーーこれが男。男の人なんだ)
当たり前のように。当然のように。男だからという理由で平然と女を命懸けで守って見せる。
それが男性の強さなのだと、ナームは改めて痛感した。
(だから私は、置いて行かれたくなかったんだ。ディンギルさまはきっとどこまでも独りで行ける方だから、離れたくなくて、付いて行って私も戦いたかったんだ)
ナームは改めて、自分がどうして戦場に出てきたのかその意味を悟った。
(私は強くなる、もっともっと! ディンギルさまみたいに、兄さんみたいに!)
「俺のことはいい! さっさとにげやが・・・はえ?」
「ヤアッ!」
「ギイイイイイイイイイイイイイィィィ!?」
ナームは滑るような足取りで巨大カマキリの懐に飛び込んだ。同時に、怪物の大顎から絶叫が放たれる。
スキンヘッドの男が目を剥いた。ナームが抜き身も見せぬ速さで右手を翻し、いつの間にかその手に握られていた細剣がカマキリの腹部を斬り裂いていた。
昆虫独特の軟らかな腹部が真一文字に断ち切られて、内部から淡紅色の体液が噴き出した。
「・・・・・・」
返り血のように昆虫の体液をかぶりながら、ナームは毅然と背筋を伸ばして立っていた。
その姿はまるで宗教画に描かれた戦乙女そのものであり、スキンヘッドの義勇兵は状況も忘れて見惚れてしまった。
ナームが首を巡らせ、立ちすくんでいる男をまっすぐ見やって口を開く。
「・・・私が戦う理由を思い出させてくれて、ありがとう。これで私は戦える」
「お前は、い、いや・・・貴女はいったい・・・」
神々しいまでに凛然とした姿に、スキンヘッドの男は思わず敬語になってしまう。そんな大柄な男にクスリと笑みを返して、ナームは細剣を振って体液を払い落とす。
そんな動作の一つ一つが洗練されており、あまりにも美しい。
まさに、戦場の花。
戦士を導き、ともに剣を振る戦乙女の姿であった。
「私は・・・今は名もなき女。けれど、英雄の妻となりその子を産む女だ!」
ナームは高々と言い放ち、襲い来る魔物めがけて細剣を振りかぶった。
突然の魔物の襲撃に、討伐部隊の責任者であるサイード・カイロは剣を抜いて叫んだ。
魔物の巣窟となった町には見張りの兵士を置いていたはずである。彼らが戻ってきていないにもかかわらず襲撃があったということは、見張りの兵士達は無残な末路を迎えたに違いない。
サイードは奥歯を噛みながら顔を引きつらせ、目の前の甲虫型の怪物を剣で両断した。
「各自、敵を各個撃破せよ! 義勇兵は篝火と松明の用意をしろ!」
『はっ!』
サイードの鋭い指揮を受けて、兵士達が虫の姿をした魔物に応戦する。
スフィンクス家から派兵された部隊は先の戦いで数を減らされていたものの、『恐怖の軍勢』との地獄のような戦いを潜り抜けた歴戦の戦士である。人の血肉を餌とするおぞましき魔物が相手でも恐れることなく立ち向かっていく。
「くっ・・・数が多すぎる!」
しかし――空から襲撃してくる魔物の勢いは予想以上に激しく、頭上という死角からの攻撃であることもあって苦戦を強いられていた。
兵士は次々と傷を負っていき、そんな仲間をかばいあうようにして応戦する。
「・・・・・・」
そんな戦いの光景を少し離れた場所から見つめ、ナーム・スフィンクスは言葉を失って立ちすくんでいた。
(これが・・・本物の戦場・・・)
実践というものがどういうものか、人が死ぬということがどういうことか、ナームとて考えなかったわけではない。しかし――現実にそれを目の当たりにした時の衝撃はすさまじいものであった。
ナームがいる陣地。そのあちこちで血しぶきが舞う。人が倒れ、その身体に虫が群がって肉を食んでいる。
地獄のような光景は熟練の兵士であっても吐き気を催されるものであり、それが初陣のナームであればなおさらであった。
「うぷっ・・・」
ナームは喉からせり上がってきた熱い塊を地面に向けて吐き出した。
吐瀉物で脚が汚れるのも構わず、その場に崩れ落ちてしまう。
「かはっ・・・はあ、はあ・・・」
地面にうずくまって荒い息を繰り返す。
身体を丸めたその姿はまるで幼い少女であり、指輪をつけていないか弱いナーム・スフィンクスと変わらないものであった。
(馬鹿だ、私は・・・戦いを甘く見ていた・・・!)
兄を失い、ディンギル・マクスウェルという青年に恋い焦がれてからというもの、ナームは毎日のように剣を振り続けてきた。
守られるだけでは嫌だ。自分も一緒に戦いたい――そんな思いで自分を鍛えてきて、少しは強くなれたと思っていた。成長したと信じていた。
しかし、実際の戦場に立って、ナームはいかに自分が甘い考えを持っていたと痛感していた。
そして――己の認識の甘さをようやく知った少女に、戦場の悪意は容赦なく襲いかかる。
「あ・・・」
地面にうずくまるナーム。その身体に影が差した。
顔を上げると、そこには巨大な怪物が歯を鳴らして慄然と立ちふさがっていた。
「ひっ・・・!」
それはカマキリの形をした魔物であった。
身長二メートルほどの怪物が両腕に巨大な鎌を構えて、震えるナームを見下ろしている。
「い、いや・・・来ないで!」
「ギギギギギギギギギッ!」
巨大カマキリが嘲るように歯を鳴らしながら右手を振りかぶる。
まるで死神の鎌のような大きな刃が、戦場を甘く見ていた少女めがけて振り下ろされる。
「惚けてんじゃねえよ、畜生が!」
「ふえ・・・?」
鎌がナームを両断する寸前、怪物と少女の間に一つの影が飛び込んできた。
「ぐうっ・・・! だから女が戦場に出てくるなって言ったんだよ!」
「へ、あ、貴方は・・・?」
大剣で魔物の攻撃を受け止めてナームを庇ったのは、先ほど天幕の中でもめたスキンヘッドの男であった。
男の筋肉が盛り上がり、魔物の重い一撃を懸命に受け止めている。
「ど、どうして私を・・・?」
「へっ・・・男が女を守るのは当然じゃねえか。馬鹿なこと聞いてんじゃねえよ!」
「・・・・・・そっか」
(そっかーーこれが男。男の人なんだ)
当たり前のように。当然のように。男だからという理由で平然と女を命懸けで守って見せる。
それが男性の強さなのだと、ナームは改めて痛感した。
(だから私は、置いて行かれたくなかったんだ。ディンギルさまはきっとどこまでも独りで行ける方だから、離れたくなくて、付いて行って私も戦いたかったんだ)
ナームは改めて、自分がどうして戦場に出てきたのかその意味を悟った。
(私は強くなる、もっともっと! ディンギルさまみたいに、兄さんみたいに!)
「俺のことはいい! さっさとにげやが・・・はえ?」
「ヤアッ!」
「ギイイイイイイイイイイイイイィィィ!?」
ナームは滑るような足取りで巨大カマキリの懐に飛び込んだ。同時に、怪物の大顎から絶叫が放たれる。
スキンヘッドの男が目を剥いた。ナームが抜き身も見せぬ速さで右手を翻し、いつの間にかその手に握られていた細剣がカマキリの腹部を斬り裂いていた。
昆虫独特の軟らかな腹部が真一文字に断ち切られて、内部から淡紅色の体液が噴き出した。
「・・・・・・」
返り血のように昆虫の体液をかぶりながら、ナームは毅然と背筋を伸ばして立っていた。
その姿はまるで宗教画に描かれた戦乙女そのものであり、スキンヘッドの義勇兵は状況も忘れて見惚れてしまった。
ナームが首を巡らせ、立ちすくんでいる男をまっすぐ見やって口を開く。
「・・・私が戦う理由を思い出させてくれて、ありがとう。これで私は戦える」
「お前は、い、いや・・・貴女はいったい・・・」
神々しいまでに凛然とした姿に、スキンヘッドの男は思わず敬語になってしまう。そんな大柄な男にクスリと笑みを返して、ナームは細剣を振って体液を払い落とす。
そんな動作の一つ一つが洗練されており、あまりにも美しい。
まさに、戦場の花。
戦士を導き、ともに剣を振る戦乙女の姿であった。
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