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幕間 花咲く乙女
西方の向日葵⑨
side サイード・カイロ
「くっ・・・数が多いな!」
私は呻きながらも剣を目の前の敵に叩きつけて、甲虫型の魔物を両断する。
数年前に息子に家督を譲って引退した私であったが、隠居してからも身体を鍛えることを休めたことはない。
しかし、それでも久しぶりの実戦はなかなか応えるものがあり、加齢のせいもあって腰がジクジクと痛んでしまう。
「やれやれ・・・倅が戦死したりしなければのんきな隠居生活を楽しんでいたのだがな!」
「カイロ卿、ぼやいている場合ではありませんよ! 状況を考えてください!」
思わず漏らした愚痴に副官が怒鳴るように言ってくる。私は肩をすくめて返し、再び剣を振る。
周囲では私を中心とした討伐部隊の兵士が昆虫型の魔物と戦っていた。そのさらに向こうでは、周辺の村落から志願してきた義勇兵が武器を振り回して応戦している姿も見て取れる。
突然の襲撃による混乱は収まりつつあるものの、数は魔物のほうが上である。斬っても焼いても現れる魔物の群れに、兵士達に疲労の色が出てきている。
「ふむ・・・そろそろ戦況を変えなければ、数で押し切られてしまうな。なにか流れを変える一手があればいいのだが・・・」
私は思案しながら戦場に視線を巡らせる。
ここに集まっている兵士は、先の『恐怖の軍勢』の戦いのおかげか、正規の討伐部隊も義勇兵もそれなりの実力を有している。
(しかし・・・一騎当千の強者はいないようだな)
サルードの経験上、こういった膠着した戦場では血路を切り拓くことができる強者が一人いるだけで戦場の流れを変えることができる。
しかし、残念ながらこの場にそれほどの使い手はいないようで、討伐部隊はじわじわと追い詰められてきていた。
「こうなったら・・・私が飛び込まねばなるまいか。やれやれ、また腰が痛むな」
私はうんざりして首を振り、戦況を変えるべく特攻を覚悟する。
大将である私が先陣を切って獅子奮迅の戦いを見せれば、それだけ周囲の兵士の士気を鼓舞することができる。
その代わり――万が一にも破れて倒れることがあらば、指揮官を失った戦線は瓦解してしまうのだが。
(本来ならば指揮を執る者が投機のような博打を打つべきではないのだが、これ以上の消耗は敗北必至。賭けをするならば今しかない!)
私は右手の剣を強く握りしめ、深く呼吸をする。軸足である左足を強く踏みしめて、魔物が固まっている場所へと狙いを定める。
「ハアアアアア・・・・・・ああ?」
「ヤアッ!」
裂帛の気合とともに飛工もした私であったが、ちょうど斬り込もうとしていた場所に細身の影が飛び込んだ。
「ヤアアアアアアッ!」
「なっ・・・お、女だと⁉」
戦場に突如として舞い降りたのは、金色の髪をなびかせた黒肌の女である。それは先ほど、義勇兵の天幕ですれ違った娘だった。
金髪の女は手に持った細剣を軽やかな手つきで振るい、次々と昆虫型の魔物を斬り飛ばしていく。
固まっていた数十匹の魔物が瞬く間に屍となり、緑や黄の粘液を地面へぶちまける。
「キシャアアアアアアアアアアッ!」
「っ・・・! 危ない!」
女性の奮戦によって生まれた空白地帯。そこに新たな敵影が現れた。
飛び込んできたのは見上げるほどに巨大なムカデである。まるで竜のように長い巨体をうねらせて、大きな反りが入った左右の顎で女性に食いついてくる。
「くっ・・・いかん!」
私は目の前の女性を救い出すべく、再び足に力を込める。
あの女性が何者であるかはわからない。しかし、獅子奮迅の勇戦を見せる女傑を、ましてや敬愛する主君の亡き妻に瓜二つの彼女を、目の前で怪物のエサになどできるわけがない。
命を賭して女性とムカデの間に割って入ろうとするが、私が予想していたよりも遥かに俊敏な動きでムカデが動いた。
「しまった・・・!!」
私の脳裏に金髪の女性剣士の身体が真っ二つに食いちぎられる姿が幻視される。
そのビジョンはすぐに現実となるだろう。それを確信してしまう。
「フッ・・・」
しかし――その予想は実現しなかった。
歴戦の兵士である私でさえ目で追うのがやっとのムカデの攻撃を、女性は宙を舞うようなステップで躱して見せたのだ。
「キシャアアアアアアアアアアッ!」
「フッ、フッ、ヤアッ!」
獲物を逃したことに気がついた大ムカデは、むきになったように繰り返し女性に食らいつこうとする。女性は立て続けに放たれる噛みつきを細剣を使って攻撃を受け流していく。
流水のように変幻自在な動きでありながら、その守りはまさに鉄壁。質実剛健の守りの剣。
「あの太刀筋は・・・まさか、バロン様?」
そう、あの剣捌きはまるで亡きバロン・スフィンクスを彷彿とさせるものである。
ギザ要塞でバロンとともに失われはずの剣が、目の前で再現されている。
それはまるで死者がよみがえったよな衝撃を私に与えてくる。
「ヤアアアアアアアッ!」
「キヒイイイイイイイッ⁉」
とうとう、女性が攻撃のはざまに放ったカウンターが大ムカデの眉間を貫く。
苦しそうにのたうつ大ムカデ。その巨体の頭部を、固い甲殻の隙間を縫うようにして女性の細剣が斬り裂いた。
「キイイイイイイイイイイイッ・・・」
甲高い悲鳴とともに噴水のように虫の体液が噴き出した。大ムカデが地面にどさりと倒れて、やがてその巨体が完全に動きを止める。
「やった・・・まさか、あの大ムカデが!」
「なんて美しいんだ・・・」
「救いの手が・・・ああ、女神様!」
戦いを見守っていた兵士達から喝采の声が湧く。中には地面に膝をついて、神に祈るように両手を組んでいる者までいるくらいだ。
私もまた女性の戦いぶりに見惚れてしまっていたが、倒れたムカデの姿に怯えたように後ずさる魔物を見て状況を思い出す。
「っ・・・! 馬鹿者どもが、なにを呆けておる!」
私は自分のことを棚に上げて、戦いを忘れて女性に見惚れる兵士に一喝した。
「今こそ奮起するときぞ! 戦乙女の勇戦に応えるのだ!」
『おおおおおおおおお!』
兵士達がまるですでに勝利したかのような鬨の声を上げて、魔物に向けて突貫していく。
まるで野火が燃え広がるように勢いを増した討伐部隊の奮戦によって、陣地内の魔物が次々と討ち取られていった。
そして、魔物が一匹残らず討伐されたのはそれから半時後のことであった。
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