俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

西方の向日葵⑪

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「いかんっ! 伏せろ!」

「カアアアアアアアアアアッ!」

 トルクが大音声の雄叫びとともに地面を蹴る。瞬間、サイードの真横にいた兵士の腰から上が消し飛んだ。
 まるで獣に食いちぎられたように腰から上が消失して、傷口からとろりと鮮血が流れ落ちる。数秒して、残された下半身が思い出したように後方に倒れた。

「馬鹿なっ・・・なんという速さだ!」

「カカカカッ、カカカカカアアアアッ!」

「う、ぎゃああああああああっ!」

 トルクが耳障りな哄笑を上げながら縦横無尽に駆け回る。陣地のあちこちから兵士の悲鳴が上がる。
 蜘蛛の八本脚が地を蹴るたびに四方八方から鮮血が飛び散り、兵士が倒れていく。
 そのあまりにも凄まじい速度は歴戦の強者であるサイードであっても目を見張るものであり、目で追うことさえ至難であった。
 一般に蜘蛛という虫は粘性のある糸で作った巣を使って獲物を捕食し、愚鈍なイメージがある。しかし、アシダカグモなどのように巣を張ることなく獲物を捕食する蜘蛛も存在しており、その八本脚の脚力は俊敏そのものである。

「カカカカカカッ!」

「クソッ・・・不味い、このままでは・・・!」

 愉快そうに笑いながら、トルクは次々と兵士を討ち取っていく。サイードの脳裏に『全滅』の二文字が浮かび、顔が青ざめていく。
 ライシャ・トルクという貴族の青年になにが起こったのかはわからない。しかし、このままでは怪物と化した彼の手によって討伐部隊の兵士はことごとく殺されてしまう。

「させるものか! この化け物め!」

 サイードは鋭く剣を翻して、もぎ取ったばかりの人間の頭部を弄んでいるトルクへと躍りかかった。鋭い閃光がトルクの頭部めがけてて振り下ろされる。

「クケエ?」

「なっ・・・!」

 渾身とも思えるサイードの一撃であったが、蜘蛛の脚の一本によって受け止められてしまった。脚の先端から伸びている爪が鋼鉄の刃を受け止めて火花を散らせる。

「カカカカカカアアアアアッ!」

「ぬぐっ・・・!」

 別の脚がサイードに向けて振り下ろされる。とっさに後方に飛んで致命傷を避けたが、爪の斬撃によって鎧の胸部が砕ける。
 衝撃で大きく撥ね飛ばされたサイードは建物の壁に背中からぶつかる。内臓に受けたダメージから喉に血の塊がせり上がってくる。

「がはっ! ぐう・・・ここまで、だというのか。この私が・・・」

「クカカカカカカッ!」

 ぐったりと横たわるサイードへと、嘲弄に顔を歪めたトルクが歩み寄ってきた。その足取りは、先ほどの俊敏さとは打って変わってゆったりとしたものである。

「・・・嬲るつもりか。馬鹿にしおって」

 サイードは屈辱に顔を歪めるが、手足に力が入らず起き上がることさえままならない。
 ゆっくりと、一歩ずつ歩み寄ってくる確かな『死』から逃れる手段はなかった。

(申し訳ございませぬ。御当主様。どうぞ私の代わりにこの化け物を・・・む?)

 己の死を覚悟して主君に謝罪の言葉を吐くサイードであったが、ふと違和感に気がついて目を瞬かせた。

(あの女・・・どこに行った?)

 主君の妻であるマーニャに瓜二つの容姿を持ち、息子のバロンと同じ剣を振るう女。彼女の姿が戦場から消え失せていた。

(逃げたのか。ああ、それでよい。若い娘子が怪物のエサになどなることは・・・)

「アアアアアアアッ!」

「なっ・・・!?」

 しかし、サイードの予想とは裏腹に女性特有の高い声が響き渡った。

「クカ?」

 突然、太陽の光がさえぎられてトルクの顔に影が差した。
 思わず頭上を見上げた蜘蛛となった男の目に映し出されたのは、天から地上に降り立つ天使の姿であった。

「ヤアアアアアアアッ!」

「カアアアアアアアッ!」

 天上から舞い降りた天使。その正体は【未来天人】の力によって姿を変えたナーム・スフィンクスである。
 ナームは重力の勢いのままに細剣を振り下ろし、トルクの顔から胴体までを深々と斬り裂いた。

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