俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

西方の向日葵⑬


side ベルト・スフィンクス

 かくして、西方辺境を襲った魔物の大量発生事件は幕を下ろした。
 後から調査をして分かったことであるが、どうやらトルク子爵家が管理している鉱山が古代魔法文明の遺跡である『ダンジョン』とつながってしまったことが今回の騒動の発端となったらしい。
 トルク子爵はダンジョンの調査を陣頭に立って行った結果として、なんらかのトラブルによって魔物の姿へと変異してしまったようである。
 彼の身に何が起こったのかはわからないが、今も鉱山に口を開いているダンジョンはスフィンクス家の管理下に置かれることになり、今後はダンジョンが多くある北方から冒険者を招聘して内部の調査が行われることになっている。

 我が娘――ナーム・スフィンクスによって斬られたトルクであったが、意外なことにそのまま命を落とすことなく生き永らえた。
 大蜘蛛の身体に取り込まれていた両脚こそ失ってしまったものの命に別状はなく、スフィンクス家から治療を受けて快方に向かっている。

『この度はご迷惑をおかけしました』

 両脚を失ったトルクとは一度だけ顔を合わせたが、非常に殊勝な面持ちで頭を下げてきた。
 剣で斬られた傷が残った面立ちにはかつての『黒肌』への差別感情は浮かんでおらず、ダンジョンを開放して迷惑をかけたことを純粋に気に病んでいるように見えた。

『これからは私が犯した罪を贖うため、西方辺境のためにスフィンクス家に仕えさせていただきます』

『う、うむ・・・』

 竹を割ったようはきはきとした口調に、私は思わずたじろいだ。
 私が知っているライシャ・トルクという人物は慇懃無礼を絵に描いたような男であり、名目上の盟主であるはずのスフィンクス家の人間と話すときには、目の奥に常から蔑みの色がちらついていた。
 それがどうだろう。今のトルクからはまるで差別感情や敵愾心が感じられないのだ。

『簡単なことですよ。肌の色など取るに足りない違いであると気がついただけです』

 私の困惑に気がついたトルクは、そんな風に言って快活に笑った。

『一度は魔道に堕ちた私であるからわかるのです。肌とか、髪の色とか、人種とか、そんなものは人間にとって些細な事でしかないということに。下半身が蜘蛛であることに比べれば、本当に紙一枚程度の違いでしかありませんよ』

 トルクは悟りを開いたように穏やかな言葉づかいで言って、根元から千切れて包帯が巻かれている足を叩いた。
 もともとライシャ・トルクという人物は『黒肌』への差別感情を抜きにすれば、領民からも慕われるよき領主である。
 事実、今もトルクが療養している屋敷にはトルク子爵領から避難してきた領民が押し寄せていて、ケガをして身動きが取れなくなった領主の世話を甲斐甲斐しく焼いている。



「多くの人間の命が失われることになったが、結果としてこれは西方辺境の未来のためになったのかもしれないな」

 私はスフィンクス家の屋敷で、執務室の椅子に腰かけてぼんやりと独り言ちた。
『恐怖の軍勢』の侵略と魔物の大量発生、二つの騒動が西方辺境へと残した爪痕は深い。しかし、長い目で見れば必ずしもマイナスには働いていないように思える。

 ディンギル・マクスウェルの活躍によって『恐怖の軍勢』の根源であった『死者の都』が落とされて邪神が討ち取られた。
 これにより砂漠に隠されていた莫大な財宝を手中に収めることができ、さらに西への進出という新たな道が切り拓かれた。

 トルク子爵領が魔物により壊滅したことによって、ライシャ・トルクという『白肌』の重鎮がこちら側へと寝返ってくれた。
 これにより『白肌』派閥への切り崩しが大きく進められることになり、もはや白肌貴族の派閥は虫の息となっている。
 トルクは己が知っている白肌貴族の不正を密告してくれて、今後は黒肌と白肌の融和のために尽くしてくれると約束してくれた。

(まあ・・・問題がなくもないのだが・・・)

 私はトルクが口にしていた言葉を思い返して、表情を険しくさせる。

『私は黒肌と白肌の二つの未来のために尽くしていきます・・・ですから、どうかあの黒い肌の女神を私に紹介してください!』

 ベッドに腰かけた目をキラキラと輝かせるトルク。
 彼の口から語られたのは、大蜘蛛となった自分を斬り倒した美貌の女剣士への激しい称賛であった。
 魔具の力で変身していたとはいえ、娘を狙う新たな男の出現に私は内心でヤキモキさせられることになってしまった。

「はあ・・・まったく、我が娘ながら罪作りなことだ・・・」

 私は椅子から立ち上がって窓辺に立つ。
 窓の外では、屋敷の庭で腕立て伏せをしているナームの姿があった。

「あうう・・・もう筋トレは飽きたよう・・・」

「私やご当主様に無断で戦場に出たのです。しばらくは剣を握らせませんよ?」

 木剣でバシバシと地面を叩きながら、サイードが厳しくナームをしごいている。
 ナームは瞳を涙目にさせて、プルプルと小刻みに痙攣をしながら筋力トレーニングを繰り返している。

「まったく、なくなったと思った【未来天人】をナームが持っていたとは・・・」

 スフィンクス家の至宝である【未来天人】は使用者を未来の姿に変える力を持っている。
 その未来というのは必ずしも約束された正体というわけではなく、その人間が持つ未来の可能性、その中から最も優れた最善の未来をつかみ取るものである。
 いくらナームが剣の才能にあふれた少女であったとしても、サイードでさえ勝つことができなかった大蜘蛛トルクを打倒できるわけがない。
 ナームがトルクに打ち勝つことができたのは、【未来天人】によって理想的な未来をつかみ取ったからに他ならない。

「息子の・・・バロンの背中を見て育ち、ディンギル・マクスウェルという尊敬できる男に思いを寄せた。それがナームの未来に良い影響を与えて、可能性が広がったのだろうな・・・」

 私はヒゲを撫でつけながら相貌を緩めて、ナームから取り上げた金の指輪を握り締める。

「まったく、仕方がない子だ。これの副作用も知らずに・・・」

 金の指輪――魔具【未来天人】の副作用は成長の阻害である。
 人間の成長に必要な栄養やエネルギーなどを消耗して未来の姿に変えている。
 そのため、未来の姿を望んで姿を変えることでかえってその未来が遠退いてしまうことになるのだが・・・はたしてそれをナームが知ったらどんな顔をするだろうか?

「もっとも、私が言える話ではないな。私とて魔具の力に頼っているのだから」

 私は視線を落として己の右手に目を向ける。
 ここ数年ですっかり痩せて骨ばってしまった右手には、【未来天人】とよく似たデザインの指輪が嵌められている。
 青銅の指輪――スフィンクス家に伝わる魔具の一つであるその指輪の名前は【無窮菩薩ヴェルダンディ】。
 その能力は使用者の肉体的な時間の変化を止めること。つまり不老の肉体を与えることである。
 私はこの魔具の力を使って病の進行を止めて、これ以上衰弱することを防いでいた。

「せめてあの子が大人になるまでは、そして、『白肌』や中央貴族の脅威を西方辺境から取り去るまでは、死ぬわけにはいかぬからな。たとえ、どのような代償を払うことになったとしても」

【未来天人】がそうであるように、【無窮菩薩】にもまた副作用があった。
 その代償を甘んじて受けることは、ナームの成長を見守るために覚悟していたことである。

「ナームがいずれ伴侶を見つけて結婚するまでは・・・なにがあっても、耐え続けるしかあるまい。たとえ娘の相手が誰であったとしてもな」

 私は頭の中で一人の男の顔を思い浮かべて、苦々しく表情を歪めた。

「うー・・・せんせえ、もう許してくださいい・・・」

「はい、次はランニングです。庭を五十周ほど走ってもらいましょうか」

「うええええええん!」

 いよいよ泣き声を上げながら、ナームは小さな身体でサイードのしごきを受けている。
 そんな愛らしくもたくましい娘の姿を眺め、私はそっと目を閉じたのであった。



西方の向日葵 完
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