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第5章 聖地崩落編
13.山奥と温泉と二つの山
アストライアー山。
ランペルージ王国東方辺境と北方辺境を分ける位置にあるその山は深い森林に覆われており、人の侵入を拒むように急峻な地形をしている。
それでも噂の秘湯とやらに向かう物好きが意外にいるらしく、人の足で踏み固められた山の一部には細い道ができていた。
そんな山道を頭にかかる枝を手で払いながら、俺は奥へ奥へと進んで行った。
「まったく……行くなと言われた山にわざわざ苦労して踏み込むとは、俺もどれだけ物好きだって話だよな」
根っこの部分がひねくれているからだろうか、行くなと言われたら逆に行ってみたくなってしまう。
もしも星神教の巫女が「絶対に行くな」などと口にしていなければ、あえて苦労をしてまでこの山に来なかったとすら思えてしまう。
「まさかとは思うが、筋肉巫女と温泉ジジイが通じてるんじゃないよな……」
そんな穿った考えを巡らせながら、俺は深々と溜息をついた。
すでにアストライアー山に足を踏み入れてから2時間が経過しているのだが、いまだ話に聞く秘湯とやらは見当たらない。
そもそも、俺がその秘湯に目をつけた理由の一つは、エリザやサクヤをはじめとしたメイド達のご機嫌取りをするためである。
しかし、サクヤはともかくとして他のメイドはとてもこの山道を歩き切ることができるとは思えない。
すでに計画は頓挫していたのだが、俺はなかば意地になって足を進め続ける。
「……ここまで来て呆けて場所を間違えてましたってオチだったら、あのジジイの老い先短い人生を終わらせてやる」
いっこうに変わることのない木々の風景にそんな鬱屈した殺意すら湧き始めたとき、ようやく視界が開いた場所に出た。
「お……?」
いきなり木々が拓けた場所に出たかと思えば、すぐに目の前に白い湯気が吹き込んできた。目の前には暖かな湯気を立ち上らせる泉――いや、温泉があった。
どうやら老人を斬り捨てることなく済んだようである。
しゃがみ込んで湯に手を浸けてみると、少し熱いが入れないほどの温度ではなさそうだ。
「やれやれ、ようやくたどり着いたか。もったいぶってくれるじゃねえか」
俺はさっそくとばかりに服を脱ぎ捨てる。
わざわざ荷物に入れて持ってきた手桶で湯をすくって身体にかけて、広々とした温泉へと足を踏み入れた。
「ふう……まあ、悪くはないな」
肩まで湯船につけて、俺はゆっくりと息を吐きだした。
山道を進んできた疲労がお湯に溶けて消えていくようだ。
自分でわざわざ疲れる真似をして、こうして温泉で疲れを取って――自分の行動に矛盾を感じなくもなかったが、そんな些細な事がどうでもよくなる程度には心地よい。
「美女と入る風呂にはかなわないが……まあ、たまにはこういうのも悪くないかもしれないな」
考えても見れば、一人きりで入浴するのも久しぶりのような気がする。
マクスウェル家の屋敷では常に愛人関係にあるメイドが一緒だし、昨日の温泉でも見知らぬジジイと一緒だった。
こうして一人きりで温泉に浸かっていると、まるで自分が大自然の一部になったような気がする。
「たまらねえな……これだけの湯を独り占めか。なるほど、あの爺さんが手放しで誉めるだけあるじゃねえか」
俺は目を閉じて熱い湯の感触を味わう。
鼻に突くのはわずかな鉄と硫黄の香り。普段であれば不快に感じるようなそれすらも一つのアクセントとなって温泉の心地よさを引き立てている。
風が吹いて火照った顔を覚ます。木々が揺れる音が水滴の音に交じってくる。
顔を洗うと、口の中にも湯が潜り込んできた。わずかに塩辛く、ゴムの木の樹液のような苦い味だ。
俺は五感全てを使って温泉を存分に堪能する。
ここに来るまでに苦労をしたのだ。元を取るまで何時間だって浸かってやる。
「―――、――――――?」
「…………ん?」
ふと、風の音に混じって人の話し声のようなものがした。
女性の声のような高い声音は、白い湯気のカーテンの向こう側から響いてきた。
(誰かいるのか……おいおい、勘弁しろよ)
俺は舌打ちをした。
せっかく宝物を独り占めした気分だったというのに水を差された気分だ。
広い温泉の湯舟は湯気のせいで向こうが見通せなかったが、どうやら先客がいるようだった。
「……いっそサルだったら許せるんだけどな、っと!」
そんなセリフをぼやいた時、ひときわ強い風が温泉に向けて吹き込んできた。
湯気のカーテンが切り裂かれて、それまで隠れていた向こう側が見通せるようになった。
露わになった温泉の端には小さな影があった。
湯に濡れた白い裸体が不意打ちで目の前に現れた。
「少年……いや、少女か?」
小柄な人影に俺は目を細めた。
年齢は12、3歳くらいだろう。髪は短く最初は少年だと思ったのだが、どうやらそうではないようだ。
俺がアレを少女と判断した理由……それは主に胸部にあった。
「……でかいな、アレはでかい」
背丈から判断するにどう考えても子供。それは間違いない。
しかし、そんな体格とは不釣り合いに胸元だけが立派に膨らんでいる。
エリザのような爆乳にはとても届かないものの、サクヤの断崖絶壁をはるかに凌駕する二つの山がそこにはあった。
これだけ発育をしておいて少年ということはあるまい。
「え……?」
少女のほうも俺のほうに気がついた。
どうやら後から俺が入ってきたことに気づいていなかったらしく、目を見開いて硬直してしまう。
少女は全裸の俺の姿にワナワナと肩を震わせて……
「ディンギル・マクスウェル! どうしてここにっ!」
「あ?」
愕然と叫んだ。俺の名を。
見知らぬ少女からはっきりと名前を呼ばれて、俺は全裸の身体を隠すことも忘れて首を傾げた。
ランペルージ王国東方辺境と北方辺境を分ける位置にあるその山は深い森林に覆われており、人の侵入を拒むように急峻な地形をしている。
それでも噂の秘湯とやらに向かう物好きが意外にいるらしく、人の足で踏み固められた山の一部には細い道ができていた。
そんな山道を頭にかかる枝を手で払いながら、俺は奥へ奥へと進んで行った。
「まったく……行くなと言われた山にわざわざ苦労して踏み込むとは、俺もどれだけ物好きだって話だよな」
根っこの部分がひねくれているからだろうか、行くなと言われたら逆に行ってみたくなってしまう。
もしも星神教の巫女が「絶対に行くな」などと口にしていなければ、あえて苦労をしてまでこの山に来なかったとすら思えてしまう。
「まさかとは思うが、筋肉巫女と温泉ジジイが通じてるんじゃないよな……」
そんな穿った考えを巡らせながら、俺は深々と溜息をついた。
すでにアストライアー山に足を踏み入れてから2時間が経過しているのだが、いまだ話に聞く秘湯とやらは見当たらない。
そもそも、俺がその秘湯に目をつけた理由の一つは、エリザやサクヤをはじめとしたメイド達のご機嫌取りをするためである。
しかし、サクヤはともかくとして他のメイドはとてもこの山道を歩き切ることができるとは思えない。
すでに計画は頓挫していたのだが、俺はなかば意地になって足を進め続ける。
「……ここまで来て呆けて場所を間違えてましたってオチだったら、あのジジイの老い先短い人生を終わらせてやる」
いっこうに変わることのない木々の風景にそんな鬱屈した殺意すら湧き始めたとき、ようやく視界が開いた場所に出た。
「お……?」
いきなり木々が拓けた場所に出たかと思えば、すぐに目の前に白い湯気が吹き込んできた。目の前には暖かな湯気を立ち上らせる泉――いや、温泉があった。
どうやら老人を斬り捨てることなく済んだようである。
しゃがみ込んで湯に手を浸けてみると、少し熱いが入れないほどの温度ではなさそうだ。
「やれやれ、ようやくたどり着いたか。もったいぶってくれるじゃねえか」
俺はさっそくとばかりに服を脱ぎ捨てる。
わざわざ荷物に入れて持ってきた手桶で湯をすくって身体にかけて、広々とした温泉へと足を踏み入れた。
「ふう……まあ、悪くはないな」
肩まで湯船につけて、俺はゆっくりと息を吐きだした。
山道を進んできた疲労がお湯に溶けて消えていくようだ。
自分でわざわざ疲れる真似をして、こうして温泉で疲れを取って――自分の行動に矛盾を感じなくもなかったが、そんな些細な事がどうでもよくなる程度には心地よい。
「美女と入る風呂にはかなわないが……まあ、たまにはこういうのも悪くないかもしれないな」
考えても見れば、一人きりで入浴するのも久しぶりのような気がする。
マクスウェル家の屋敷では常に愛人関係にあるメイドが一緒だし、昨日の温泉でも見知らぬジジイと一緒だった。
こうして一人きりで温泉に浸かっていると、まるで自分が大自然の一部になったような気がする。
「たまらねえな……これだけの湯を独り占めか。なるほど、あの爺さんが手放しで誉めるだけあるじゃねえか」
俺は目を閉じて熱い湯の感触を味わう。
鼻に突くのはわずかな鉄と硫黄の香り。普段であれば不快に感じるようなそれすらも一つのアクセントとなって温泉の心地よさを引き立てている。
風が吹いて火照った顔を覚ます。木々が揺れる音が水滴の音に交じってくる。
顔を洗うと、口の中にも湯が潜り込んできた。わずかに塩辛く、ゴムの木の樹液のような苦い味だ。
俺は五感全てを使って温泉を存分に堪能する。
ここに来るまでに苦労をしたのだ。元を取るまで何時間だって浸かってやる。
「―――、――――――?」
「…………ん?」
ふと、風の音に混じって人の話し声のようなものがした。
女性の声のような高い声音は、白い湯気のカーテンの向こう側から響いてきた。
(誰かいるのか……おいおい、勘弁しろよ)
俺は舌打ちをした。
せっかく宝物を独り占めした気分だったというのに水を差された気分だ。
広い温泉の湯舟は湯気のせいで向こうが見通せなかったが、どうやら先客がいるようだった。
「……いっそサルだったら許せるんだけどな、っと!」
そんなセリフをぼやいた時、ひときわ強い風が温泉に向けて吹き込んできた。
湯気のカーテンが切り裂かれて、それまで隠れていた向こう側が見通せるようになった。
露わになった温泉の端には小さな影があった。
湯に濡れた白い裸体が不意打ちで目の前に現れた。
「少年……いや、少女か?」
小柄な人影に俺は目を細めた。
年齢は12、3歳くらいだろう。髪は短く最初は少年だと思ったのだが、どうやらそうではないようだ。
俺がアレを少女と判断した理由……それは主に胸部にあった。
「……でかいな、アレはでかい」
背丈から判断するにどう考えても子供。それは間違いない。
しかし、そんな体格とは不釣り合いに胸元だけが立派に膨らんでいる。
エリザのような爆乳にはとても届かないものの、サクヤの断崖絶壁をはるかに凌駕する二つの山がそこにはあった。
これだけ発育をしておいて少年ということはあるまい。
「え……?」
少女のほうも俺のほうに気がついた。
どうやら後から俺が入ってきたことに気づいていなかったらしく、目を見開いて硬直してしまう。
少女は全裸の俺の姿にワナワナと肩を震わせて……
「ディンギル・マクスウェル! どうしてここにっ!」
「あ?」
愕然と叫んだ。俺の名を。
見知らぬ少女からはっきりと名前を呼ばれて、俺は全裸の身体を隠すことも忘れて首を傾げた。
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