呪いの女王ですが家族に殺されたら最高の婚約者ができました。

レオナール D

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第14話 呪いをぶちのめします

 鼻血を噴いて悶絶するアンリエッサであったが……根性と呪力を駆使して、一瞬で持ち直す。
 幻術を展開させて醜態を誤魔化し、すぐに血を止めて立ち上がった。

(い、いけない……殿下の前で、こんな無礼を……!)

「ああ、バートンか。その人は誰かな?」

 ベッドの上にいるウィルフレッドが口を開いた。
 声変わり前の高い声。まるで雲雀が鳴くような可愛らしい声。
 クリクリとした緑色の瞳がバートンに、その後ろにいるアンリエッサに向けられて……顔面を殴られたような衝撃を受ける。

「ブフッ!」

 声まで可愛いかよ。
 しかも、あの美しい目。猟奇的であるが、くりぬいて部屋に飾っておきたいほど。
 アンリエッサはまた鼻血を噴きそうになってしまい、床に倒れこむ。
 呪術による幻で誤魔化していなければ、すぐに医者を呼ばれていたに違いない。

「こちらの女性はアンリエッサ・アドウィル嬢です」

 幻術のおかげで異常に気づいていないバートンが、アンリエッサのことを紹介をしてくれる。
 バートンには、そしてウィルフレッドには、アンリエッサが穏やかな微笑みで立っているように見えていることだろう。

(い、いけません……殿下を怖がらせてしまいます……)

 アンリエッサはクソ根性で鼻血を堪える。
 バートンはともかくとして、ウィルフレッドに不審者を見る目を向けられるのは耐えられない。
 幻術で誤魔化しきれなくなる前に立ち上がり、精一杯の笑顔を浮かべてカーテシーをする。

「初めまして、ウィルフレッド殿下。本日よりお側で仕えさせていただきます、アンリエッサ・アドウィルと申します」

「こちらの御令嬢はウィルフレッド殿下の新しい婚約者となりました。本日より、王宮で生活することになりました」

「え……婚約者……?」

 ウィルフレッドが表情を曇らせる。
 まさか、自分では不満だっただろうか……アンリエッサの背筋がかつてない恐怖によって凍りつく。
 こんな絶望、家族に殺された時でさえ味わったことはない。
 しかし……ウィルフレッドの表情は嫌がっているというよりも、どこか悲しそうである。

「そんな、申し訳ないよ……僕に婚約者なだなんて。誰かに不幸になってもらいたくない……」

「不幸……ですか?」

「僕の周りの人間はみんないなくなってしまうから。お母様もソニアも、これまで来てくれた友達や婚約者候補の令嬢も、みんな消えてしまったから……」

「ソニア?」

 具体的な女性の名前。
 もしかして、初恋の相手とかだろうかとアンリエッサがわずかに眉をひそめる。
 しかし、バートンが小声で耳打ちをする。

「乳母の女性です。二年前、病気でお亡くなりになりました」

「ああ……そうなのですか」

 ウィルフレッドの母親もまた、毒殺を疑うような不審な死を遂げているという。
 友人や婚約者候補は知らないが、ウィルフレッドの周りでは多くの人間が亡くなっているようだ。

「せっかく来てくれたところを申し訳ないけれど……アンリエッサ嬢も僕に近づかない方がいいよ。父上には僕の方から口添えするから、婚約を辞退してくれて構わない」

「……この状況で私の心配とか、本気で天使ですか」

「え?」

「いえ、失礼しました。独り言です」

 アンリエッサがコホンと咳払いをする。
 短い会話しかしていないが、この数分でウィルフレッドが外見も中身も天使のように清らかな少年であることがわかった。

(こんな可愛くて純粋で清らかでショタで将来有望で可愛くて性格がよくて病弱そうで可愛くて可愛い男の子が自分の不幸を受け入れ、表情を曇らせているなんて許せませんね……ああ、許せません。酢豚に入っているパイナップルよりも許せません。パイナップルの果汁は肉を柔らかくさせる効果があるのでまだ良いですが、これはダウト……じゃなくてアウトです。大いにダウト)

 アンリエッサが壊れた。
 自分でも何を考えているのかわからないままに、瞳はベッドの上の王子にロックオン。
 その挙動を片時も見逃すことなく脳内HDに記憶している。

(ウィルフレッド殿下……私の婚約者。彼の不安を消し去ってしまいたい……)

 憂える表情でさえ、ここまで可愛いのだ。
 笑顔になったらどれほどの美しさになるというのだろう。愛らしさになるというのだろう。

(彼の笑顔を取り戻す。そのために、まずはとりあえず……)

「貴女からです」

 ウィルフレッドにもバートンにも聞こえない声量でつぶやいて、王子がいるベッドの背後を睨みつけた。

『キシュシュシュシュ……』

 ウィルフレッドの背後。左右六本の腕を伸ばして、異形の女がウィルフレッドを抱きしめていた。
 上半身裸の女である。しかし、そもそも下半身は存在せず黒いモヤになっており、首から上は蠅のような顔をしていた。
 明らかな異形の怪物だったが、抱きつかれたウィルフレッドがそれに気がついた様子はない。
 顔色こそ悪いものの……背後の異形を気にもとめておらず、それが人の目に見えない呪いであるとわかった。

「『陰神の術』」

 口の中でつぶやくと、アンリエッサの身体から白い人型が現れる。
 濃いかすみのような白いモヤ……式神ではない。それはアンリエッサの身体から飛び出した魂の一部。いわゆる生き霊と呼ばれるものだった。

(私は本気で気に入らない相手は式神ではなく、自分の手で捻りつぶすことにしているんです……誰の許可を得て、私の婚約者の可愛いショタ王子にまとわりついているんですか!)

『キシャッ!?』

 生き霊である白いモヤが蠅頭の女の顔面を殴り飛ばす。
 首を掴んでウィルフレッドから引きはがし、壁に叩きつけながら何度も殴打した。
 蠅頭の女が六本の腕を振り回して抵抗するが、それは羽虫がもがくようなか弱いものである。
 構うことなく呪力を込めた拳で殴りつけると……やがて、蠅頭の女が崩れて黒いモヤとなり、やがて消えてしまった。

「あれ……?」

「どうかされましたか、ウィルフレッド殿下」

「いや……急に気分が良くなってきたよ。今日はベッドから起きれそうかも……」

 ウィルフレッドの顔色は先ほどとは別人のように良くなっていた。
 ベッドから足を下ろして立ち上がり……けれど、ふらついて倒れてきた。

「危ない!」

 バートンよりも先にアンリエッサが動いた。
 考えるよりも先に身体が動き出し、前のめりで倒れ込むウィルフレッドを支えて……結果、抱きつかれるような形になる。

「あ……ごめんね」

「ブフッ……!」

 理想のショタ王子と抱き合っている。
 小柄なアンリエッサよりもさらに小さな身体。プニプニで温かくて、まるでぬいぐるみでも抱きしめているようだ。
 その妄想を具現化したような状況を前にして、アンリエッサは先ほどよりも盛大に鼻血を噴いたのであった。
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