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第16話
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「聞いて参考にするのですか?」
「わかんない。でも、教えてくれてもいいじゃん」
「嬉しいですね。そうやって興味をもってもらえるのは」
「ふざけてないで、はやく言ってよ」
根も葉もない噂を知りたくて聞きだそうとしているかのよう。
でも、そんなものか。落葉は表情を変えずに内心で苦笑する。
そんなものだ。自分の生きている意味なんて。
「大切な人のために命を役立てたいなと思っています。それができれば、死ぬときにも胸を張れるのではないかと」
「陳腐じゃん。散々もったいぶってソレ?」
「失礼ですね。はっきり申し上げますが、答えを見つけられていない久川さんよりはマシなはずです。どれだけ陳腐だとしても」
「なら、あーしだって陳腐でもいいんだよね?」
「ボクには決められません。自分が納得できればそれで良いと思いますが」
「じゃ、どうしよっかな~……うん、決めた!」
――はやすぎないか!?
断崖絶壁から飛び降りたような落差。重苦しい会話から一転、ふたつの影以外に動くモノのない公園に気の抜けた日常の雰囲気が漂う。今度は落葉が動揺する番だった。真剣に悩んでいた様子だったのに、久川は思いつきで生きる理由を決めたらしい。理由を定めるのは容易ではないと、それだけは承知した様子だったのに。
ジャングルジムから飛び降り――たりはせず、久川は身体を反転させて「よいしょよいしょ」と地面に降り、落葉と相対する。茶色に染めた髪が陽を浴びて鮮やかに映った。
「大切な人をつくる! とりあえずそれがあーしの生きる理由かな~? キフユがしょぼい理由なんだから、あーしもこんくらいでいいよね!」
落葉は目を細めた。けなげで、ささやかで、哀しい理由だった。
それ以上は望まない。大切と思える人ができれば、それでいい。その相手とどう付き合い、どういう関係になりたいかは望まない。
大切だと思える人ができれば、死んでしまってもいい。
「あ、おじさんだ」
両方の眉毛をあげた久川の声に、落葉も振り返る。
天音が歩み寄ってきていた。公園の入口に春久と会合した日にも見かけた車が停車している。天音は喪服に着替えていた。ジャケットは羽織っていない。黒色のネクタイはだらりと緩んでいる。
落葉は目を落として自分の服装を確認した。今日もまた天音に用意された紫のド派手なスーツだ。暑い日差しを浴びながらも、制服だからと律儀にジャケットを羽織っている。それはいい。仕事中なのだと自分自身に認識させたくて拘っているだけだ。
「そんな服に替えてどちらに行かれるのですか? お別れの儀式はしないと、ついさっき言っていませんでしたか? 大々的には行わないという意味であったなら、ボクにも同行させてください。喪服をどこで調達すればよいかも教えていただきたいですが」
「質問攻めするにしても、最初は『どうしてここに?』だろ?」
「天音さんは何でも知ってるように見えますから、急に現れても疑問はありません」
「そんなに俺が恐ろしい奴に思えるか? ま、そういう設定にしておいたほうが威厳が保てていいかもな。着替えたのはどこに行くためでもなく、俺個人の気持ちを整理するためだ。別に真似しなくたっていい」
「実はこれから葬式の準備がある、とかではないのですね?」
低い声で天音は肯定する。
「俺はいつだってこうしてるんだよ。久川くんは俺が喪服を着てるの、見覚えあるだろ?」
「え、そんなの聞かれても知らないんだけど? おじさんの服装なんて見てないし」
「これはひどいな。おじさんだってオシャレするときがあるものだ。俺は年中仕事人間だからスーツしか着ないがね。あと喪服もか。たまには礼服も着たいが、なかなか縁のない職業なんでね」
天音は上着を脱いだが、それでも暑いのか白いカッターシャツの襟首をはたいて服の内側に風を取り込む。
「オシャレなんて今はどうだっていい。俺は勝手に服装を替えて役目から解放された影武者の冥福を祈ってるんだ。葬式をしないって方針は俺が決めたんじゃないが、管理者って組織の一員である以上は決められたもんは守るしかない。気に食わないと反旗を翻せば統率が乱れる。俺と一緒になって反対する奴が出てきたら、そいつらを不幸にする」
「天音さんは管理者のトップでしょう? おかしな規則なんて好きに変えればいいではないですか」
「いろいろ間違えてるな。まず、俺は組織の一番偉い奴じゃない。上から数えた方が早い職位で現地での最大権力を許されていても、里の外の本部には上司が何人もいる。柊くんは俺がトップだと思っていたのか?」
「現地の権力者なら、規則を変える権限くらいあると期待していました」
「そりゃ期待に沿えず悪かった。残念ながら、俺は上からの指示を現地メンバーに伝え、ちゃんと守らせれば充分な立場だ。矢面に立つことだけを期待される悲しい中間管理職ともいえる。案山子に畑の場所を変える権限はないように、俺に畑に干渉する権利はない」
「だから個人的に彼を弔っているのですか」
「俺たちに人は救えないが、春久くんは大勢を救った。彼が身代わりにならなかったら、一人の狂信者の暴走では済まなかった。紛れもない英雄だ。その彼の死を誰も悼まないなんておかしいだろ? 俺一人だけなら本部は何も言わんしな」
「天音さんのこと、少し誤解していたかもしれません」
もっと冷徹な性格だと思っていた。影武者が何人死のうと何とも感じないが〝在庫〟が切れるのは困る。唯一の全影である久川の後釜についてばかり憂慮していたから、落葉は天音という男を血の通っていない機械じみた存在と評価していた。
「天音さん」
――それとも。
改めて声をかけた落葉に、天音だけでなく久川も注目する。落葉は表情を引き締め、呼吸を整える。鼓動の乱れはどうにもならず、捨て置いた。
「では、春久さんを殺したわけではないんですね?」
久川の丸々とした目がいっぱいに開く。
何を考えているのか掴めない天音の瞳に警戒の色が混じるのを、落葉は見逃さなかった。
「わかんない。でも、教えてくれてもいいじゃん」
「嬉しいですね。そうやって興味をもってもらえるのは」
「ふざけてないで、はやく言ってよ」
根も葉もない噂を知りたくて聞きだそうとしているかのよう。
でも、そんなものか。落葉は表情を変えずに内心で苦笑する。
そんなものだ。自分の生きている意味なんて。
「大切な人のために命を役立てたいなと思っています。それができれば、死ぬときにも胸を張れるのではないかと」
「陳腐じゃん。散々もったいぶってソレ?」
「失礼ですね。はっきり申し上げますが、答えを見つけられていない久川さんよりはマシなはずです。どれだけ陳腐だとしても」
「なら、あーしだって陳腐でもいいんだよね?」
「ボクには決められません。自分が納得できればそれで良いと思いますが」
「じゃ、どうしよっかな~……うん、決めた!」
――はやすぎないか!?
断崖絶壁から飛び降りたような落差。重苦しい会話から一転、ふたつの影以外に動くモノのない公園に気の抜けた日常の雰囲気が漂う。今度は落葉が動揺する番だった。真剣に悩んでいた様子だったのに、久川は思いつきで生きる理由を決めたらしい。理由を定めるのは容易ではないと、それだけは承知した様子だったのに。
ジャングルジムから飛び降り――たりはせず、久川は身体を反転させて「よいしょよいしょ」と地面に降り、落葉と相対する。茶色に染めた髪が陽を浴びて鮮やかに映った。
「大切な人をつくる! とりあえずそれがあーしの生きる理由かな~? キフユがしょぼい理由なんだから、あーしもこんくらいでいいよね!」
落葉は目を細めた。けなげで、ささやかで、哀しい理由だった。
それ以上は望まない。大切と思える人ができれば、それでいい。その相手とどう付き合い、どういう関係になりたいかは望まない。
大切だと思える人ができれば、死んでしまってもいい。
「あ、おじさんだ」
両方の眉毛をあげた久川の声に、落葉も振り返る。
天音が歩み寄ってきていた。公園の入口に春久と会合した日にも見かけた車が停車している。天音は喪服に着替えていた。ジャケットは羽織っていない。黒色のネクタイはだらりと緩んでいる。
落葉は目を落として自分の服装を確認した。今日もまた天音に用意された紫のド派手なスーツだ。暑い日差しを浴びながらも、制服だからと律儀にジャケットを羽織っている。それはいい。仕事中なのだと自分自身に認識させたくて拘っているだけだ。
「そんな服に替えてどちらに行かれるのですか? お別れの儀式はしないと、ついさっき言っていませんでしたか? 大々的には行わないという意味であったなら、ボクにも同行させてください。喪服をどこで調達すればよいかも教えていただきたいですが」
「質問攻めするにしても、最初は『どうしてここに?』だろ?」
「天音さんは何でも知ってるように見えますから、急に現れても疑問はありません」
「そんなに俺が恐ろしい奴に思えるか? ま、そういう設定にしておいたほうが威厳が保てていいかもな。着替えたのはどこに行くためでもなく、俺個人の気持ちを整理するためだ。別に真似しなくたっていい」
「実はこれから葬式の準備がある、とかではないのですね?」
低い声で天音は肯定する。
「俺はいつだってこうしてるんだよ。久川くんは俺が喪服を着てるの、見覚えあるだろ?」
「え、そんなの聞かれても知らないんだけど? おじさんの服装なんて見てないし」
「これはひどいな。おじさんだってオシャレするときがあるものだ。俺は年中仕事人間だからスーツしか着ないがね。あと喪服もか。たまには礼服も着たいが、なかなか縁のない職業なんでね」
天音は上着を脱いだが、それでも暑いのか白いカッターシャツの襟首をはたいて服の内側に風を取り込む。
「オシャレなんて今はどうだっていい。俺は勝手に服装を替えて役目から解放された影武者の冥福を祈ってるんだ。葬式をしないって方針は俺が決めたんじゃないが、管理者って組織の一員である以上は決められたもんは守るしかない。気に食わないと反旗を翻せば統率が乱れる。俺と一緒になって反対する奴が出てきたら、そいつらを不幸にする」
「天音さんは管理者のトップでしょう? おかしな規則なんて好きに変えればいいではないですか」
「いろいろ間違えてるな。まず、俺は組織の一番偉い奴じゃない。上から数えた方が早い職位で現地での最大権力を許されていても、里の外の本部には上司が何人もいる。柊くんは俺がトップだと思っていたのか?」
「現地の権力者なら、規則を変える権限くらいあると期待していました」
「そりゃ期待に沿えず悪かった。残念ながら、俺は上からの指示を現地メンバーに伝え、ちゃんと守らせれば充分な立場だ。矢面に立つことだけを期待される悲しい中間管理職ともいえる。案山子に畑の場所を変える権限はないように、俺に畑に干渉する権利はない」
「だから個人的に彼を弔っているのですか」
「俺たちに人は救えないが、春久くんは大勢を救った。彼が身代わりにならなかったら、一人の狂信者の暴走では済まなかった。紛れもない英雄だ。その彼の死を誰も悼まないなんておかしいだろ? 俺一人だけなら本部は何も言わんしな」
「天音さんのこと、少し誤解していたかもしれません」
もっと冷徹な性格だと思っていた。影武者が何人死のうと何とも感じないが〝在庫〟が切れるのは困る。唯一の全影である久川の後釜についてばかり憂慮していたから、落葉は天音という男を血の通っていない機械じみた存在と評価していた。
「天音さん」
――それとも。
改めて声をかけた落葉に、天音だけでなく久川も注目する。落葉は表情を引き締め、呼吸を整える。鼓動の乱れはどうにもならず、捨て置いた。
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