影武者として生きるなら

のーが

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第20話

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「私と碧ちゃんは同じ全影の持ち主だけど、生まれた家は違ったの。まぁ、苗字が違うんだからそりゃそうでしょって思うよね。でもさ、元を辿れば同じ家系なの。従姉妹でいいのかな? そういうふうに考えたことはないけど、たぶんそういう関係。だから二人とも同じ能力を持ってる。同じ血が流れてるから、同じことができる」 
「正確には血ではなく遺伝子らしいですね。かつて小さな集落だった里を権力者から守るために編み出された秘術だと聞いております。術により里の民に影武者の能力を与えて、遺伝子に刻み子供への継承を実現して里の未来をも守った。抜かりなく影武者の魅力的な味を権力者に覚えさせた後は、術を奪われ里の民が皆殺しにされる危険を取り除くため、術の発現方法を術師を葬り闇に溶かした結果、権力者は影武者の集落を我が物にできなくなった」 
「それ説明されたの初日とかでしょ? ちゃんと覚えてるんだ」 
「ボクも一応は管理者なので。忘れているようでは失格でしょう」 
「現代には大して関係ない昔話だと思うし、どっちでもいいんじゃない? とにかく、ここで大事なのは血筋の話。世界中で発生してる戦争や不況のせいで全影を含め大勢が犠牲になって、今となっては全影になれるのは久川と久田の家系だけ。でも無駄死にじゃない。この国の経済力が回復して、里の施設や設備を増強できたのも影武者派遣の報酬金があったから。影武者の命が夜の街を明るくして、影武者の命が私たちの居場所を強固にしてくれる。 
 それもちょっと昔の話で、いまでは全影の能力持ちは久川の家だけ。久田家は碧ちゃんが亡くなって途絶えた。久田家は母親側が全影を継承してて、私が八歳の頃に戦争でどっかの国の高官の身代わりになって、殺されちゃったの。私のほうは父親側で、もっと早くに別の戦争で犠牲になった。私は母親に育ててもらったんだけど、それも碧ちゃんが生きてた間だけで、碧ちゃんがいなくなって次は私の番だと悟ってしまったお母さんは逃げた。私がそう思ってるんじゃないよ? 最後に置いていった手紙に書いてあったの。でもいい。私のお母さんはどこかで生きてるはずだから。酷いのは久田ちゃんのほう」 
「自殺したみたいですね。久田碧さんの育児を管理者に押しつけ、最愛の人を失ったショックから逃げるように命を投げ捨てた。あまりにも悲しい出来事です」 
「それも役所で聞いたの?」 
「そうですね。久田碧さんは両親を失って、存命だった八歳から十歳にかけては久川さんのお母さんにお世話になったようですね。一緒に住んでいたわけですか」 
「うん。それまでも毎日のように遊んでたけど、それが〝常〟に変わったの。従姉妹っていうより友達の感覚だったから、ちょっと不思議だった。友達と毎日一緒にご飯を食べて、毎日布団を並べて寝て、毎日同じ家から学校に通うの。そうしてるうちに、単なる友達とは違うんだなって思うようになってね。でもやっぱり従姉妹とは違くて、お姉ちゃんって感じだった。一緒に住んでるんだから、そう思っちゃうのも変じゃないでしょ?」 
「そうでしょうね。久田さんは二歳年上だったようですし」 
「年上とか年下とか、そういうのあんまり気にならなかったんだけどね、楽しいことを思いついたり、手を引く側なのは碧ちゃんだった。一緒に住んだら年上らしい面を見せてくれる頻度が増えて、勉強を教えてくれたり朝起こしてもらったりしてるうちに、お姉ちゃんみたいだなって思うようになったの。そうやって呼んだりはしなかったけどさ」 
「『お姉ちゃん』と呼んでもよかったのではないですか。『ヘイ、調子はどうだいブラザー』とか桃園の誓いとか、血が繋がってなくても兄弟と呼び合ったりしますよ?」 
「桃園の誓いって、三国志?」 
「三国志がわかりますか。素晴らしい教養ですね」 
「碧ちゃんが学校の図書館で借りてたから、私も読んだの。彼女が亡くなったあと、六年生の時にね。漫画だったけどそれでも難しくて、一巻の途中で挫折したけど」 
「亡くなったあとに、ですか。久田さん的には少し残念だったかもしれませんね。語る相手がいてくれたら嬉しかったでしょう」 
「そうかもね。でもさ、どうにもならなかったんだよ。私の代わりに碧ちゃんがいなくなるか、碧ちゃんの代わりに私がいなくなるか。どちらかの未来しかなかった。後者の未来が一度は選ばれたのに、碧ちゃんが無理矢理に結末を変えちゃったの。 
 一緒に住み始めて二年が経過した冬に、雪が降り積もるなか訪問に来た管理者の人が、私だけを名指しして言ったの。君の協力が国を守るために必要だって。お母さんにも碧ちゃんにも内緒で、私だけに。碧ちゃんと私の命を天秤にかけて、私のほうが軽かったんだってすぐにわかった。でも納得した。私自身も、先に犠牲になるのは自分なんだろうなって察してた」 
「……」 
「結局は、こうやって私が残っちゃったんだけどさ。あとは前に話したよね? 実は盗み聞きしてた碧ちゃんが自分が務めを果たすって立候補して、私に譲らなかったから――ううん、譲らなかった、っていうのは違うかも。私、そんなに食い下がらなかった。碧ちゃんが『楓ちゃんには、まだお母さんがいるから』なんて言うから、死にたくないって思っちゃったの。碧ちゃんが私の代わりに犠牲になろうとしてるのに。自己中心的で最低でしょ?」 
「お母さんを悲しませたくなかったのでしょう? 優しい決断ではありませんか」 
「そのお母さんが、私もいずれ犠牲になる現実に悩み耐えられなくなって逃げるだなんてね。あれからお母さんには一度も会ってない。お母さんのために残ったはずなのにね。 
 キフユは『優しい決断』っていうけどさ、もしも犠牲になった碧ちゃんがこの場にいても同じように言える? 碧ちゃんだって生きていたかったはずなのに」 
「だから久田さんになりきり、彼女の代わりとして生きることにしたと。身体は久川楓、魂は久田碧。何年もそうやって生きてきたのですね」 
「現実には言動を変えた私を見ても久川楓の性格が豹変したとしか感じないし、久田碧がまだ生きてるだなんて誰も思わない。私だってそう。でもさ、そうする以外、碧ちゃんのためにできることを思いつけなかった」 
「自分の命はとにかく久田さんのため、ですか」 
「タロウと違ってさ、碧ちゃんは火事で亡くなったから遺体も残らなかったの。帰ってきたのはいくつかの私物だけ。黒焦げで変色した結び紐が生地に焼きついた靴を見て、彼女の無念を実感した。天音のおじさんがね、全影が一人だけになっちゃったから当分は派遣されないと教えてくれたから、私の命は碧ちゃんの無念を少しでも晴らすために使おうって決めたの」 
「世界は平和を少しずつ広めていますが、影武者に一定の需要がある荒れた界隈は不治の病のように残っています。全影の能力はまだまだ需要があります。久川さんは今年で十八歳ですが、成人するまでにどこかの国に派遣されてしまうかもしれない」 
「これからも需要に応えられるよう、私に子供を産ませようとしてるみたいだしね」 
「気づいていたんですか……いつから?」 
「つい三ヶ月前くらいかな? 天音のおじさんが『彼氏はいるのか』『結婚についてどう思う』なんて急に訊くからわかりやすかった。全影の跡継ぎが必要なんでしょって訊いたらあっさり認めてね。隠されたら絶対追求しようと思ってたのに」 
「それで、どうしたのですか? 隠されていた意図を暴いたあと」 
「たとえ死ぬにしたって結婚は魅力的だった。でもそれは、本当に好きな人と結ばれればの話で、里にそんな相手はいなかった。ぶっちゃけると候補はいたんだけど、私が嫌われてたからね。だからおじさんに相談したの。若い良い男を紹介してほしいって。紹介された人が気に入ったら、結婚して子供も産むからって」 
「ぁあ……そんな背景だったのですね……どうですか、それで。紹介してもらった人は気に入りましたか?」 
「残念ながら好みじゃなかったかな。落ち着いてるけど、落ち着きすぎて金持ちのお嬢様みたいだし。違うんだよね。積極的に私の手を引いて、困難があれば助けに来てくれるような人が理想なの」 
「かなり乙女チックですね。確かに、久川さんにはボクでは役不足ですが、あなたのその理想はファンタジーの域に達していますよ?」 
「だってそれくらいにしなきゃ簡単に見つかっちゃうじゃん? 私さ、まだ死にたくないの。なにか一つでもやり遂げなきゃ死にきれない。碧ちゃんにもどんな顔して会えばいいかわからないし」 
「無茶を言って何人もの花婿候補と会って時間を稼ぐと……そんなつもりで考えているのかもしれませんが、うまくいかないでしょう。残念ながら、管理者の面々はもう次のステップの検討をしています」 
「子供を産む前に私を使おうとしているの?」 
「よほど大変な事件がとある国で起きているようです。全影を絶滅させてでも引き受けるべきか議論されるくらいの問題が」 
「そっか……ならもう、あんまり時間は残ってないかもしれないんだね」 
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