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第二章 レンガの町
第六話「月の絵本とおばけ屋敷の噂」
しおりを挟む本の整理が終わり、リストに書いてあった本を探す。なかった本には線を引き、見つかった本には丸をする。数時間程度だったが、エマはすっかり図書館での仕事が好きになった。転職はしないから安心して、と心の中の郵便配達に語り掛けて、エマはゆっくり息を吐く。もう夕方だ。
お疲れ様、とヘレナがやってくる。エマの仕事はこれで終わりなのだろう。挨拶を返したエマに、ヘレナは口を開く。
「これで手伝いは終わったわけだけど」
ヘレナはニッと笑ってエマを見た。
「これからお茶でもしないかい?」
その言葉に、エマは瞳を輝かせて頷いた。
テラスにあったテーブルに案内され、紅茶とショートケーキを前にしてふたりで座る。爽やかな風が通り、その涼しさで疲れを癒しながらカップに手を伸ばした。
「今日はどうだった?」
「とても楽しかったです。元々図書館という場所は好きでしたが、もっともっと好きになりました」
エマの答えに、それはよかった、とヘレナは口角を上げる。
「エマちゃんなら大歓迎だから、仕事が欲しくなったらいつでも言って」
「ふふ、ありがとうございます」
風が時折髪を揺らす中、ふたりでゆったりとした時間を過ごす。ヘレナは一口紅茶を飲み、口を開く。
「そういえば、さっき流れ星のことを聞いてたろう?」
「はい」
エマは目をぱちくりとさせる。
「思い出したんだけどねぇ、流れ星が本当に落ちてきたって話、最近聞いたことがあるよ」
噂程度だけどね、と付け足して紅茶を飲む。エマは思わず手を止めながらこくこくと頷き、話の続きを促した。
「大陸の中心にあるユートディアに行けば、もっと詳しい情報が聞けると思うけど」
「あ、元々ユートディアへ行く途中だったんです」
「そうなの?」
「はい。村から下りてきて、この町で列車に乗って行く予定でした」
へぇ、とヘレナは目を丸くする。
「じゃあなんでここで働いてるの?」
「……いろいろありまして」
気まずそうに笑うエマに、ヘレナはそっか、と笑みをこぼす。
「じゃあ詳しくは行った先で聞いてもらえればと思うけど。あのね」
ヘレナは溜めるように、再度紅茶を口に運ぶ。エマはその様子をじっと見つめながら、言葉の続きを待つ。
「……流れ星が落ちたとされているのはね――おばけ屋敷なんだ」
「おばけ屋敷、ですか?」
エマはきょとんとする。おばけ屋敷とは、何のことだろう。
「ユートディアの北西の方かな。霧の止まない地域があってねぇ。そこに、お城みたいな立派な屋敷があるらしい」
「そんな場所があるんですね」
初耳です、とエマは目を瞬かせて、ショートケーキを一口食べる。美味しい。
「夜更けに、そこに流れ星が落ちたのを見たって人がいたらしい。あくまで噂なんだけどね」
「どうして落ちたのがわかったのでしょう?」
「強い光を放ってたらしいよ」
「強い光……」
星降りの里で拾った夢の欠片を思い出し、エマはぱっと瞳を輝かせる。
「わたし、そこに行ってみようと思います。ヘレナさん、ありがとうございます」
「いーえ。お力になれたんならよかったよ」
ヘレナはにぃっと笑い、カップの縁を指先でなぞる。そして、
「あ、そうだ」
弾けるように声を出した。ヘレナは何かを思い出したようだ。ちょっと待ってね、と言って館内へ戻っていく。そして数分もしないうちに帰ってきて、再びエマの向かい側に座る。手には本を持っていた。
「さっき言ってた絵本。『お月さまの落とし物』ってタイトルだよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
渡された絵本を優しく手に取り、その表紙を撫でる。大きな月と、住人らしき人の姿。そして流れ星が描かれている。
「その本、あげるよ」
「え?」
エマは顔を上げてヘレナを見る。
「お借りするのではなくて、ですか?」
「うん。その本、何冊もあるしさ。一冊くらい旅をさせてあげてよ」
頬杖をつきながら、穏やかな声でそう言う。エマは頷き、もう一度表紙を撫でた。
「大切にしますね」
「そうして」
ふたりは顔を見合わせ、笑い合う。そして日が落ちてくるくらいの時間まで、ケーキと紅茶と楽しい会話を堪能した。
町長の屋敷に戻ると、中はとても綺麗になっていた。ピカピカだ。エマはまあ、と口に手を当て、きょろきょろと見回す。そこへ、クラウスが現れる。
「貴様、やっと帰ってきたのか。遅いぞ」
「ごめんなさい。ただいま帰りました。それより王子様」
「なんだ」
「王子様がこんなにピカピカにしたんですか?」
エマが尋ねると、クラウスは得意げに腕を組んで身体を反らした。
「当然だ。俺様だからな」
「まあ、すごいです。さすが王子様ですね」
「ああ、そうだろう。そうだろうとも」
やり方がわかったからな、と付け足すクラウスに、エマはふふっと笑う。
「不思議な力を使ったんですね?」
「む、何故わかった」
怪訝そうな顔をするクラウスに、エマは再びふふっと笑った。
翌日の朝。水色の空の下、涼しい風を感じながら、鳥の鳴き声が聞こえてくる。屋敷の前で、ふたりは町長と向き合っていた。
「町長さん、二日間お世話になりました」
「この俺様を二日も働かせるとは、どういうつもりだ」
「お前がぶつかってきたのが悪いんじゃ。それにきちんと報酬を渡したじゃろう」
「寝床や食事を提供してくださっただけでなく、お金までいただいて」
本当にありがとうございます、と礼を言うエマを見て、クラウスはふんと顔を逸らす。
「二度と人に迷惑をかけるなよ」
「貴様こそ、腰が悪いならきちんと必要な数の使用人を雇うんだな」
相変わらずの喧嘩腰だが、どこかお互いを心配している様子に、エマは笑みをこぼす。屋敷に背を向け歩き出すクラウスの後をついていき、エマは町長を振り返る。
「町長さん、お元気で!」
大きく手を振ると、町長もにぃっと笑って手を振り返した。エマは嬉しそうににっこり笑って、先を歩くクラウスを小走りで追いかけた。
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