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 地下室の階段をそっと上り、扉に耳を当てるエメロード。
 その後ろには何かを思い詰めたような、スフェールが居る。
 先程からスフェールは何かをじっと考えているようなのだが、エメロードからしたら考え事は後にして欲しい。
 ここから自分だけ脱出して、王太子殿下を見殺しにしたなんて言うことになったら、真っ先に自分の首が飛ぶと言うのに…。

「殿下、考え事は後で。今はここから出る事だけを考えて下さい」

「あ…あぁ、そうだな」

「扉の周辺には見張りが居ないようですね。殿下は建物の大きさ等は確認されましたか?」

「そうだな…大きさは貴族の屋敷よりは少し小さい…と思う。私は表玄関から中に入ったのだが、入って直ぐに階段があった。たぶん、二階建てだと思う」

「そうですか…それなら何とかなりそうですね」

 そう言って、エメロードは扉を微かに開ける。
 向こうに見えるのは、突き当りまで真っすぐな廊下。
 左右に扉はない。
 どうやらここが一番奥の扉らしい。
 どこかの屋敷であれば、使用人の通る通路があるはずだ。
 だが自分達がいる場所は、行き止まり…仕方がない、エメロードは腹を括ることにした。

「殿下、戦闘になった場合のことを決めておきましょう。まず、殿下は私の後ろに。この先の通路がどうなっているかは分かりませんが、曲がるまで挟まれることはありません。その先はなるべく戦闘は避けますが、敵に会った場合は、私が殲滅します。その場合は私が守れる範囲に居てください」

「……出来れば私も戦いたいのだが」

「無理です。武器がありません。従って下手な行動をされるよりも、私に守られる方が効率が良いです。それから逃走としては玄関からは出れないでしょう。門前に見張りは居るでしょうから。運良く使用人の通路を通り裏から出れれば良いのですが、見張りが居ない…とは言えません。なので上を目指します。上ならば見張りが居ることはないでしょう」

「なるほど…確かにそれはある。だがそこからどうすのだ?」

「それは無事に着いてからで。行きますよ」

 言うなり、エメロードは通路の角に向かって走る。
 角に着くとそっと廊下の先を見る。
 見張りは居ない。

「この先は?」

「左に正面玄関。右は上に行く階段だ」

 と、言うことは、見張りがいる可能性は左側の確率が高い。
 だがその手前、左側に扉が1つある。
 この部屋には敵がいる可能性が高い。
 自分達の世話をしやすいし、見張りが休憩するのにはもってこいだ。
 そこでエメロードは、スカートのポケットから紐を取り出した。

「殿下、これを。私が警戒するので、ドアノブを括って下さい」

 紐をスフェールに渡し素早く扉前まで走る。
 案の定、部屋の中から複数の気配がする。
 スフェールが扉を絞める間にエメロードは少し先を確認する。
 日も暮れているので警備は比較的緩いようだ。

 後ろを確認すると、縛り終わったスフェールが頷いた。
 幸いにも屋敷の中心部分には、毛足の長い絨毯が引かれているため足音が消せる。
 そこからはゆっくり進み、階段手前に来る。

 残念なことに、見張りが一人居た。
 だが、此方には気づいておらず、外を見ている。
 仕方がない。

 エメロードはスフェールにこの場に留まるように指示をして、袖からナイフを取り出した。
 そのまま一気に走り、後ろから男の口を塞ぎ首にナイフを入れる。
 驚き暴れようとする男を床に倒して押さえ込む。
 暫くはすると、男は痙攣しながら死んだ。
 それを確認するとエメロードはスフェールに振り返る。
 が、思ったよりスフェールは自分の近くに居た。

「お話は後でお聞きします。上に行きましょう」

「だが…これなら外に行った方が…」

 だがそこに馬車の音が聞こえてくる。
 この屋敷を行き過ぎる…わけではない。
 どうやら誰かが帰ってきたようだ。

 エメロードはスフェールを見て上への階段をかけ上がる。
 先程の死体が見付かるのは直ぐた。
 ぐずぐずは出来ない。
 追手が直ぐに来る。
 階段を上り切ったエメロードは、右に曲がりそのまま直進して突き当りの部屋へと駆け込んだ。

 扉を閉めて一息つくエメロードとスフェール。

「な、なんだ貴様ら…」

 振り返ると、男が二人居る。
 どうやら酒を呑んでいたらしい。

「おい、こいつら地下の…」

「なんでここに居るんだよ!」

「そんなことはどうでもいい、捕まえないとスペード様に何をされるか…」

 その言葉に、ポカンとしていた男達の顔つきが変わる。

「殿下、扉の鍵を!」

 エメロードはスフェールに素早く指示を出し、男達を迎え撃った。


 *  *  *  *


 結論から言おう。
 圧勝だった。いや、戦いにもならなかった。

 エメロードが強いのは言われるまでもない。
 だがそれを踏まえても男達は弱かった。
 それもそのはず…酔っ払いなのだから。

 エメロードは意識を手放した男達を放置して、窓へと駆け寄る。
 階下からは怒鳴り声が聞こえる。
 死体が見つかったようだ。

「それで?どうするのだ?」

 その言葉に返事を返さないまま、エメロードは窓を開けて周囲を確認する。
 建物は城下の中ではあるが、主に街の人が住んでいる場所に近い、富裕層が住む地区にある。
 なんとも微妙な位置で、王城には勿論遠い。
 かと言って、貴族の住む地区にもちょっと遠い。

 しかもこの富裕層の地区には貴族御用達の商店等が多い。
 つまり夜には店が閉まっているのだ。
 簡単に助けも呼べない状況だ。

 だからと言って、街の方を行く…となると上に気を付けねば、再び毒に侵されてあの世逝きだ。
 屋敷の敷地内を見渡すと、窓の近くに木が数本立っている。
 これならば、エメロードとスフェールの二人が乗っても大丈夫だろう。

「殿下、木登りはしたことがありますか?」

「木登り?…幼少の頃に登ったことがあるが」

「十分です。今から屋敷に火を放ちます。そして、そこに見える木に移りましょう」

 そう言うなりエメロードは、近くのランプを壁に投げつけた。

「クリスタリザシオン嬢!そこに倒れている者達はどうするんだ!?」

「……殿下、何を甘っちょろい事を言っているんです?彼らは悪事を働いています。先程、私達は殺されそうになったんですよ?」

「確かにそうだが…罪は生きて償うものだろう」

「……確かにそうですね。死んで簡単に終わるよりも、生きて長く苦しんでもらった方が良いですね。では、殿下手伝ってください」

 エメロードはスフェールに転がっている男の足を持たせ、自身は上半身を持つ。

「もしや…投げ捨てるのか?」

「えぇ。ここは二階ですし、よっぽどのことがない限り死なないでしょう。それよりもこの部屋に放置される方が必ず死ぬと思いますので」

 淡々と言うエメロード。
 それに何も返すことが出来ないスフェールは、エメロードの指示に従い男達を階下に落とし、自分達は木の上へと逃げ延びた。
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