30 / 36
高い所はお好きですか?
しおりを挟む地下室の階段をそっと上り、扉に耳を当てるエメロード。
その後ろには何かを思い詰めたような、スフェールが居る。
先程からスフェールは何かをじっと考えているようなのだが、エメロードからしたら考え事は後にして欲しい。
ここから自分だけ脱出して、王太子殿下を見殺しにしたなんて言うことになったら、真っ先に自分の首が飛ぶと言うのに…。
「殿下、考え事は後で。今はここから出る事だけを考えて下さい」
「あ…あぁ、そうだな」
「扉の周辺には見張りが居ないようですね。殿下は建物の大きさ等は確認されましたか?」
「そうだな…大きさは貴族の屋敷よりは少し小さい…と思う。私は表玄関から中に入ったのだが、入って直ぐに階段があった。たぶん、二階建てだと思う」
「そうですか…それなら何とかなりそうですね」
そう言って、エメロードは扉を微かに開ける。
向こうに見えるのは、突き当りまで真っすぐな廊下。
左右に扉はない。
どうやらここが一番奥の扉らしい。
どこかの屋敷であれば、使用人の通る通路があるはずだ。
だが自分達がいる場所は、行き止まり…仕方がない、エメロードは腹を括ることにした。
「殿下、戦闘になった場合のことを決めておきましょう。まず、殿下は私の後ろに。この先の通路がどうなっているかは分かりませんが、曲がるまで挟まれることはありません。その先はなるべく戦闘は避けますが、敵に会った場合は、私が殲滅します。その場合は私が守れる範囲に居てください」
「……出来れば私も戦いたいのだが」
「無理です。武器がありません。従って下手な行動をされるよりも、私に守られる方が効率が良いです。それから逃走としては玄関からは出れないでしょう。門前に見張りは居るでしょうから。運良く使用人の通路を通り裏から出れれば良いのですが、見張りが居ない…とは言えません。なので上を目指します。上ならば見張りが居ることはないでしょう」
「なるほど…確かにそれはある。だがそこからどうすのだ?」
「それは無事に着いてからで。行きますよ」
言うなり、エメロードは通路の角に向かって走る。
角に着くとそっと廊下の先を見る。
見張りは居ない。
「この先は?」
「左に正面玄関。右は上に行く階段だ」
と、言うことは、見張りがいる可能性は左側の確率が高い。
だがその手前、左側に扉が1つある。
この部屋には敵がいる可能性が高い。
自分達の世話をしやすいし、見張りが休憩するのにはもってこいだ。
そこでエメロードは、スカートのポケットから紐を取り出した。
「殿下、これを。私が警戒するので、ドアノブを括って下さい」
紐をスフェールに渡し素早く扉前まで走る。
案の定、部屋の中から複数の気配がする。
スフェールが扉を絞める間にエメロードは少し先を確認する。
日も暮れているので警備は比較的緩いようだ。
後ろを確認すると、縛り終わったスフェールが頷いた。
幸いにも屋敷の中心部分には、毛足の長い絨毯が引かれているため足音が消せる。
そこからはゆっくり進み、階段手前に来る。
残念なことに、見張りが一人居た。
だが、此方には気づいておらず、外を見ている。
仕方がない。
エメロードはスフェールにこの場に留まるように指示をして、袖からナイフを取り出した。
そのまま一気に走り、後ろから男の口を塞ぎ首にナイフを入れる。
驚き暴れようとする男を床に倒して押さえ込む。
暫くはすると、男は痙攣しながら死んだ。
それを確認するとエメロードはスフェールに振り返る。
が、思ったよりスフェールは自分の近くに居た。
「お話は後でお聞きします。上に行きましょう」
「だが…これなら外に行った方が…」
だがそこに馬車の音が聞こえてくる。
この屋敷を行き過ぎる…わけではない。
どうやら誰かが帰ってきたようだ。
エメロードはスフェールを見て上への階段をかけ上がる。
先程の死体が見付かるのは直ぐた。
ぐずぐずは出来ない。
追手が直ぐに来る。
階段を上り切ったエメロードは、右に曲がりそのまま直進して突き当りの部屋へと駆け込んだ。
扉を閉めて一息つくエメロードとスフェール。
「な、なんだ貴様ら…」
振り返ると、男が二人居る。
どうやら酒を呑んでいたらしい。
「おい、こいつら地下の…」
「なんでここに居るんだよ!」
「そんなことはどうでもいい、捕まえないとスペード様に何をされるか…」
その言葉に、ポカンとしていた男達の顔つきが変わる。
「殿下、扉の鍵を!」
エメロードはスフェールに素早く指示を出し、男達を迎え撃った。
* * * *
結論から言おう。
圧勝だった。いや、戦いにもならなかった。
エメロードが強いのは言われるまでもない。
だがそれを踏まえても男達は弱かった。
それもそのはず…酔っ払いなのだから。
エメロードは意識を手放した男達を放置して、窓へと駆け寄る。
階下からは怒鳴り声が聞こえる。
死体が見つかったようだ。
「それで?どうするのだ?」
その言葉に返事を返さないまま、エメロードは窓を開けて周囲を確認する。
建物は城下の中ではあるが、主に街の人が住んでいる場所に近い、富裕層が住む地区にある。
なんとも微妙な位置で、王城には勿論遠い。
かと言って、貴族の住む地区にもちょっと遠い。
しかもこの富裕層の地区には貴族御用達の商店等が多い。
つまり夜には店が閉まっているのだ。
簡単に助けも呼べない状況だ。
だからと言って、街の方を行く…となると上に気を付けねば、再び毒に侵されてあの世逝きだ。
屋敷の敷地内を見渡すと、窓の近くに木が数本立っている。
これならば、エメロードとスフェールの二人が乗っても大丈夫だろう。
「殿下、木登りはしたことがありますか?」
「木登り?…幼少の頃に登ったことがあるが」
「十分です。今から屋敷に火を放ちます。そして、そこに見える木に移りましょう」
そう言うなりエメロードは、近くのランプを壁に投げつけた。
「クリスタリザシオン嬢!そこに倒れている者達はどうするんだ!?」
「……殿下、何を甘っちょろい事を言っているんです?彼らは悪事を働いています。先程、私達は殺されそうになったんですよ?」
「確かにそうだが…罪は生きて償うものだろう」
「……確かにそうですね。死んで簡単に終わるよりも、生きて長く苦しんでもらった方が良いですね。では、殿下手伝ってください」
エメロードはスフェールに転がっている男の足を持たせ、自身は上半身を持つ。
「もしや…投げ捨てるのか?」
「えぇ。ここは二階ですし、よっぽどのことがない限り死なないでしょう。それよりもこの部屋に放置される方が必ず死ぬと思いますので」
淡々と言うエメロード。
それに何も返すことが出来ないスフェールは、エメロードの指示に従い男達を階下に落とし、自分達は木の上へと逃げ延びた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
52
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる