化け物を、安らかに殺す方法

みけ

文字の大きさ
12 / 23

死合わせ②

しおりを挟む

異常とは、精神障害の一種である。というのは、あまり世間には知られていない事実である。

死体となった異常者を解剖し調べた所、とある細胞が著しく活性化していたことが明らかになり、その細胞を鎮静させることが出来れば、異常者の異常性を抑えられるのでは、という考えが浮上した。

しかし、その研究は防衛隊には嫌がられた。当たり前だ、異常者が多くの人間を殺して来たのは覆しようもない事実で、まともになった所でその罪が消えるわけではない。殺す気で行かなければこちらが殺られてしまうのに、生かして捕縛するなど、リスクが高すぎる。

しかし研究者の探求心は、簡単には治まらない。異常者を健常者に戻すことが出来れば、それは快挙だ。交渉の末、たまたま異常者を殺さず捕縛できた時は、その身柄を明け渡そうと話が着き、そして研究員達は自分達の研究の成果を実験する機会を得る。

あまりにも危険なため、異常者の拘束は慎重を極めていた。

まずは採血で、活性化している細胞を確認。採取した血液をもとに実験を繰り返し、成功。そして異常者自身に鎮静剤の投与。拘束されていた異常者は、終始暴れていたが、じきに大人しくなった。薬が効いたのだろう。意識は朦朧とし、記憶の混濁は見られたが、その様子は極めて理性的であり、異常性は見られなかった。

安易にも、研究員は成功だと喜び、異常者の拘束を解いたのだ。そこで、まず何人かが犠牲になった。薬が切れたのだ。目の前の功績に目がくらみ、再発の恐れを全く考えていなかったのである。再び狂暴化した異常者は、薬が抜けきっていなかったおかげで動きは鈍く、すぐに取り押さえられた。それ以上の被害は免れたものの、継続は困難と思われた。

だが、それでめげる研究員ではなく、その異常者に対する薬の投与は続けられた。

本能からか薬を嫌がる異常者は、自由だった口を使い、薬の投与のために近づいた研究員を噛み殺した。薬が効いていても、異常性は抜けきらず、けれど若干の知識を取り戻したおかげでまともに戻った演技をして拘束を解かせ、そこでまた数人を殺した。

問題なのは、異常者の演技が、そうであるかそうでないかの区別がつかない事だった。にも関わらず治療を止めなかった研究員は、もはや狂気に取りつかれていたとしか思えない。

最終的に異常性の完治を確認するには、拘束を解いて患者を自由にし、その動向を見守る必要があった。異常者が健常者を前にして、殺人衝動を抑えられなければ、治療は失敗し続ける。

それは、生贄を差出し続けなければならないという事だった。

並大抵の人間は、異常者には敵わない。この為に、訓練された兵士を使わせる訳にはいかず、かといって余り武装した人間を束にして使っても、異常者は演技をしてまともな振りをするだけだった。研究は、今まで本能で人を殺してきた異常者に知恵を与え、更に厄介な化け物を生んだだけの結果に終わろうとしていた。

が、最期の最期。実験対象だった異常者に異変が起きる。

震えだしたかと思うと、突然自分を抱きしめ、涙を流しながら自分の罪を懺悔し始めたのだ。混乱したように泣き叫ぶ対象を宥め、落ち着かせた所で、研究員はいくつかの質問をした。彼は、震えながらもきちんと受け答えをした。そして、しきりに自分のしでかした事は事実なのかを確かめた。

異常者であった事も、なる前の事すらもきちんと覚えており、それは防衛隊で調べた彼についての情報と一致していた。拘束を解いても、彼は人を殺さなかった。人殺しの罪は償わなければならないが、それはおおむね病気のせいである事の説明はなされた。

成功だ。研究者たちが手を取り合って喜ぶなか、その元異常者は次の日罪悪感で自殺していた。凶器は持たせていなかった筈だが、彼は自身の異常性によって発達した手の爪で喉を切り裂いていたのだ。

得る者はなく、ただ失うだけの結果に、果たしてその研究員のメンバーは満足したのだろうか。





「この後数人の異常者を生贄なしに薬漬けにしたが、自殺した例はこの一件以来ない。ただ薬物中毒で死んでいった。異常者にも個体差があるようでな」

いかに世間が異常者に苦しめられているのか。事はかなり重大である筈なのに、ウィルスの手元にある治療に関する資料の束は驚く程に薄い。

「圧倒的に、完治のデータが足りない。投与ごとの様子を見て生贄を用意し、その時の変化を見つつ薬の量を調整していかないといけない」

そんな犠牲を払って異常を治療する必要はないと、彼等は漸く理解した。
異常者は殺せるのだ。無理にその研究を進めずとも。

 異常者の治療など、『現実的』でなかった。

「その生贄の役をやれ、と。確かに、俺なら適任だな」

不老不死ならば。それは難しいことではない。ノイズは、簡単に命を、弄ばれる。

「いいよ、わかった」

命とは、そんな簡単に扱える物だっただろうか。

ただ無抵抗に体を切り裂かれるよりはまし。と、そう呟く声に、罪悪感が湧くのは仕方のない事だろう。

「本当に良いのか?」

ブラッドは念を推して尋ねる。

この治療は、異常者を救うためのものですらない。

異常者に、罪を認めさせるためだけの、誰も救われない茶番だ。それは、ノイズだって分かっているだろうに。

「……化け物を殺せるのは、化け物だけかもしれないじゃん」

その目は期待なんかしていない癖に、どこか縋るようだった。それは自分しか彼等を殺せるという意味ではなく。



彼等なら、自分を殺せるのではないかという期待が混じっているのかもしれなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...