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二戦目は華やかな空気の中で始まりを告げた。
しかし一歩間違えばこれが最後の勝負となるため気を引き締めなければならない。
とはいえ勝負は二人だけのもの。呑気にやって来ては浮かれた雰囲気の招待客を見つめ羨ましく思う。
ノネットが今日のために選んでくれたメレのドレスは深紅である。それは着る者を選ぶ色ではあるが、肌が白く雪のような髪を持つメレが纏えば魅力を引き立てた。花のように広がった裾には朝露のようにダイヤが散りばめられ、揺れる度にキラキラと輝きを放つ。
堂々たる姿で会場に乗り込んだメレの隣には長身の男が並んでいた。真っ黒なタキシードが細さを際立たせ、光を浴びれば消えてしまいそうな儚さだ。特に印象的なのは赤い瞳で妖しさを秘めている。しかしよくよく見れば瞳の奥は不安げに揺れていた。
またしても訪れる羽目になったイヴァン邸。件の人物は探すよりも早くメレの視界に入る。主催者である彼は何かを待つように立ち尽くしていた。
「ようこそおこし下さいました。歓迎します」
あくまで丁寧に、一人の客人として来訪を歓迎される。ならば社交辞令には社交辞令を――メレは営業スマイルで対応する。
「こんばんは、イヴァン伯爵様。本日はお招きありがとうございます。わたくしのような者が光栄極まりないことですわ」
相手の出方を窺えばオルフェの表情が変わる。人を馬鹿にしたような――少なくともメレにはそう映って見えた。
「本当に来るとは驚いた。いや、来てくれて嬉しいぜ! 今宵のお前はいっそう綺麗だな。さぞパーティーに華を添えてくれるだろう」
なるほど逃げずに来るとは考えていなかったということか。
オルフェはメレの手を取り見せつけるように甲へ口付けた。
「お上手ですのねー」
そのまま顔面に拳をお見舞いしてやりたかった。
「ところで、そちらは?」
予想通りの疑問に、矛先を向けられたキースは一度肩を振るわせる。
「……初めまして。メレディアナの友人で、キース・ナイトベレアです」
声には些か張りが、猫背もシャンと伸びている。まるで別人、特訓の賜物だ。
「初めまして。オルフェリゼ・イヴァンです。よければ気軽にオルフェと呼んでください」
「あ! 君が例の、噂の伯爵?」
「なるほど、俺たちの事情をご存じと。それにしても……」
キースから視線を移し、物言いたげに見つめられたメレは身構える。
「お前、相変わらずいい趣味をしているな」
即座に顔のことかと納得する。
「わたくしの隣を許すのだから友人の中でもとびきりよ。覚悟しておくことね」
「本気、というわけか」
人間相手に勝つなんて簡単なこと?
まさか。おごりは捨てた。持ち得るもの全てを駆使して挑まなければ負けるだろう。
「それでは後ほど。楽しみにしているわ」
宣戦布告と共に踵を返したメレは、キースを引きずるようにホールへ向かう。その時、偶然耳にした言葉に顔を引きつらせずにいられなかった。
「やあ! イヴァン家でパーティーなんて久しぶりだな」
「ああ、良くきてくれた! 今日はとびきりの余興も用意している。ぜひ楽しんでくれ」
わざわざメレの耳に届くよう大きな声で、あからさまな挑発だ。
「ちょ、メレディアナ! 腕っ、腕痛いから!」
キースの声などメレには届いていなかった。
「キース。わたくしたち、頑張りましょうね」
華やかな貴族の宴。かつて出席していた頃は長い催しを想像してうんざりしていたけれど、いまでは心踊っていることに気付かされる。
「お、お手柔らかに……」
「パーティーって、こんなに心燃えるものだったのね」
「いや普通は燃えない……」
さらっとキースの発言を無視して腕を組む。キースはといえば、その瞬間にビクリと体を震わせた。
そろそろ敵を威嚇していた瞳は封印しなければ。唇は緩やかに弧を描き自然な笑顔を浮かべる。そして隣を歩くキースに一言。
「笑顔が足りない。もっと愛想良く」
恋人たちの秘め事のように、さっそく駄目出しをしていた。
しかし一歩間違えばこれが最後の勝負となるため気を引き締めなければならない。
とはいえ勝負は二人だけのもの。呑気にやって来ては浮かれた雰囲気の招待客を見つめ羨ましく思う。
ノネットが今日のために選んでくれたメレのドレスは深紅である。それは着る者を選ぶ色ではあるが、肌が白く雪のような髪を持つメレが纏えば魅力を引き立てた。花のように広がった裾には朝露のようにダイヤが散りばめられ、揺れる度にキラキラと輝きを放つ。
堂々たる姿で会場に乗り込んだメレの隣には長身の男が並んでいた。真っ黒なタキシードが細さを際立たせ、光を浴びれば消えてしまいそうな儚さだ。特に印象的なのは赤い瞳で妖しさを秘めている。しかしよくよく見れば瞳の奥は不安げに揺れていた。
またしても訪れる羽目になったイヴァン邸。件の人物は探すよりも早くメレの視界に入る。主催者である彼は何かを待つように立ち尽くしていた。
「ようこそおこし下さいました。歓迎します」
あくまで丁寧に、一人の客人として来訪を歓迎される。ならば社交辞令には社交辞令を――メレは営業スマイルで対応する。
「こんばんは、イヴァン伯爵様。本日はお招きありがとうございます。わたくしのような者が光栄極まりないことですわ」
相手の出方を窺えばオルフェの表情が変わる。人を馬鹿にしたような――少なくともメレにはそう映って見えた。
「本当に来るとは驚いた。いや、来てくれて嬉しいぜ! 今宵のお前はいっそう綺麗だな。さぞパーティーに華を添えてくれるだろう」
なるほど逃げずに来るとは考えていなかったということか。
オルフェはメレの手を取り見せつけるように甲へ口付けた。
「お上手ですのねー」
そのまま顔面に拳をお見舞いしてやりたかった。
「ところで、そちらは?」
予想通りの疑問に、矛先を向けられたキースは一度肩を振るわせる。
「……初めまして。メレディアナの友人で、キース・ナイトベレアです」
声には些か張りが、猫背もシャンと伸びている。まるで別人、特訓の賜物だ。
「初めまして。オルフェリゼ・イヴァンです。よければ気軽にオルフェと呼んでください」
「あ! 君が例の、噂の伯爵?」
「なるほど、俺たちの事情をご存じと。それにしても……」
キースから視線を移し、物言いたげに見つめられたメレは身構える。
「お前、相変わらずいい趣味をしているな」
即座に顔のことかと納得する。
「わたくしの隣を許すのだから友人の中でもとびきりよ。覚悟しておくことね」
「本気、というわけか」
人間相手に勝つなんて簡単なこと?
まさか。おごりは捨てた。持ち得るもの全てを駆使して挑まなければ負けるだろう。
「それでは後ほど。楽しみにしているわ」
宣戦布告と共に踵を返したメレは、キースを引きずるようにホールへ向かう。その時、偶然耳にした言葉に顔を引きつらせずにいられなかった。
「やあ! イヴァン家でパーティーなんて久しぶりだな」
「ああ、良くきてくれた! 今日はとびきりの余興も用意している。ぜひ楽しんでくれ」
わざわざメレの耳に届くよう大きな声で、あからさまな挑発だ。
「ちょ、メレディアナ! 腕っ、腕痛いから!」
キースの声などメレには届いていなかった。
「キース。わたくしたち、頑張りましょうね」
華やかな貴族の宴。かつて出席していた頃は長い催しを想像してうんざりしていたけれど、いまでは心踊っていることに気付かされる。
「お、お手柔らかに……」
「パーティーって、こんなに心燃えるものだったのね」
「いや普通は燃えない……」
さらっとキースの発言を無視して腕を組む。キースはといえば、その瞬間にビクリと体を震わせた。
そろそろ敵を威嚇していた瞳は封印しなければ。唇は緩やかに弧を描き自然な笑顔を浮かべる。そして隣を歩くキースに一言。
「笑顔が足りない。もっと愛想良く」
恋人たちの秘め事のように、さっそく駄目出しをしていた。
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