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「せいぜい健闘するんだな」

「言ってなさい。ノネットには苦労をかけて悪いけれど、しっかり伯爵を見張っていてね」

「僕は大丈夫です。任せてください! オルフェ様、お菓子買ってくれるって言ってましたもん。僕は苦労なんて感じません。薔薇の砂糖漬けって美味しいらしいですよ!」

 大丈夫だろうか。主の不利になるようなことはさせないと思うのだが……どうか買収されませんように。
 次いでメレはラーシェルに向き直る。

「一応、今日はよろしく頼むわ」

 どんな形であれ本日のパートナー。こんな形で連れ歩く予定ではなかったのに人生とはなにが起こるか分からない。

「もちろんです。日頃は主の影として暗躍していますが、本日はメレ様の影としてひっそり見守らせていただきます」

 そういえばいつも影のように現れる。暗躍――何をしているのか気になったが勝負に集中しよう。

「まあ、そうね……人目につかないように頼みたいわ」

 不審者がいますなんて通報されてはたまらない。いくら他人の所持しているランプとはいえ製作者の責任もある。

(前科一犯はごめんよ!)

 時計塔から開始を告げる鐘が響く。
 それを合図に至るところで拍手が巻き起こった。歓声と拍手の波が街中に伝わり、誰もが白薔薇祭りの開催を知る。
 現在の時間は十時きっかり。あとは角を曲がるだけでメインストリートに到着するだろう。そばにラーシェルの影はなく監視手腕は見事なものだ。
 露店が並ぶメインストリートはメレが案内された時とは比べ物にならない人で埋め尽くされている。一大イベントであれば当然のこと、カガミの映像からも想定内だ。
 メレは持ち前の記憶力で叩きこんだ行程表と地図を頭に広げている。すると小さないさかいの現場に遭遇してしまった。

「これ私の!」

「僕のだもん!」

 幼い兄妹が奪い合っているのは一輪の白薔薇。微笑ましくもあるが、見かねたメレは両者の頭に手を乗せた。

「こら、せっかくのお祭りなのよ。仲良く楽しまなくちゃね」

 メレは拳を握り子どもたちの前に差しだす。その手を開けば掌に納まる白薔薇が顔を出した。

「お姉ちゃんすごぉい!」

 無邪気な瞳は魔法だと信じきっている。それを見守る周囲の人間も手品だと思ってくれただろう。あちこちで大道芸が行われている日、ここで披露していてもおかしくはない。種も仕掛けもないことはメレと監視者だけが知っていた。

「どうぞ」

「わあ、いいの?」

「もちろん。でも、もう喧嘩はだめよ。お祭り、楽しんでね」

「うん!」

 手を取り合って母の元へと走って行く。だが何を思ったのか、二人で顔を見合わせると方向転換して戻ってきた。

「これお姉ちゃんにって、二人で話して決めたんだ!」

 小さな手から差し出された白薔薇に、メレは視線を合わせるようしゃがみこんだ。
 初めて他人から送られた白薔薇は強く握りしめたせいでくたびれている。けれどメレは気にも留めず嬉しいと言って受け取った。勝利に一歩近づいたことが嬉しいのではなく、差し出された純粋な好意が嬉しかった。

「これくらい、良いわよね?」

 兄妹の背を見送りながらラーシェルに向けて呟く。耳ざとく拾ってくれたはずだ。小言がないのなら許可された証だ。


 白薔薇探し、薔薇の目利き、大食い大会、飲み比べ……話には聞いていたが。

(薔薇と関係ないもの多すぎない!?)

 たとえどんな勝負であろうとメレは果敢に挑み続けた。勝敗はさておき、その姿が観客を沸かせ順調に薔薇を集めている。
 全てにおいて勝利を残せていないのは大食いや飲み比べの存在が大きい。魔法を駆使すれば勝てるだろう。上手く使う自信もある。けれどオルフェと張り合うなら頼りきってはいけない。ようするに矜持の問題である。ラーシェルを預けたオルフェに誇らしく勝利を飾るなら自分の力で勝ち取った薔薇で着飾らなければ意味がない。
 メレが通りかかった喫茶店はオープンテラス席に薔薇の砂糖漬けが有名で、ノネットが喜びそうだと視線を向けた。

(あの子、苦労していないかしら……)

 オルフェに振り回さる大変さなら身をもって学んでいる。それも、せっかくの祭りに監視を任せるなんて可哀想なことをしてしまった。申し訳ない思いで店内を覗けば、まさに見知った顔が幸せそうに頬を膨らませていた。実に美味しそうに、満面の笑顔で紅茶も飲み干している。
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