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1、プロローグ~王女の悲劇~
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夢に見た王女の婚姻は幸せなものだった。
たくさんの人に祝福され、送り出された先には愛する人が待っている。
愛を告げれば同じだけの想いを返してくれる婚約者は優しい人だ。
望まれて嬉しかった。
愛されて幸せだった。
新しい土地での暮らしに不安はあるけれど、彼と一緒ならどんな困難も乗り越えられる。そう信じて疑わなかった。
けれど現実は……
(どうして盗品が船に積まれているの?)
船で婚約者と共に彼の国へ向かう途中、荷物に隠されていたのは旅立つ前に祖国で盗まれたと話題になっていた宝石だ。
足元には今日という日を祝福して造られた、美しい人型の妖精を模った陶器が砕け散る。
現実を理解できずにいると、国中から消えたと騒がれていた希少なピンクダイヤモンドは砂のように零れ、冷たい床に転がった。
(きっと何かの間違いよ!)
倉庫を飛び出して婚約者の部屋を目指せば、聞こえてきたのは残酷な真実。
「俺が愛しているのは君だけだよ」
部屋を覗くと、愛していると告げてくれた人は世話役のメイドに同じ言葉を囁いていた。旅立つ前に差し出された手でメイドの腰を抱き、唇を重ねる。
「あら、王女様はいいの?」
「子供の面倒を見るのはごめんだ」
おまけに彼が得意気に語るのは、どのようにして祖国から貴重な品を盗み出したかという自慢話。盗品を自身のコレクションと呼び、全て彼が指示したことだと知って絶望する。
お互いの存在しか目に入らず、欲に溺れる二人が立ち去る影に気付く事はなかった。
(全部嘘だったのね)
彼は手に入れたばかりの婚約者も同じだと言った。
「大国の姫を手に入れたとなれば、この俺を軽んじる者もいなくなる。妖精姫と名高いようだが、頭の中は夢見がちなお姫様だな。都合のいい女で助かったぜ」
彼にとってこの結婚は自身の価値を示すため。疲れただろうから早く休むようにと気遣ってくれたけれど、本当は出歩かれると都合が悪かったのだろう。
怒りよりも湧きあがるのは恐怖で、孤独な状況に足が震える。酷い裏切りを受けたと嘆いても遅い。逃げ出したところで祖国は遠い海の向こうだ。
しかし無駄だとわかっていても大人しく部屋へと戻る気分にはなれない。外の空気を吸おうと船内を彷徨いながら、全部夢であればいいと願った。
慰めに月を求めたけれど、見上げた空は暗い心を映したように重い。
(まるで私の心みたい)
祖国を旅立つ時に誰かが言った。この婚約は天に祝福されていると。
(なら、どうして船は嵐に遭うの?)
大粒の雨が視界を奪う。海は荒れ、強い波が船を翻弄する。目の前が暗いのは嵐のせいだけではないけれど、渦巻く風はまるで呪いのようだ。
この結婚が不吉なものであるかのように不安が押し寄せる。幸せとは程遠い現実に心が折れるのは簡単だ。
(なんて酷い結末)
それが雨なのか、自分の涙なのかもわからない。
何もかもが間違いだった。騙されて浮かれていた自分が恥ずかしい。彼が欲しかったのは妖精姫と呼ばれる王女の地位と、背後にある財産だけだった。
(帰りたい)
家族と過ごした幸せな日々が脳裏をよぎる。
(誰か、助けて……)
愛されていないことを知っても、婚約者に助けを求めずにはいられない。裏切りを受けたとしても、この場で頼れるのは彼しかいないのだから。
けれど伸ばした手は振り払われ、こうなったのはお前のせいだと罵られた。
「お前のせいだ! お前なんかと婚約したのが間違いだった!」
波に煽られた船は大きく傾き、動けなくなった身体が海へと落ちる。
(生まれ育った国に帰りたい。もう一度家族に逢いたい)
叶わないとわかっていても、願わずらにはいられない。繰り返し繰り返し、もう祈ることしかできないのだから。
すると応えるように声が響いた。
『命を救うことはできないけれど、せめて――』
都合のいい夢か、あるいは幻だったのか。
終わりを迎える命では答えを知ることはできないけれど、とても優しい声だったことを憶えている。
――という前世を思い出した。
たった今、前世の両親である国王陛下夫妻を目の前にしたところで。
たくさんの人に祝福され、送り出された先には愛する人が待っている。
愛を告げれば同じだけの想いを返してくれる婚約者は優しい人だ。
望まれて嬉しかった。
愛されて幸せだった。
新しい土地での暮らしに不安はあるけれど、彼と一緒ならどんな困難も乗り越えられる。そう信じて疑わなかった。
けれど現実は……
(どうして盗品が船に積まれているの?)
船で婚約者と共に彼の国へ向かう途中、荷物に隠されていたのは旅立つ前に祖国で盗まれたと話題になっていた宝石だ。
足元には今日という日を祝福して造られた、美しい人型の妖精を模った陶器が砕け散る。
現実を理解できずにいると、国中から消えたと騒がれていた希少なピンクダイヤモンドは砂のように零れ、冷たい床に転がった。
(きっと何かの間違いよ!)
倉庫を飛び出して婚約者の部屋を目指せば、聞こえてきたのは残酷な真実。
「俺が愛しているのは君だけだよ」
部屋を覗くと、愛していると告げてくれた人は世話役のメイドに同じ言葉を囁いていた。旅立つ前に差し出された手でメイドの腰を抱き、唇を重ねる。
「あら、王女様はいいの?」
「子供の面倒を見るのはごめんだ」
おまけに彼が得意気に語るのは、どのようにして祖国から貴重な品を盗み出したかという自慢話。盗品を自身のコレクションと呼び、全て彼が指示したことだと知って絶望する。
お互いの存在しか目に入らず、欲に溺れる二人が立ち去る影に気付く事はなかった。
(全部嘘だったのね)
彼は手に入れたばかりの婚約者も同じだと言った。
「大国の姫を手に入れたとなれば、この俺を軽んじる者もいなくなる。妖精姫と名高いようだが、頭の中は夢見がちなお姫様だな。都合のいい女で助かったぜ」
彼にとってこの結婚は自身の価値を示すため。疲れただろうから早く休むようにと気遣ってくれたけれど、本当は出歩かれると都合が悪かったのだろう。
怒りよりも湧きあがるのは恐怖で、孤独な状況に足が震える。酷い裏切りを受けたと嘆いても遅い。逃げ出したところで祖国は遠い海の向こうだ。
しかし無駄だとわかっていても大人しく部屋へと戻る気分にはなれない。外の空気を吸おうと船内を彷徨いながら、全部夢であればいいと願った。
慰めに月を求めたけれど、見上げた空は暗い心を映したように重い。
(まるで私の心みたい)
祖国を旅立つ時に誰かが言った。この婚約は天に祝福されていると。
(なら、どうして船は嵐に遭うの?)
大粒の雨が視界を奪う。海は荒れ、強い波が船を翻弄する。目の前が暗いのは嵐のせいだけではないけれど、渦巻く風はまるで呪いのようだ。
この結婚が不吉なものであるかのように不安が押し寄せる。幸せとは程遠い現実に心が折れるのは簡単だ。
(なんて酷い結末)
それが雨なのか、自分の涙なのかもわからない。
何もかもが間違いだった。騙されて浮かれていた自分が恥ずかしい。彼が欲しかったのは妖精姫と呼ばれる王女の地位と、背後にある財産だけだった。
(帰りたい)
家族と過ごした幸せな日々が脳裏をよぎる。
(誰か、助けて……)
愛されていないことを知っても、婚約者に助けを求めずにはいられない。裏切りを受けたとしても、この場で頼れるのは彼しかいないのだから。
けれど伸ばした手は振り払われ、こうなったのはお前のせいだと罵られた。
「お前のせいだ! お前なんかと婚約したのが間違いだった!」
波に煽られた船は大きく傾き、動けなくなった身体が海へと落ちる。
(生まれ育った国に帰りたい。もう一度家族に逢いたい)
叶わないとわかっていても、願わずらにはいられない。繰り返し繰り返し、もう祈ることしかできないのだから。
すると応えるように声が響いた。
『命を救うことはできないけれど、せめて――』
都合のいい夢か、あるいは幻だったのか。
終わりを迎える命では答えを知ることはできないけれど、とても優しい声だったことを憶えている。
――という前世を思い出した。
たった今、前世の両親である国王陛下夫妻を目の前にしたところで。
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