悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~

奏白いずも

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17、コラボカフェに行きました

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 ケーキが運ばれてくるまで時間はある。せっかく距離が近付いたのなら、気になっていたこともきいてしまおう。
 大通りは賑わっているけれど、恋人たちのために用意された特別席は中庭に面している。加えて上階に在り、植物によって目隠しされているので秘密の話をするにはぴったりだ。

「カフェが原因ではないのなら、どうして結婚を急いだんですか?」

 求婚時は契約条件に目が眩み、理由について言及することを忘れていた。急ぎ結婚したいとだけ言われたけれど、初対面のセレナを選ばなくても公爵が相手に不自由していたとは思えない。

「結婚については両親を筆頭に急かされていたが、あまり真剣に考えたことはなかった。しかし最近になって妹が……」

 きっぱりと発言をするラシェルにしては珍しく言葉を濁す。そして遠い目をしているように感じた。

「早く結婚したいと言い出して」

「はい?」

「しかし俺が結婚していないせいで認めてもらえないと。その、俺が結婚するまで絶交すると言われてしまった」

「もしかして旦那様、家族に弱いですか?」

「そうかもしれないな」

 諦めたように笑うラシェルの姿など、想像したことがなかった。このような表情を見ることができるのも、特別席の特権だろうか。

「血は繋がっていないが俺にとって大切な人たちだ。両親のことは尊敬しているし、こんな俺を兄と慕ってくれる妹にも、できる限りのことをしてやりたかった。今日の予約も、もし相手がいなければ母に譲るつもりでいたくらいだ」

「イレーネ様にですか?」

「母もリタのファンだからな」

「そうなんですか!?」

「だが安心してほしい。昔は頻繁に王都へ足を運んでいたようだが、最近では領地から出ることはほとんどないと聞いている」

 セレナの驚きは尊敬する伯母が自著を愛読していたことに対するものだが、ラシェルは怯えだと解釈したらしい。そのせいか、改めてイレーネの近況を教えてくれる。イレーネ・ロットグレイが王妃であるネヴィアを差し置いて、ルクレーヌで最も怒らせてはならない女性と恐れられているせいだ。
 厳格な性格は近付き難いと苦手意識を持たれることが多く、ラシェルがわざわざ契約内容に両親との別居を提示してくれたのもそれが原因である。
 けれどセレスティーナにとっては、厳しくも優しい伯母だった。そんな人に小説を認めてもらえたと知って嬉しくなる。

「旦那様は家族想いなんですね」

「おかしいか?」

「おかしくなんてありません。私も弟のために結婚相手を探していましたから」

「そうだったな」

「未婚の姉がいつまでも家にいては印象が悪かったので助かりました」

(リタ・グレイシアの貯金があれば独りでも生きていけるとはいえ、家族を安心させたかったのは私も同じなのよね)

 だから家族のために同じことをしようとした気持ちは理解できるつもりだ。
 大好きだった伯母に、ラシェルがとんでもない我儘を叶えてあげたくなるほど大切にする妹。いつか彼らに会うためにも、ロットグレイ領に行けたらと思う。

「俺もセレナが求婚を受けてくれて助かった。君の噂を教えられ、運良く城で見かけたのだが、誰かに奪われるのではないかと気が急いてしまった程だ」

「それであの勢いで求婚したんですか!? 私、どこにでもいる伯爵令嬢ですよ」

 ラシェルならいくらでも相手を選ぶことができるだろう。身分でもその美貌でも、選び放題だ。
 今世での自分の容姿が平凡であることをセレナは自覚している。ところがラシェルにとっては違うらしく、吐き出される言葉は重い。

「そうは言っても、身元が確かで冷血公爵とイレーネ・ロットグレイの名を恐れずに嫁いでくれる女性は君の想像より少ないぞ」

「納得しました」

「とはいえ今はもう、君を他の令嬢と同じには思えないな。こんなにも誰かといることを楽しく感じたのは初めてだ」

「あの、それはどういう」

「ああ、ケーキが来たな!」

 よほど嬉しいのか声が弾んでいる。しかし切り上げるにしては続きが気になる内容だ。
 それなのにこの話は終わりとばかりに目を輝かせるラシェルを恨みたくなる。彼にとっては形だけの妻に構うより『王女の婚姻』体験の方が重要なのだろうけれど。

「ご注文いただいたケーキセットのご用意ができました」

 セレナの前にはたっぷりのフルーツを使ったタルトが、ラシェルの前にはこだわりのチョコレートでコーティングされたケーキが並ぶ。紅茶を注ぐと給仕は丁寧に礼をし「どうぞ二人きりの時間をお楽しみください」と去って行く。

「先ほどの台詞、『王女の婚姻』でも身分を隠してカフェを満喫するセレスティーナ様に対して告げられた台詞の再現だな。素晴らしい」

「そうでしたね」

 セレナは笑顔で受け流すも、作者も驚く読み込み具合である。
 だがそれはそれとして、念入りに計画したカフェのプランを楽しんでもらえるのは関係者として嬉しい。
 紅茶が冷めないうちに、そして美味しいケーキを早く味わってもらいたいのだが、ラシェルは目に焼き付けるようにじっくりと眺めるばかりだ。

「あの、食べないんですか?」

「俺に構わす食べてくれ! 俺はもう少しだけこの感動を目に焼き付けたい」

 好物を早く食べたいセレナは、ラシェルに温度差を感じる。
 ラシェルは言葉通り全方位堪能すると、苦渋の表情でフォークをさした。

「このケーキをセレスティーナ様も召し上がられたのか」

 食べる前から感動が凄い。

「味はどうですか?」

「このケーキならば彼女の心が癒やされるのも納得だ。王族としての責務に疲弊する王女が、普通の少女としての笑顔を見せた大切なシーンだからな」

 朝からゴンドラに乗り、市場を散策して、カフェでお茶をする。まさに『王女の婚姻』の主人公になったような一日だった。実際に楽しんでいる人を目にすることができて良かったとも思う。

(ん? ということはこの後って……)

 今まさに自分が何を書いたのか思い出す。
 記憶が正しければ、王子がセレスティーナにケーキを食べさせる描写を入れたような……

「セレナ」

 ここで名前を呼ぶのはずるい。やはりと言うべきか、ラシェルがフォークを手に迫ってくる。

「ま、待ってください旦那様!」

「照れることはない。誰も見ていない。そういう席だ」

「それはそうですけど!」

 あの時はのりのりで執筆していたが、なんて大胆なことを書いてしまったのだろう。

「旦那様。これは恋人たちがすることで」

「俺たちは夫婦だが?」

「そうですね!?」

 恋人どころか夫婦。確かになんの問題もないのだが。割り切れない葛藤も契約結婚なので仕方ない。
 彼が熱心なファンであることはここ数日で嫌と言う程理解した。この行為に憧れがあるのも頷けるし、すでに既婚者となってしまったラシェルの願いを叶えてあげられるのは妻という役職を持つ自分にしかできないことも理解している。

「ほら、君が食べないと俺が食べられない」

「うっ……」

 そう言われると、フォークを持って待たせているのが申し訳なくなってくる。ラシェルが甘いものを好きなことは前世で知っている。そしてセレナはこの店のケーキが大好きだ。二個頼みたいと悩むほど、一口だって無駄にしたくない。

「いただきます」

 数秒後、セレナは甘い誘惑に屈した。
 困りながら食べたケーキだが、その美味しさは初めて食べた日から変わらない。甘いチョコレートが口の中に広がり、幸せな気持ちにしてくれる。

「気に入ったのなら好きなだけ食べていいぞ」

「それは駄目ですよ。旦那様だって甘いものが好きなんですから、奪うわけにはいきません」

「よく俺が甘いものが好きだと知っていたな」

 ケーキから視線を上げるとラシェルが驚いている。

(もしかしてみんな知らないの!?)

「子供の頃は素直に好きだと言うことができたが、そんなに嬉しそうに見えただろうか?」

「はい! とても美味しそうに召し上がっていました!」

 有り難くラシェルからの提案に便乗させてもらうと、無事納得してくれたので助かった。
 そうして特等席を満喫した帰りには、お土産にリタ・グレイシア書き下ろしのショートストーリーペーパーを貰えることになっている。
 二人の手にはピンクのリボンに結ばれた紙があり、ラシェルは感動のあまり手が震えていた。

「家宝にしよう」

「良かったですね。早速帰りの馬車で楽しんでください」

 彼のためを思って自分から伝えたけれど、ラシェルは特典から顔を上げ、その必要はないと言う。

「心遣いは有り難いが、せっかく君と一緒にいるのに小説を読んでいてはもったいない。物語に登場する王子もこのような気持ちだったのだろう。俺もセレナと過ごせる時間を大切にしたいと思う」

 ラシェルはいつだってはっきりと言葉をくれる。その言葉に偽りはないと思わせてくれる。だからこれは、きっと言葉通りの意味なのだろう。
 けれどそれがどこまで心を許されたことになるのか、セレナにはわからない。そして同時に踏み込むのが怖くもあった。

「あの、旦那様……」

 言葉を躊躇うセレナを気遣いラシェルも足を止める。そうして見つめ合いながらセレナが答えを探していると、次にお客様の見送りに現れた店員と、彼女と会話する女性の声が響いた。

「実に素晴らしい店だった。はるばる領地から足を運んだかいがあるというものだ」

 意思の強い言葉使い。女性でありながら迫力のある口調。聞き覚えのある声にセレナとラシェルは同時に振り返る。

「母さん!?」

「イレーネ様!?」

 ケーキの味から接客に至るまで、店を褒め称えていた女性も見知った顔に気付く。

「そこにいるのは息子と、もしやその嫁か?」

 願っていた再会は思いがけず突然だった。
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