野槌は村を包囲する

川獺右端

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陸道退魔組が村に来る

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 次の日、朱矢の村が野槌に襲われたという連絡が黒露城に上がった。
 即座に討伐が決まり、武士団が編成された。

 魔物がらみの事件なのに、意外にすんなりと武士団の派兵が決まったのは、実は野槌が出たのは朱矢だけでは無かったからだ。
 黒露藩史のこの年の記録を見ると、魔物が発生する当たり年だったらしく、野槌の発生した事件だけでも方々に十五件と記載されていた。

 派兵されたのは、黒露藩、馬回り役の陸道宗一郎が戦頭を勤める総数五十の精鋭たち、人呼んで陸道退魔組であった。
 次の日の昼には、もう武士団の準備は整い、吉四六の案内で朱矢を目指した。
 陸道宗一郎は壮年の武芸百般の豪傑、旗下の侍たちも一騎当千の強者揃いだ。
 きらびやかな鎧武者の行進は街道を行く旅人たちの目を引き、百姓たちが次々と土下座をするのを見て吉四六は、

(こいつは、良い気持ちだ)

と、独りごちた。

 陸道退魔組は幾多の恐るべき魔物を討伐してきた妖怪退治の専門集団だ。旗指物の上半分が真っ赤な色にぬられ、墨痕黒々と「陸道」の文字、その隣に襲いかかるような大鷹の図案が白で抜かれている。綺麗な甲冑を着て、黙々と歩く武者たちの威厳は天上の無敵の軍勢を地に表すごとくである。おのおの背負った長柄の漆塗りの鞘がぴかりぴかりと日を反射させ、拍子を合わせた足音は山河にざっざと高く木霊した。

「これ、吉四六」
「は、なんでございましょう、陸道さま」
「野槌の総数はいくらぐらいか?」
「そうですな、三百から四百は居ようかと」

 ふむ、と馬上の陸道はあごを押さえて考え込んだ。

「む、難しいのですか?」
「いや、いささか数が多いが、野槌は倒した事がある。刀剣が効く分、他の魔物よりもましだな」
「さようでございますか」
「大船に乗ったつもりで安心するがいい」

 そう言うと陸道は天を仰いで、かっかと笑った。

 一同は夕暮れ前に朱矢の村へと入る。宿舎となった庄屋の家と、いつもは寺子屋になっている寺に陸道退魔組は分かれて泊まった。武士団へ村を挙げての歓待の宴が始まり、地酒が振る舞われ、この日は皆、夜遅くまで騒いだ。

 惣田の屋敷に陸道宗一郎がその大きな体を折り曲げるようにして現れたのは、その夜である。
 喪主のおとうに一礼し、ほぼ空の三つの棺の前で焼香した。
 重々しく合掌する陸道の横で、何かに憑かれたように、ちいねえが立ち上がった。

「おさむらいさまっ、およねのっ、兄どもの、敵さとってくだっせっ!」

 親戚にやめれやめれと止められても、ちいねえは座らない、陸道はゆっくりと向きかえり、

「まかせておきなさい」

と、重々しく頷いたものである。


 決戦は次の日となった。武士団は朝餉を取り、鎧兜を纏い、槍を背負い刀を腰に差す。ガチャリガチャリと堅い音が村の広場に満ちあふれる。
 陸道は腰の刀を抜いた。備前長船の名刀が陽を浴びて青く輝く。

「陸道退魔組、進撃するっ! 悪霊野槌を滅ぼし、朱矢の良民を安堵させよっ!!」

 大きく太い声が、木々に木霊する。侍たちは手に手に抜刀。近くによって目にもみよとばかりに空に向かって、応っと気勢を上げる。

 地蔵堂を抜けると、そこは草原である。今日も野槌は警戒するでなく、じっとにょきにょき生えている。

「火縄」

 陸道の声に、配下が火縄のついた銃を差し出す。銃底を頬に当てるようにして綺麗な構えで陸道は野槌を狙う。
 空にパアンと乾いた音が響き、あたりに火薬の匂いが散った。
 穴の開いた野槌が何事もなかったように立っている。

「ふむ、抱え大筒をもて」

 抱え大筒とは、大砲のごとき大きさの火縄銃で、弾はなんと百貫目を使う。火力が大きく、攻城戦にも使われる程だが、その重さと反動でまともに撃てる人間は数少ない。黒露藩で、この武器を発射可能なのは陸道が只一人だ。

 二人がかりで運ばれて来た抱え大筒を、陸道は片手で軽く持ち上げ、構えた。立射の構えで腰が安定しており、微動だにしない。狙うは先の野槌である。

 腹に応える轟音が響き渡り、山に跳ね返り木霊になって遠くへ走る。

 地蔵堂の近くで野次馬と一緒に見ていた吉四六の耳がキーンと鳴ってしばらく何も聞こえない。そこら中で村人が顔をしかめ、耳を押さえている。
 煙が晴れると陸道は発射前と一寸も変わらぬ綺麗な姿勢だ、対して野槌は土手っ腹を粉砕され、黒い霧になって消えていくところだった。

「いけるな」

 陸道はその男臭い野生的な顔に凄みのある笑みを浮かべると、抜刀した。

「陸道退魔組!! 参るっ!! 突撃っ!!」

 武士団の侍たちが気勢を上げ、抜刀し、槍を構える。技量のある者は刀で野槌を切りまくる。技量の無い物は槍を構え、槍衾で守り、そして貫いて行く。
 さすがは退魔組を名乗る事はある。侍たちは手際良く次々に野槌を黒い霧に変えていく。

「陸道の旦那方は強いなあ」

 ほれぼれと吉四六は武士団の闘いを見守る、気がつくとかえも来ていて、知らぬ間に吉四六の手を握っている。

「どうしたい、心配するな。俺の連れてきた旦那方だ、不安そうな顔すんなって」

 笑って吉四六は右手で、かえの鬢のほつれを直して、手を握り替えしてやる。かえの握られた手は細かく震え汗をかいていた。
 抱え大筒で爆散しろ、という感じの甘々な空気が、一瞬で変わった、かえが恐怖で目を見開いている。

「ぬ?」

 吉四六は振り返る。
 草原の真ん中に、人の二倍はあろうかという、大きな野槌が居て、槍武者の上半身を噛みちぎっていた。

「なんだあれは!」


「なんだこれは!」

 陸道は驚愕した、こんな大きな野槌を彼は知らない。陸道は大型野槌に向け、天地も裂けんばかりの斬撃を送る。
 必殺の一撃は、外れた。
 大型野槌が避けたのではない、陸道の軸足が揺れ、刀の軌跡がぶれたのだ。
 陸道のふくらはぎに痛みがある。鉄の脛巾を突き通すがごとく手の平大の野槌が噛みついている。

「なん、だと?」

 大型野槌の鋭い噛みつきを後退しながら避けて、陸道はあたりに目をやる。雑多な大きさの野槌がうようよと居る。

 陸道の知る野槌は個体の大きさにさほどの差が無い。子をなし成長する訳ではない魔物に体長の差があること自体不自然と言う物だ。陸道の顔から血の気が去り、すでに死んだ者のような顔色となる。

 近隣から部下たちの悲鳴が上がり、続く。

 一度撤退する、と決めた陸道が振り返る。幾多の野槌を黒い霧に変えたというのに、その数が減るようすもなく、静かに野槌たちは陸道たちを包囲していた。

「一度村に撤退すっ!! 槍兵退路を開けっ!!」

 陸道の号令に侍たちが槍衾を作り、撤退路を開こうとした。かなり遠くまで切り込んで来てしまった、村までの距離は絶望的に遠い。
 一人、また一人と、精鋭たちが倒れ、悲鳴と共に血しぶきが上がる。野槌は吠えない、威嚇をしない、目が無いので意思が読めない。たださやさやと近づき、噛む。大きい個体も小さい個体も居る。小さい個体に足を噛まれ、倒れた所に中から大の個体に纏わり付かれ噛みちぎられ殺されていく。

 陸道は殿(しんがり)をつとめ、小さい個体を踏みつぶし、中型個体を切り裂き、武士団の生き残りを助け、じわじわと村へと向かう。もう、武士団は半分ぐらいが草原に倒れ、消えた。

 陸道の旦那があぶないっ! 吉四六がそう思った時には、もう駆けだしていた。

 吉四六は生来の怠け者だ、武道の心得もなければ、神術の習得も無い。ただの百姓だ。

 だが、駆けだしていた。村を助けに来たお侍さん方を助けなきゃならない、そう思った。

 そうしなければ、やさしくしてくれた代官や、褒めてくださった奉行さまに申し訳が立たない。とも思う。死ぬとか、危ないとか、そんな気持ちは不思議と沸かなかった。

「おまえさまっ!!」

 遠く後ろに、かえの悲鳴が聞こえた。
 ばんばんと野槌を蹴り、殴りながら、吉四六は道を駆ける。武士団に気を取られているからなのか、野槌は吉四六の方を向かない。切り株のような姿だが前と後ろがあるのかもしれない。

 倒れた武士に噛みつこうとしている野槌の腹に掴みかかり、村相撲で覚えた腰投げの要領で投げ捨てる。倒れた武士が立ち上がり、気合いもろとも吉四六の後ろの野槌を刺し、目で黙礼をする。吉四六は頷いて、また駆け出す。野槌を避ける、ころがって離れる。小さい個体は草原の奥に群生しているようで、まだ居ない。噛みつく動きの初動を取って、あごあたりに蹴りを入れて転ばす。倒れた野槌の下腹部に蠢く小さな足たちを吉四六は見る。

「陸道のだんなあああっ!」

 陸道が見える。凄惨な姿だ。片目はつぶれ、兜ははね飛ばされ、片足が無い。全身が血を浴びたように赤い。

「馬鹿者おおっ! なにしに来たのだ吉四六ううっ!!」
「助けます、村に、村にっ!!」
「馬鹿っ! 大馬鹿者っ!! お前ごときが何を言うのだ、帰れ帰れっ!!」

 吉四六は陸道の脇を抱えるようにして肩を貸す。

「離せっ! お前まで死ぬぞっ!」

 吉四六から離れようと陸道は暴れる。そして吉四六を噛もうとしている中型の野槌を剣で切り飛ばす。

「はは、旦那と一緒なら望む所ですよっ! 行きますよ」
「やめろ、やめろ、もう、儂は負けたのだ、帰ってももう」
「それでも、ですね、俺は旦那を助けたいんですよっ」
「兵を死なせた責任を取らねばならぬ。生きて帰っても切腹だっ、離せ、たのむ、恥をかかさないでくれ……」

 バン、と大きな音がして、陸道の頬が叩かれた。ついでに、バンと吉四六の頬も強く叩かれた。
 目に涙を一杯に溜めた、かえが、吉四六の後ろに居る。

「か……」

 吉四六はかえ? と言おうとした。

「な……」

 陸道はなんだ? と言おうとした。

 かえは言わせなかった。二人の腕をつかみ、二人いっぺんに背負い上げ、驚くべき速度でかえは走り出す。何も背負っても居ないように、かえは、大の男二人を背に背負いながら燕が飛ぶように野を駆ける。生き残りの武士が目を丸くし、そして大きく頷いて笑い、かえの進路の野槌を斬る。

「陸道さまをたのむぞ、娘っ!」

 かかっと快活に笑って、武士はさらに野槌を斬り、退路の安全を確保する。
 無言で頷くかえ。

「娘じゃねえ、俺の嫁だ……」

 と、吉四六。

 かえは三間近く飛び上がり草地を抜け、地蔵堂の前に着地した。

 嘘のような話だが、朱矢神社に残る記録にはそう書いてある。人は極限状態になると恐るべき力を発揮するというから、かえの超人的な動きも、その例なのだろうと私(作者)は推理する。

 かえは二人を離すと、倒れ込むように四つん這いになって、荒い息を吐く。胸がふいごのように激しく上下する。ばたばたと汗が地面にしたたり落ちる。

 命を助けられた二人は、呆然と無言だ。村人が傷だらけの陸道の手当をし始める。

 かえは、きっと吉四六をにらみつけると拳で頬を思い切り殴った。すぱーんといい音がした。かえは泣きながら殴る。殴る、殴りまくり膝蹴りをし、そして亭主を抱きしめて声を上げて泣いた。

「なんか、すんません……」

 殴られて顔がぼこぼこになった吉四六は、それしか言えなかった。

 陸道退魔組は壊滅した、生き残りは陸道を入れて六人だけだった。
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