天使と悪魔の輪舞 ~学校に天使と悪魔が転校してきてなんだか張り合っているんだけど、僕を挟んで勝負をされると困るんですけど~

川獺右端

文字の大きさ
15 / 16

第十五話 看護婦と盗聴

しおりを挟む
 張り切った石川は、これから図書館で浄土真宗の本を借りて仏法を研究すると言って走り去っていった。
 超改心だよなあ。

「帰ろう、送っていくよ」
「うん」

 僕はレビアタンと肩を並べて宵の口の街を歩いた。
 僕も彼女も、黙り込んで歩く。
 山の上の中学校校舎の上に月が昇り始めていた。

「吉田くん……」
「なんだ?」
「ありがとうね」
「なにが?」
「んん、いろいろ」
「別に、友だちだろ」
「うん、ありがとう」

 お屋敷についた。
 いかついおじさんが門を開けた。

「ねえ、凄い傷だよ、手当してあげるよ」
「え? ああ、いいよ別にそんなに痛くない」

 石川の殴られた顔はジンジンと痛み、頬が張れて、歯茎から血が出ているのが味で解った。
 体もあちこちが鈍く痛く、ところどころ痺れた感じになっていた。

「でも……」
「また明日」
「おやすみなさい」

 僕は背中を向けて自分の家の方に歩いた。
 しばらく行って振り返ると、レビアタンは、まだ門の所に立っていて、こちらを見ていた。
 かるく手を振って、僕はまた歩き出す。
 体中、もの凄く痛いけど、痛くないよ。

 角を曲がった途端、僕は看護婦の格好の魔女さんに、いきなり捕獲された。

「まあ、こい」
「な、なんなんですかっ! なんでナース服ですかっ!」
「魔女だからだ」

 いつも通りぶっきらぼうに言うと、魔女さんは僕の襟首を掴み、黒いバンの中に押し込んだ。

「運の良いことに、今の私の職業は看護婦だ、治療をしてやるから、そのかわり公園であったことを全部話してもらおう」

 バンの中で、メイドさんが苦笑いしながら、僕に椅子を勧めた。
 ピンクのナース服に身をつつんだ魔女さんは、脱脂綿にごぽごぽとオキシドールを含ませて、僕の傷を拭いた。

「い、痛い」
「大丈夫だ、私は痛くない」
「そりゃ痛くないでしょう。いたたっ!」
「手ひどくやられたな。少年は喧嘩が弱いようだな」

 本職の看護婦みたいに手際よく、魔女さんは傷を処置していた。

「って、ちょっと、なんで服をぬがしますかっ!」
「脱がさないと、打撲の具合がわからない」
「あ、駄目ですよ、ズボンは堪忍してください」
「検診出来ぬだろうが、医療行為だ、変な邪推をせず脱ぐがよい」
「検診って、看護婦は検診しません、医者じゃないのだから」
「医師免許も持ってるぞ、偽造書類だが」
「医師免許を持っていたら女医です、看護婦じゃないですよ!」
「偽造だから看護婦だ」
「どういう理屈なんですかっ!」

 メイドさんがくすくす笑いながら、僕の脱いだ服にブラシを掛け、汚れを落としていた。

「い、いたたっ!」
「つまらぬな、ほとんど打撲で、骨折とかがないぞ、手当のしがいが無い」

 そう言うと魔女さんは、なんか軟膏を……。メンソレータムをぺたぺたと打撲の箇所に塗った。

「打撲にメンタム効きましたっけ?」
「何を言ってるんだ、何にでもメンソレータムは効くぞ、魔法の治療薬なんだ」

 ぬりぬりと魔女さんの手がメンタムを僕の体に擦り込んでいく。
 なんとも照れくさくていたたまれない。

「公園で何をしたのだ? 音声だけは拾ったのだが、公園にはカメラが無かった。悪魔の契約を破棄させたような感じだったが」
「いや、そのとおりですよ。痛っ! レビアタンが石川を騙して契約を結んでしまったので、破棄させました」
「どうやって? なにか不思議な力でも使えるのか? 神格があがったせいなのか?」

 というかー、魔女さんはなんでも知ってるんだなあ。朝のガルガリンと僕の会話も聞いてるのか。

「地獄行きの契約だとか言ってたので、石川に、南無阿弥陀仏を唱えさせたら、その契約が破棄されたようです」
「悪人正機説か、石川は仏に帰依して、死後の行き先が地獄から西方浄土へシフトしたのだな。それによって堕落から回避され、レビアタンの支配が切れたのか……」
「石川は超改心して、一心に阿弥陀を拝むと言ってましたよ」
「死後の魂が救われたのだ、それほどの感動だったのだろう。しかし……、仏は実在するのか?」
「さ、さあ?」
「天使と悪魔だけでも厄介なのに、他の神々まで光臨されたら大混乱になるな。困ったことだ」

「レビアタンが携帯電話を掛けています。着信先、伊藤小五郎です。傍受します」

 男前のお兄さんが、何かの機械のスイッチを入れた。
 電話の呼び出し音が、バンの中に響いた。

「で、電話まで盗聴してるんですか?」
「われわれは何でも知らないといけないのだ。気にするな、個人的な情報は聞いた端から忘れている」

 ガチャッと音がした、相手が出たようだ。

『はい、伊藤です』
『あのお、もしもし、レビアタンです……』
『ああ、これは、お元気ですか、何ヶ月ぶりでしょう、最愛の君よ』
『ごぶさたしてます、小五郎ちゃんの声が急に聞きたくなって、今だいじょうぶですか?』
『もちろん大丈夫ですよ。我が君』
『えーとですねえ……』

「誰ですか、この相手の人」
「我々の元仲間だ、旅行中、レビアタンに堕落させられた一人だ」

 ああ、と僕は納得した。

『堕落の事で言いたい事があるんです』
「レビアタンめ、石川が契約を逃れたので不安になって確認か?」

 魔女さんが、ぼそりとつぶやいた。
 そうかもしれない、あんなに簡単に契約が破棄されたら悪魔も困るのだろう。

『はい、なんでしょうか?』
『あの、堕落を簡単に直す方法が解ったんです。それをお伝えしようと……』
『はあ、そうなのですか?』
「なに?」

 魔女さんは天井を見上げ眉をひそめた。

『他の宗教に改宗すると、堕落は解消され、地獄に堕ちなくてすむみたいです』
『はは、そうなのですか』
『私も今日知りました。お伝えしなければと思ったんです……』
『後悔、なさっているのですか? あの日々の事を、私たちを堕落させた事を』
『……後悔は、してません。あの頃は、本当に楽しくて、あなた達が愛しくて、今でも心が熱くなります』
『そうですか、それは良かった』
『でも、私は変わってしまう存在なんです。今はあなた達が愛してくれたレビアタンではありません。信じられます? 今は私、中学生の女の子の姿で、中学生の心になっているんですよ。もう、あなた達が愛したレビアタンは居ないんです。だから、もう、堕落しなくて良いんだと思います。私が変わったんですから、小五郎ちゃんも変わって良いと思うんです。だから……』

 レビアタンの声が震えていた。

『我が君、お心づかい、本当に嬉しく思います。本当に愛してくださっているんだと思い、胸が高鳴りました。でも、私は堕落を解消するつもりはありません』
『どうして? 地獄におちるのよ!』
『それは、我が君、あなたを愛しているからです。今の我が君は、姿も、性格もお変わりになられた。しゃべり方も変わられましたね。私が愛した我が君の形はもう存在しないのかもしれません。
 ですが、あなたの本質はお変わりになられておりません。あなたの本質はは今でも私の愛したレビアタン様です。あなた様を裏切り、一人で極楽浄土に寂しく浮上するぐらいなら、あなた様と一緒に、地獄に堕ちましょう。それが私の願いです』
『小五郎ちゃん……。すごく嬉しい、だけど、考え直して。もうあの頃のレビアタンに戻って、私があなたに優しい顔を見せる事は無いのよ。綺麗な想い出を抱いて、ずっとずっと生きていて、そして永遠に地獄で苦しむのよ。それでもいいの?』
『たまに、地獄で顔を見せていただければ。何万年かに一度でも、ほほえみかけていただければ。いえ、贅沢ですね、我が君と同じ地獄に居るだけで、たぶん、私は心和み、地獄の窯の底で平穏に生きていけます。それが、私の願いです』
『バカッ!! 小五郎ちゃんのバカッ!! いい、今でなくていいの、ずっと後、死ぬ間際で良いから仏とかに帰依しなさいっ!! いいわねっ!!』
『つつしんでお断りいたします、我が君』

 ぐううっ! とレビアタンの泣き声が聞こえた。

『切る。さよならっ! 小五郎ちゃんっ!!」
『お声を聞けて幸せでした。ありがとうございます。我が君』

 ブツッと唐突に回線が切れた。

 バンの中がシンとしていた。

「す、すごい覚悟の人ですね……」

 レビアタンをそこまで愛していたんだ。

「……私の自慢の弟子だ。まったく、馬鹿めが……」

 魔女さんは吐き捨てるようにそう言った。

「レビアタン、回線を再び開きます、着信者、桂三郎」
「記録だけしておけ、これ以上聞かされると、私は声を上げて泣いてしまう」

 まったく感情を感じさせない固い声で魔女さんは言った。

「はい」
「まったく、不器用な生き物め」
「どっちがですか?」

 僕の問いに、魔女さんは視線を逸らし、苦笑いをした。

「両方だ」

 黒いバンに送ってもらって、僕は家に帰った。
 顔の痣を、お母さんが色々聞いて来たが適当に誤魔化して、夕食を食べた。
 ずっと、小五郎さんの事を考えていた。
 地獄に堕ちる事も厭わないぐらいの愛情は凄いと思った。
 敗北感があって、初めて、僕は自分がレビィが好きになりかけている事を知った。
 でも、僕は小五郎さんには、なれないだろうと思った。
 ガルガリンを好きになったほうが簡単なんだと思った。
 正しい道、正義の道、神への道はどこまでも高く遠く続いていて、死後も天国で楽しく会話できるだろう。その関係は永遠に続き、栄光につつまれて、幸福で幾重にもまとわれた道だ。
 レビアタンに恋をするなんて間違いだ、彼女と一緒に行く時間は短くて、閃光のようにはかない。奈落への落下であり、堕落し、みんなに石を投げられ、そして、肝心のレビアタンは形を変え、僕の側から消えていく。奈落の底で一人想い出を抱いて苦しむのだ。
 好きになってはいけないんだ。
 強情を張るほどに気持ちが大きくなる前に、しぼませて消すのが一番いい。
 恋を予防して、気持ちをガルガリンに向けよう。
 彼女は無垢で純粋で、そして無害だ。
 絶対にその方が良い。
 僕は小五郎さんにはなれないのだから……。

「文ちゃーん、お電話よー、あー、レビィちゃんから」

 僕は玄関に行って、電話を受けとった。
 お母さんは、なんか渋い顔をして僕を見ていた。

「もしもし?」
『あ、レビアタンです……。今いいですか?』

 なんだかレビィの声が少しかすれていた。
 沢山泣いたのかな。

「何用?」
『ようは……無いんだけど……。吉田くんの、声が、今、すごく、聞きたくなったの。何か……お話しして……』

 何を話して良いのか解らなかった。
 どう慰めたら良いのか。いや、その前に慰めるべきなのかどうかすら、僕には解らない。
 解らないので、しかたがないので、つっこむことにした。

「あのさ、お小遣い五千円ではスマホ代を持ち支えられないと思うけど」
『ふえええっ!! スマホ代もお小遣いからなのーっ!!』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

処理中です...