本格異世界グルメ ~格好をつけて女神様にチートなしで料理の腕でのし上がると宣言したら塩も砂糖もない農村に転生させられたんだが~

川獺右端

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本格異世界グルメ

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 真っ白な空間の中で、死んでしまった俺はひたすら調子に乗っていた。

 それはそれは、生前の比じゃないほど調子に乗っていた。
 ご臨終ハイ、という状態がもしあるのなら、まさにその時の状況の俺だろう。

「という訳で、私の大切なシモベのネコチャンを救ったせいで、トラックに引かれて死んでしまったあなたを、異世界に転生させてあげましょう、という訳なのです」
「ニョーン」

 ちょっとポヤヤンとした感じのえらい美人の女神様が、全裸で正座している俺の前でそう言った。
 彼女の膝の上の白猫も妙な声で鳴いた。

「いわゆる、チートって言うんですか、WEB小説で言われる転生特典も付けましょう。魔法のある世界なので、全属性対応で魔力が常人の五倍ぐらいでどうですか、さすがに魔力無限とかだとエネルギーの影響で時空間が歪んじゃうので駄目ですが、魔王さんぐらいだったら全然ありですよ」

 俺は背筋を伸ばし、両手を太ももに付けて堂々と言い放つ。

「チートは要りません。前世の記憶があれば問題はありません」

 その時、俺は確かにそう言った。

 仕方が無いだろう、女神様のお姿が本当に俺の好みにジャストフィットして、彼女の前ではかっこ悪い事は言えない、悪く思われたくない、素敵に見えて欲しい、と見栄を張ってしまったのだ。

「え、い、要らないんですか、現代日本とは違う世界なのでチート能力が無いと色々辛いですよ」
「はい、要りません。俺は常々、なろうとかの異世界転生の奴らはズルいと思っていたのですよ、現地の人と同じ条件で戦っても無いのに何の達成感があるのか、何が偉いのか、とね。俺は卑怯が嫌いな一本気な男なので、チートなんか要らないのですっ」
「そ、それは、ええと、ご立派な覚悟ですね、御厨隆二(みくりやりゅうじ)さん。で、では、どこか中ぐらいの国の王子さまに生まれるようにしましょうか、ねっ、そうすれば来世は勝ち組で楽しいですよ」
「ニョーン」

 そうしろそうしろとネコチャンさんも言っているようだが、調子に乗った俺はさらに気分が大きくなり、その忠告は届かなかった。

「平民でかまいませんっ、前世の記憶と、この腕に宿った料理の腕で自分で成り上がりますからっ」
「ええっ、あの、地球で言うと中世ぐらいの文明レベルなので、平民ってすごく大変ですよ、せめてお金持ちとか、武家の出とか、ねっねっ」

 俺はその時、余裕の笑みさえ浮かべていた。

「その世界では平民も生きているのでしょう、で、あるなら俺だけ特別扱いはいりません。自分の力だけで頑張ります」
「本当に良いんですか~?」
「ニョーンニョーン」

 やめとけよリュウジとネコチャンさんが言っている気がするが、かまわないのだ、なぜなら、俺は立派で正しい人間だからなのだ!

「それでは、異世界に転生させてもらいますね」

 女神様は手をくねくねさせて不思議な光を集め始めた。

「御厨隆二さん、あなたの新しい人生に幸いがありますように」
「ニョーンニョーン」

 ネコチャンさんも祝福してくれた。
 俺の体は女神さまの光に包まれてどこかへ移転していく。

「覚悟してくださいね、私の世界、意外に本格ファンタジーなんですよ」
「えっ?」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「……」

 十五年前の俺を絞め殺してやりた~い。

 と、俺は記憶が蘇った瞬間に、そう強く思った。

 俺は村の畑を狙う魔猪を棒で叩いて追っ払っていた所、逆襲され体当たりされ河原に転げおちて岩に頭を打ち付け、十五年前の白い空間の記憶を取り戻し、前世の記憶も取り戻し、そして頭を抱えて後悔しながら河原でぐねぐねとしていた。

 チート、取っとけよおっ!!
 せめて貴族に生まれさせてもらえようっ!!
 馬鹿だなあ俺!!
 女神さまに見栄を張っても付き合っては貰えねえんだよっ!!

 おおおおおおっ。

 涙が出てきた。
 十五年前のご臨終ハイの時の頭では解らなかったが、この世界の平民は酷い。
 しかもだ、内陸の農村だ。
 WEB小説の小綺麗な平民なんか存在しないんだ、ここは本格ファンタジーどころか、リアルの西洋風味の中世農村だ。

 地獄だ地獄。

「ちっくしょ~~~!!!」

 前世の記憶は蘇ったが、この世界で十五歳まで馬鹿農民の子供として生きていた記憶もある。
 農作業づくめで学校どころか本を読んだ事もねえ。
 遊びは森に行って枝を拾って大暴れだ。
 しかも森には魔物が出るから、子供は年に五人は死ぬ。
 良く俺は死ななかったな。

 そして、ここは農村だ、農村。
 村中で小麦と芋を作って、それを売って細々と生きている。
 一年の楽しみは、たった二回、春祭りと、収穫祭だけだ。
 それ以外は休みも無く、ただ畑と向かい合う生活だ。
 飯も不味く、兄妹も多いから取り合いで殴り合いで取っ組み合いだ。

 あの時の俺は、転生先を日本の平民のつもりで考えていた。
 だが、この世界の現実の農村はいわばヘルモードだ。
 チートも無い、身分も金も無い。
 何が前世知識だ、料理の腕だ。
 農村ではそんなもの振るいようも無いだろうっ。

「そ、そうだステータスを見よう、女神さまかネコチャンさんが気を利かせて、なにか有能なスキルを入れてくれたかもしれない、農耕神の加護とかっ」

 俺は中に手をかざした。

「ステータスオープン!!」

 ……。

 何も出ませんでしたー。

 その後必死に、ステータスウインドウとか、オプションとか、レジストリとか思いつく限りの言葉を発したが、何も出ませんでした。

 俺はがっくりと河原に崩れ落ちた。

「俺の異世界グルメは、始まる前に終わった」

 俺は悲しくなった。
 涙を流した。
 おいおいと声を出してむせび泣いた。

 無理だ、金も才能も無くて、ただ前世の記憶だけを頼りに成り上がるなんて。
 俺は中世の農村舐めてた。
 舐め倒していた。

 西洋中世の農民の子供というのは、将来何になるかというと、農民なのだ。
 それ以外の選択肢は無い。
 勉強が出来ても、勉強ができる農民になるだけで、料理が上手かったら料理が上手い農民になるのだ。
 前世の日本みたいな職業の自由なんてものは元から無いのだ。
 農民の息子が腕っ節が強いからといって騎士に取り立てて貰える事は、まず無い。
 良くて冒険者だ。
 そして、俺はこの世界で十五年育ってきて解った。

 俺は喧嘩がめっぽう弱い。

 村の中の男児の順位だと、下から五番目ぐらいだ。

――万策、尽きた。

 俺は立ち上がり、肩を落としてとぼとぼと家に向かった。
 夕方まで芋畑の見張りの約束だが、そんな気分になれなかった。

 家に帰って泣こう。

 柵に囲まれた村の中に入る。
 なんというかすんごいボロい家々が並んでいる。
 俺の家もその中の一つだ。

 部屋は一部屋、藁の寝台でみんな裸になって毛布にくるまって寝る。
 シラミ、ノミ完備で、犬も居る。

 前世の水準からすると考えられないぐらいの水準の貧乏なのだが、恐ろしい事に、これで村では中流家庭だ。
 下を見ると、どこまでも貧しい人が居る。
 女神様へのリクエスト通り、これがこの世界の平民なのだ。
 文明という物が無い暗黒の中世農村はここまで酷いのだ。

「ただいまー」
「おかえり兄ちゃん、畑の番は?」
「ちょっとショックな事があったので今日は休みだ」
「えー何言ってんの、お父さんにぶたれるよ」

 この藁(わら)で縄をなっている、ちょっと可愛いが芋臭いのが今世の妹のピカリだ。
 ハツラツとした働き者だが食いしん坊である。
 良く俺のシチューの肉をかっぱらってくる。

 このピカリを混ぜてこの家には五人の兄妹がいる。
 兄が二人、姉が一人、俺が一人、妹がピカリだ。
 あと三人兄弟が居たのだが、色々あって死んだ。
 農村の人間は沢山生まれて沢山死ぬ。
 病気で、飢えで、怪我で、魔物に食われて、人は死ぬ。
 なんというヘルモードか。

 悲しくなって涙が出てきた。

「わわ、大丈夫かリュージ兄ちゃん、マジに具合悪いのか」
「兄ちゃんは心の病にかかったんだ」
「なんだあ、恋の病か、マリアか? セシルか? 兄ちゃんも気が多いからなあ」

 ピカリが言う村の女子の顔を思い出す。
 ……、良くもまあ、あんなジャガイモみたいな女の子に欲情していたな、俺。

 ああ、この前世の記憶って呪いかもしれない。
 思い出さない方が楽しい異世界農村生活を過ごせたかもしれないなあ。
 ヨヨヨ。

 母ちゃんが野草を籠一杯に摘んで戻って来た。
 部屋の隅で泣いている俺を見て眉間にシワを寄せた。

「どうしたんだいリュージ」
「なんか、ついに脳に来たみたい」
「んな事ねえよっ!」
「畑の番してたんじゃ無いのかい」
「魔豚が来たんで追っ払ったけど体当たりしてきて、吹っ飛ばされて頭を打ったから休みに来た」
「お、ほんとだ、すげえこぶ」

 ピカリが後頭部を撫でた。

「いてえっ!」
「あ、ごめん」

 母ちゃんが寄ってきて、俺の額に手を当てた。
 ゴツゴツしてるけど暖かい手だな。
 前世では施設に居たんで母ちゃんを持ったのは今世が初めてだ。
 照れくさいが悪くは無い。

「熱は無いね、打ったのかい? 気を付けないと、頭を打つとぽっくり逝ってしまう事があるからね」
「それよりも母ちゃん、俺は頭を打って料理に目覚めた」
「「は?」」
「美味しい物を作るから材料を出せ」
「男は料理なんかしない物だよ」
「兄ちゃんおかしくなったか?」
「いいんだ、うるせえっ」

 俺は二人の声を振り切って台所に立った。
 というか、一間の家だから入り口の隣だ。
 というか、カマドと作業台しかねえ。
 包丁と、まな板ぐらいはあるが、ザルとかがねえな。

「母ちゃん、塩はどこだ」
「無いよ、そんな高い物」

 俺は母ちゃんの顔を見た。
 嘘では無いようだが、塩分が無ければ人は生きていけないぞ。

「シチューの味付けはどうしてんだよ」

 そういや、俺の記憶の中のシチューはやたらと薄味だったな。

「塩漬け肉から出る味で調整してんだよ」

 ……塩が、無い、だと……。

「じゃあさ、じゃあ、砂糖とかも……」
「お前、馬鹿な事を言ってんじゃあ無いよ、砂糖なんかお貴族様が薬に使うような物で私なんか見たことも無いね」

 俺は台所でがっくりと膝を付いた。

 グルメ無双、本格終了~~~。

 塩も砂糖も無いとは思わなかった。
 俺の唯一の取り得が前世のバイトで覚えた調理経験だと言うのに……。
 女神様が貴族へ転生を勧める訳だよなあ。
 というか、チートが欲しい。
 俺は再びむせび泣いた。

 まて俺、泣いてばかり居ても何も解決しないと、タキシード仮面様も言っていた。
 出来る事を考えるんだ、出来る事……。

 小麦はある。
 だが、高く売れるので俺らの口には入らない。
 俺たちが食うのはライ麦で作った黒パンだ。
 白パンをお婆ちゃんのために箪笥にかくしていたのはハイジだ。
 だが、ある事はある。

 塩も砂糖も無い、だが酸っぱくなったワイン由来の酢(ビネガー)はある。
 料理のさしすせそのすだけあるのだ。
 せ、の醬油も、そ、の味噌も無い。
 というか、この世界だとたぶん無い。
 西洋風味だからな。

 バターは……、ある。
 臭い山羊バターだが。

 あと芋もある。
 芋はジャガイモじゃなくてサツマイモでもなくて、なんだスダラ芋という前世では見た事がない芋だ、里芋っぽいかな。

 塩気は塩漬け豚肉の物を使えばどうか?

 ……。

 だめだ、あれは秋に漬けた肉で今や真っ黒で臭い。
 臭みが移っては料理とは言えまい。

 ああ、前世の真っ白な塩が欲しい。
 ピンク色の岩塩でも良い。
 どうにかして手に入らないものだろうか。

 どかんと背中を蹴られた。
 振り返ると母ちゃんが俺に膝蹴りをくらわせていた。

「なにをするっ」
「おどき、晩ご飯の準備をするんだよ。料理とか言ってたんだから手伝うんだよね」
「お、おう」
「まずは水を汲んできな」
「解った」
「今日はえらく素直だね」
「何時も文句たらたらなのにねえ」

 だまれピカリ、兄ちゃんはさっき生まれ変わったのだ。

 バケツを二つ持って家を出るとピカリもバケツを持って付いて来た。
 ちなみに、バケツは木製で取っ手は縄だ。

 井戸は村の中心にある。
 晩餐前なのでおばちゃんたちが並んでいるな。

「あら、リュージちゃん、お手伝いかい、偉いねえ」
「そうなのよ、おばさん、お兄ちゃん頭打って気が狂ったみたい」
「そうなのかい、でも水くみしてくれるのは良いねえ」

 水くみは女の仕事と言うことで、男は手伝わない。
 水くみを手伝う男は珍しいんだろうなあ。

 井戸は桶を投げ入れて、地下十メートルぐらいある水面からくみ出す。
 文字通り腕力で引っ張り上げる単純な構造だ。

 巻き上げ式井戸……、そういや竹の反発で水を汲む井戸をアニメか何かで見た事があるな。
 手押しポンプとか作れれば良いんだけど、構造がわからん。
 木工技術があれば異世界知識チートが出来そうではあるが……。
 おっと、おばちゃんの水くみが終わった。
 
 桶を投げ入れ、水を引っ張り上げる引っ張り上げる引っ張り上げ……。
 重いんじゃこのやろうっ!
 くそう、リアル中世農村のいまいましさよっ!
 こう、水魔法とかでさあ、ばしゃばしゃやれないんですかっ?
 魔法がある世界なんでしょうにっ。

「ピカリ、お前、水魔法とか使えないのか?」
「何言ってんだ兄ちゃん、庶民は魔法なんか使えないぞ、魔法が使える子供がいたら御領主様がさらって行って家来にしてくれるぞ」

 ……。

 あー、たしかに記憶でもそうだわ。
 村の神童だったタルカシくんが御領主さまにさらわれて行って、戦争に行って骨になって帰ってきたわ。
 ああもう、リアル中世ってクソだなっ!

 ぜいはあ言いながら二つのバケツに水を汲み終わった。
 両手にバケツを持つ。
 重い。

「兄ちゃんは欲張って馬鹿だなあ。一個のバケツで何回かに分けて運べば良いんだよ」
「だまれ、そんな非効率な事ができるか」

 俺はそこら辺に落ちていた棒を拾ってバケツを左右に釣るし肩に乗っけた。
 カンフー映画の修行シーンでみた光景だ。

「お、おおっ?」
「これなら二倍運べるぜっ」
「おおっ、兄ちゃん頭良いなっ!」

 ちょっと後ろのバケツが落ちそうだから、紐でくくってみた。
 うん、ヨシ!
 そのままひょいひょいと家に帰る。
 家に入るとヤジロベエのような俺を見て母ちゃんが爆笑した。

「面白い事するねえリュウジ」
「お母ちゃん、これ、便利だよ。ねえねえっ、専用の棒作ろうよ兄ちゃん」
「そうだな、バケツが落ちないように左右に出っ張りを付けると良いかも」
「それだ、兄ちゃん!」

 水を水瓶に移した。
 これを日に何回もやるのか。
 水道が欲しいなあ。
 あと、シンクとガスコンロ。

 母ちゃんが台所に立って芋をむき始めた。

「手伝うよ」
「あら、珍しい」

 包丁を取って芋をむく。

「あら、ピカリよりも上手いわね、どうしたの初めてなのに」
「まかせてっ」

 芋の皮むきは前世のバイトでよくやっていたからね。
 でも切れない包丁だなあ。

 俺は土間に目をやって、落ちている石を拾った。
 まあ気休めだけど。
 石を使って包丁を研いだ。
 若干切れるようになったかな。

「ありがとう、二人でやったから早かったわ」
「任せてよ、母さん」
「兄ちゃんが母ちゃんに媚びを売っている」
「うるせえっ」

 あとは鍋で煮るだけだな。
 というか、何時ものシチューだ。
 一年中、食事と言えばシチューと黒パンだけだな。


 父さんと兄貴二人が帰ってきた。

「おや、リュウジ、畑の番はどうした?」
「魔豚が出て、追っ払ったけど体当たりされて頭を打ったから帰ってきて休んでた」
「また魔豚か、狩人に依頼しなければならないな、怪我は大丈夫か」
「平気だよ」
「兄ちゃん、頭打って気が狂った」
「狂ってねえ」

 俺はピカリの頭をチョップした。

「料理したいとか言い出した」
「料理? 料理なんざ、女のやることだぞ、男のやる事じゃねえ」
「急にやりたくなったんだ」
「本気か?」

 大兄ちゃんと小兄ちゃんもいぶかしげな顔で俺を見た。

「意外と器用で芋の皮むきを手伝ってくれたよ」
「怠ける言い訳じゃないのか」

 そんな事はしない。

「まあ、飯をくおう」

 姉ちゃんが村の集会所から帰ってきて、晩ご飯が始まった。
 集会所では、機織り機で布を織っているんだな。
 そこで出来た布は俺らの貧しい衣服となる。

 今日のメニューは、シチューに黒パンだ。
 黒パンはびっくりするほどでかい。
 それをもしゃもしゃもしゃとみんな食べる。
 農民は肉体労働だから、カロリーが無いとやっていけないんだな。
 だから飢饉にも弱い。

 おかずはスダラ芋のシチュー、具は芋と野草あと臭い肉。
 塩っ気はほとんど無くてまずい。
 一度作ったら、一週間ほどこのシチューを続けて食べて、無くなったら、また同じシチューを作って、えんえんと食べる。
 食事のバリエーションなんかは無い。
 
 クソ不味い。
 だが、完食した。
 現地のリュージくんの感覚を総動員して飲み込んだ。

「それで、料理を作りたいとはなんだ?」
「俺は美味しい料理を作って立派な料理人になりたい」
「「「「「……」」」」」

 食卓は嫌な感じに沈黙した。

「美味しい料理って、お前、街に出て料理店とかにでも勤めるのか?」
「できたらそうしたい」
「無理だ、伝手が無い、農民の子供が街に行っても雇って貰えるもんじゃないぞ」
「じゃあ、美味しい料理を作って認められたい」
「ばーか、お前はろくな料理を食った事が無いのに、美味い物なんか作れねえだろっ」
「リュー兄ちゃん、頭を打って狂った」
「ああ、そうなのか、面倒だな」

 小兄ちゃんが嫌な顔をした。

「料理人になるのに何が必要だ? 金以外なら考えてやる」
「本当か、父さんっ!!」
「父さんは甘すぎる」
「どっちにしろリュージに分ける畑は無い、何かしたい事があるならやらせて見るのも手だ」

 そうなのだ、農民は子だくさんだが、全員が独立できるほど家は裕福では無い。
 俺はほっとくと、大兄ちゃんにこき使われる小作おじさんになってしまう。
 そういうおじさんは村に沢山居て、色々見ていて切ない。
 まず結婚も出来ない。

 唯一の選択肢としては、開拓村に参加して、村を立ち上げるしか一家を立てるしかない。
 というか、それも死ぬほどキツイ。
 開拓村がちゃんと回り始めるまで、掘っ立て小屋で食うや食わずの生活を何年も続ける事になる。

「料理の材料が欲しい、芋と、小麦粉と、山羊の乳、それから塩」

 この村ではそれくらいしか準備が出来ないな。

「芋も、小麦も、乳もあるけど、塩はねえ……」

 母ちゃんが物憂げな顔でそう言った。

「塩なんか、秋の収穫祭に村で共同購入するような貴重なもんだ、リュージなんかに買ってやる必要はねえよっ」
「もっと他の職を考えろよ、大工とかどうだ? 鍛冶屋とかよう」

 小兄ちゃんはガテン系を勧めてくる。
 職人系は潰しが利くので確かにお勧めかもしれないな。
 だが、俺は力仕事は嫌だ。

「塩があれば、料理が作れるのか?」
「あ、ああ」

 芋とバターと塩があれば、マッシュポテトとか作れる。
 料理とは言えないかも知れないが、俺のここでの十五年、お祭りの時でも見た事がねえ。
 ひょっとするとこの世界は蒸かす料理は無いのかもしれない。
 まあ、油が無いので揚げ物も見た事が無いが。

「よし、やってみろ、駄目だったら駄目な時だ」

 父さんが首から革の小袋を取って、テーブルに置いた。

「俺が冒険者をやっていた時の唯一の宝物、岩塩だ」

 革袋の中からピンク色の岩塩が顔を出した。

「冒険者やってたんだ」
「若い頃、一攫千金を目指して冒険者になって、一年でやめた。一緒に行った村の奴がオークにぺしゃんこにされて死んで、俺は心が折れちまった。その冒険者時代の装備を売って、もしもの時のために岩塩を買ったんだ」

 大兄ちゃんが立ち上がった。

「父さん!! この家の物は俺が相続するって」
「これは家の物じゃない、俺の思い出だ。俺の思い出を息子にやって何が悪い」
「いや、それを売れば金貨ぐらいになるじゃないかっ、こんな役立たずにやっちゃうのかよっ」
「大兄ちゃんはがめつすぎるよっ」
「なんだとっ、ピカリ!!」
「いひひっ」

 ピカリは舌を出して食卓から逃げ出した。

「と、父さん……、良いのか?」
「ああ、思った通りやってみろ、それで駄目だったら、また何か考えろ。何時も怠けてばかりのお前が珍しく何かする気になったんだ、俺は応援してやる」
「父さん……、父さん……」

 俺は感動で胸がつぶれそうになった。
 涙で前が見えなくなった。
 ああ、前世でもこんなに優しくされた事は無い。

 俺は革袋を受け取った。
 手の平に収まるぐらいに小さかったけど、なんだかずっしりと重かった。

「美味しい物を、作るよ、絶対……」
「ああ、がんばれ」
「良かったね、リュージ」

 母さんも笑ってくれた。
 大兄ちゃんは面白く無さそうに立ち上がり、服を脱いで寝台に転がった。

 俺は岩塩の袋を首に掛けた。
 ずっしりと重い。気がした。

「えへへ、良かったなあ、リュージ兄ちゃん、美味しい物作るのか」
「おう、作る」
「じゃあ、あたしが食べてやんよー」
「食いたいだけだろ、お前は」

 とりあえず、服を脱いで寝台に入った。
 隣にも全裸のピカリがするりと入ってくる。
 世が世ならばセンシティブで大変だが、なにしろ西洋風中世である、色気とかは無いなあ。
 まだ午後七時ぐらいな感じだが、灯りが無いので寝るしかない。
 その代わりに、朝は太陽が昇ると同時に起き出すから早い。
 健康的な生活と言えるが、まあ、地獄貧乏だな。
 ヤダヤダ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 さて父ちゃんから貰った岩塩が手には入って、俺の異世界グルメは奇跡的に再出発した。
 とはいえ、素材がなさ過ぎるなあ。
 とりあえずスダラ芋を蒸かして……。

 ええ、蒸し器が無いので、ザルから製作である。
 TOKIOか俺は。

 村を回って端材を拾って来た。
 木っ端一つも貴重な貧乏村だから探すのに苦労したぜ。
 家にあるナイフで削って、組み合わせて、なんとかザルっぽい物を自作した。
 見た目が悪いなあ。

 とりあえず、鍋の中に水、不細工なザル、皮を剥いたスダラ芋を並べ、その上に木の鉢を被せた。

「なんだい、この仕掛けは?」
「蒸すって調理法さ」
「変な事をするんだねえ」
「芋は芋だろお、兄ちゃん」

 ピカリは今日も縄をなっている。
 奴はまだ、機織り所に行くには小さいからね。

 兄貴達は畑だ。
 と言っても、草取りとか雑事しか、この時期の仕事は無いけどな。
 明日は御領主様の麦畑に行って労働奉仕である。
 税金の代わりに労働をする訳だ。
 美味しいご飯を振る舞ってくれるので結構人気がある。

 蒸かし蒸かし~~。
 おおスダラ芋なのに良い匂いがしてきたな。
 うぇひひひっ。

「良い匂いがする~~」
「本当だね」

 三十分ほどたった。
 木の枝を削って作った箸で芋を押してみる。
 お、すっと入るな。

「できあがりか! 兄ちゃんっ!!」
「まだまだっ!!」

 マッシュしてからが本番だ!!
 蒸かした芋を木の鉢に入れ、木のスプーンで潰す。
 潰す。
 潰す。

 ……、あるえええ?

 綺麗につぶれない、あちこちに玉が出来てる感じ。
 ちょっと食べて見る。

 もにゅもにゅ……。

 ……、なんだこの食感、カスカスだ。
 えーっ?

 ……、そうかっ、前世の日本の食品って品種改良で超美味しくなっていたんだった。
 まじか、こんな味にしかならないのか。

 とりあえず、山羊バターを入れて、宝の岩塩をナイフで削って少し入れて混ぜる。

 ぱくり。

 ……。
 だめだ、カスカスで不味い。
 なんだよ、この芋、全然駄目じゃん。
 なんだよなんだよ、これじゃあグルメとか、ありえねえじゃんっ。

「駄目だ……」

 俺はがっくりと肩を落とした。
 ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

「駄目だったのかあ、兄ちゃん」
「まあ、また別の料理に挑戦すれば良いよ、失敗する事もあるさね」

 くそうくそう、グルメで成り上がる計画が再頓挫した。
 もうだめだ、うだつの上がらない小作おじさんとして一生俺は、この土地で暮らして行くしか無いのか。

「兄ちゃん、それくれ」
「失敗作だ、不味いぞ」
「不味くても、お腹は膨れる」

 ピカリは何と言う卑しん坊なのかっ!
 食欲魔神だなっ。

「まあ、良いよ、食え」
「ひゃっほうっ!!」

 ピカリは木のスプーンで、マッシュスダラ芋を掬って口に入れた。

 そして、そのまま硬直した。

 なあ、不味いだろ。
 あの食欲妹が動きを止めるぐらい不味い。
 魔豚に出して、狩りの一助とかにはならないかな。

 と思ったら、ピカリの顔が花のようにほころび笑顔になった。

「なんだよっ!! にいちゃんっ!! これすげえ美味いぞっ!!」
「は?」

 俺はまさかと思ってマッシュスダラ芋を口に入れた。
 カスカスで不味い、よな?

「母ちゃん、母ちゃん、食ってみ、食ってみ」
「え、そんなにかい?」

 母ちゃんはピカリの出した匙からマッシュスダラ芋をパクリと食べた。
 そして硬直。
 五秒後、花開くように笑顔になった。

「これは美味しいわあ、すごいわよリュージ!!」
「はあ?」

 パクリ、むぐむぐ……。
 だめだ、前世のマッシュポテトとは比べものにならないぐらい……。

 あっ!

 前世の味と比較するから不味く感じるのであって、この世界の薄味シチューやすっぱい堅い黒パンとか食べている人間にとっては凄く美味いのか、もしかして?

「兄ちゃん、頭打って狂ったかと思ったけど、これなら天下とれるよっ!!」
「すごいわね、スダラ芋がこんなに美味しくなるなんて、晩ご飯に出して、お父さんにも食べて貰いましょう」
「お、おう……」

 ……。

 こいつらの舌、馬鹿じゃねえのか?
 ひょっとしたら、塩味付いてれば天上の味覚じゃねえのか?
 グルメで成り上がろうと思ったけど、超楽勝なのかも。

 まあ、でも、ピカリと母ちゃんが幸せそうなら良いか。
 俺はマッシュスダラ芋を口に運んだ。
 もっきゅもっきゅ。

 不味い。

 もうちょっと滑らかさとか、無いもんかね。
 品種改良してえっ。
 でも百年ぐらいかかりそう。

 晩ご飯にマッシュスダラ芋を出した所、大好評であった。
 あの大兄ちゃんも顔をほころばせて、やったなリュージと褒めてくれた。
 父ちゃんも満足そうで嬉しかった。
 岩塩を貰った恩が少し返せたかな。

「よし、明日御領主さまに献上しよう」
「えっ、いや、さすがにそれは無理があるんじゃない?」
「平気だ、俺はこんなに美味しくなったスダラ芋を食った事が無い、御領主さまも同じだと思う。スダラ芋が美味しく食べられるのは大発見だぞ」
「いやあ、無理じゃ無いかなあ」

 みんなに褒められて嬉しかったが、俺はそんなにマッシュスダラ芋が美味しいとは思えないのだが。
 お貴族様はもっと良いもの食ってるから、無礼者とか言われて父ちゃん斬られないかな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 次の朝、村の衆総出で御領主さまの畑へ。
 まあ、この時期はあまりやること無いので雑草むしりぐらいである。

 家令さんが来たので父ちゃんが恐れながらと、綺麗な鉢に入れたマッシュスダラ芋を差し出した。
 一口食べて家令さんは目を丸くして固まった。

「これは素晴らしい、本当にスダラ芋か?」
「はい、うちの息子が工夫して料理いたしました」
「ちょっとまて」

 家令さんは御領主さまの舘へピューと走っていった。

 ここの御領主さまはバーモント子爵さまという貴族様だ。
 領主の舘は素晴らしく大きく見えるが、前世の感じからすると豪邸って感じでお城ではないね。
 貴族様は文化的な生活してるんだろうなあ。
 美味しい物も食べ放題だろうに。
 やっぱり地産のスダラ芋だからという利点があるのだろうか。

 家令さんがピューと戻って来た。

「レシピをお買い上げになるそうだ、よかったな、ミカル」
「ははぁっ」
「は?」

 父さんは頭を地に着くぐらい下げた。
 俺は、なんだかぼんやりしていた。

「良かったなっ!! リュージ!!」
「レシピを買う?」
「そうだ、この画期的な料理法を買い上げるとのお達しだ。天晴れだ、ミカルの息子リュージよ、さあ、中に入れ、御領主様が顔を見たいそうだ」
「え、いや、その」

 この格好でお貴族さまと面会するの?

「ミカルも来い、いやいや、めでたいめでたい」

 家令さんに押されるように俺は御領主さまの舘に入った。
 おお、前世で行った博物館みたいな室内だな。

 家令さんに通された広間には、子爵様とおぼしき髭のおじさんと、丸まると太った御令嬢がいた。
 太っている上にニキビだらけで、あれだ豆大福令嬢と心の中で呼ぼう。

「料理を作った、ミカルの息子、リュージを連れて参りました」
「おお、ご苦労。リュージというのか、農民の息子のくせに繊細な料理を作るとは、いやはや天晴れ天晴れ、レシピを買い上げてやろう」
「あ、ありがたき幸せ」

 豆大福令嬢はマッシュスダラ芋をフォークで口に運びもぐもぐと咀嚼して、とびきりの笑顔を見せた。

「わたくし、スダラ芋が苦手でしたの、シチューに入っていても避けていたぐらいよ、でも、この料理法なら幾らでも食べれますわ。口当たりが良くて、ほんのり山羊バターの香りが漂って、素敵な味わいね。リュージさん、お名前を覚えておきますわ」
「あ、ありがとうございますっ」

 なんか、ぽっちゃりさんだが、笑うと可愛いな。

 家令さんがお盆に革袋を乗せてきた。

「金貨二十枚である。また何か料理を思いついたら持って参れ」
「期待しているわよ、リュージさん」
「ははぁっ!!」

 俺は父さんと一緒に地面に着くぐらい体を曲げて頭を下げた。
 ああ~~、なんだか、すごく嬉しいな。
 俺の異世界グルメが開幕した感じだ!
 やったぜ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 父さんと一緒に家路につく。

「父さん、金貨を半分持って行って」
「馬鹿、お前が稼いだ金だ、次の料理の準備に使え」

 あ、思いついた。

「じゃあ、金貨十枚で岩塩を買うよ、それなら良いでしょ」
「お、おう、だけど良いのか、金貨一枚出せば、もっと良い岩塩が沢山買えるぞ」
「父ちゃんの思い出の岩塩だからさ。これは幸運の品で使わないでお守りにしておくんだ。苦しい事があったら、これを見て頑張るんだ」
「こいつう」

 父さんは笑って俺の頭をガシガシと撫でた。

 遠い山脈に日が落ちようとしていて、あたりは夕焼けで真っ赤だ。
 不意に差し込むように胸が痛くなって、涙が流れた。

「ど、どうした、どこか痛いのか」

 俺は首を横に振った。

「俺は悔しいんだ」
「な、なんでだ、御領主様もお嬢様もあんなに美味しいって褒めてくれたじゃないか」

 ちがう、俺の知ってるマッシュポテトは、もっともっと美味しかったんだ。

「もっと美味しく出来たはずなんだ、俺は、父ちゃんに、母ちゃんに、ピカリに俺の思っていた美味しい料理を届ける事ができなくて、それが悔しいんだよ」

 父ちゃんは静かに深く笑った。

「馬鹿だな、まだまだこれからだろう、もっと美味しいものを食わせてくれるんだろう」
「うん、うん……」

 涙がこんこんと出てきた。

 ああ、そうか、俺は料理で成り上がりたいんじゃ無いんだ。
 俺はこの世界で出来た初めての家族に美味しいものを食べさせたかったんだ。
 だからこんなに悔しいんだ。

 すとんと腑に落ちた。

 がんばろう、本格で無駄にリアルで大変な異世界だけど、美味しい物を作って、家族を笑顔にしよう。
 沢山の人を笑顔にしよう。
 御領主さまも、豆大福令嬢も、みんなみんな。
 この異世界の全ての人を俺の料理で笑顔にするんだ。

 俺は、そう、決めた。

(了)



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