婚約破棄されたので悪役令嬢辞めます！

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「どうやら、あのリアンって人も私と同じ下町に住んでるみたい。」

布を買いに出かけるたび、偶然リアンの姿を見かけることが増えた。  
ちらりと目が合うと、彼はわずかに顎を引いて挨拶のような仕草をするが、特に話しかけてくるわけでもない。

「まあ、私も積極的に関わりたいわけじゃないし……」

けれど、どこか気になってしまうのが正直なところ。  
公爵家の娘と聞いたときの、あの驚いた表情が忘れられない。

「私が昔、王宮で舞踏会とかに出てたころ、彼はどこで何をしていたのかな。」

そんな想像をしても、本人に聞く勇気はない。  
そもそも、自分自身の過去をあまり人に話したくないからだ。

「婚約破棄された元悪役令嬢……なんて言ったら笑われるに決まってる。」

下町では貴族の称号は通用しないし、かえって反感を買うこともあるかもしれない。  
それを考えると口が重くなる。

「でも……あの人も、なんだか訳ありな雰囲気があるわよね。」

少しギラリとした目つき、街角で怪しげな人とのやり取り。  
どこか影を背負っていそうで、それでも自分に危害を加える様子はない。

「何か……隠してるのかな。」

思わず呟いた自分に驚く。  
互いに何も知らないままで、こんなにも相手のことを考えているのは変な気分だ。

「私が気にすることじゃないわ……今は自分のことで精一杯なんだから。」

そう言い聞かせるように、針仕事に集中しようとする。  
少しでも腕を上げて、自分の道を切り開かなくてはならない。

「そう、私には目指すものがあるんだもの。無駄なことを考える暇はないわ。」

けれど、一度芽生えた好奇心は簡単には消えない。  
市場でリアンの姿を見つけると、つい目で追ってしまう。

「彼、何をして生活してるのかしら。仕事は……してるようには見えないけど……」

ある日、思い切って声をかけようとしたとき、彼は明らかに素行が悪そうな男たちと言い争いをしていた。  
それを見た瞬間、やはり関わってはいけない世界の人かもしれないと、セルフィーナは足を止める。

「私……こんな人に近づいちゃだめよね……」

内心でそう思いながらも、胸がざわつく感覚。  
そのまま図書館へ足早に向かい、考えるのをやめようとした。  
しかし、互いの過去を知らないまま、微妙な距離感だけが縮まらずに残っていた。