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第五話
しおりを挟むデコボコした山道をしばらく走ると古びた鉄柵の門があった。
元は白かったのだろうそれは蔦が絡まったり塗装が剥げた部分に苔が生えたりして薄っすら緑色に見える。‘この先行き止まり’‘関係者以外立ち入り禁止’の看板がくっついていた。
新見が一度車を停めて降りると門を開けて車を乗り入れ、それからまた門を閉め直して鍵もかけているようだった。
門を越えると更に道が悪いのか速度を落としてゆっくり走って行く。
やがて行き止まりに着くと、開けた場所に黒いハイエースが二台停まっていた。
どちらも紗枝達が乗っているジャガー同様フルスモーク仕様で人影はない。
ハイエースの脇に並んで停まると先に降りた新見が左側の後部席のドアを開け、冬木に続いて紗枝も外へ出た。森独特の青臭い匂いがする。見上げた空は木々の葉に覆われていて微かに覗く程度だ。
「こっちだ」
投げかけられたハスキーボイスに顔を戻せば顎でついて来いと示される。
木々と茂みの間に少し幅のある道があり、そこを冬木と新見は躊躇いなく歩くが、柔らかな土と石の歩き難さに紗枝は買ったばかりのバレーシューズで来たことを後悔した。
四苦八苦しながらついて行くと森の中に廃屋が建っていた。
雰囲気から小さな町工場を思い浮かべた。
出入り口の扉は両側にスライドして開けるタイプのものらしく、普段はグルグルに巻き付けてあるだろう太い鎖と大きな南京錠が取っ手に絡まっている。
扉の傍には体格の良い男が二人、見張り番なのか立っていて、冬木と新見を見ると慌てて煙草を踏み消した。
「遅くなった。まだ手ぇ出してないだろうな?」
「はい、言われた通り縛り付けただけで何もしてません」
明らかに体格差があるのに、まるで冬木の方が強いと言わんばかりに男達は頭を下げる。
それから一番後ろから顔を覗かせた紗枝を見て驚いた顔をした。ポカンと口を開け、紗枝を指差しながら冬木と新見に目を向ける。
「あ、あの……?」
「コイツは気にすんな。ヤボ用で連れて来ただけだ」
冬木が扉の片方をスライドさせると微かにギィと鳴ったが、定期的に油を差してあるのか錆びた見かけに反し滑らかに動いた。
中は薄暗く、床にはよく分からない機械や電気コードらしきものが雑然と置かれており、下手に触ると逆に怪我をしそうである。
扉を閉めた冬木を先頭に物の間を縫って歩く。
工場内の空気は澱んでいるのに置かれている機械の類は半分近くは埃を被っていない。物によっては外へ出したのか引き摺ったような跡があって、大半はカバーがかけてあるもののそれなりの頻度で使われているように見える。
奥へ進むと冬木がふと屈んで床を探る。
すぐに何かを見つけた様子で引き上げた。
新見の手元がパッと光ってそれを照らし出す。
懐中電灯の光の先にあったのは地下へと続く階段だった。幅は八十センチくらいか、大人が通るにも十分な広さのあるそこは完全に闇に包まれていて、新見、紗枝、冬木の順に足を踏み入れる。
恐らく一階分ほど下りて平らな地面になったが、紗枝は僅かに鼻を掠める嫌な臭いに気が付いた。
濃い鉄のような、それでいて人の汗のような、アンモニアの混ざった臭いだ。
しかし新見も冬木も歩みを止めないため紗枝も黙って続く。
こんな人気のない場所にいるヤクザ、縛り付けるという単語、この鼻につく異臭の出所を考えると通路の先にあるのは楽しい秘密基地ではなさそうだ。
不意に新見が立ち止まって振り向いた。
顔を上げると目の前に頑丈そうな鉄製の扉があり、冬木が先に立ってその扉を押し開けた途端飛び込んできた眩しい明かりに思わず左目を閉じた。
地下室はかなり広くて天井に吊るされた白い照明で見える範囲でも十畳以上ある。
壁も床も灰色のタイル張り。壁際にはステンレス製の台がいくつか並んでいて工具類が置いてある。どこかで換気扇の唸る音がしていて人口密度は八名。内四人は肘掛け付きの椅子に手足を縛り付けられて泣いていた。まるでアウトローな映画の世界に来た光景だ。
「オメェ等ちょっと外に出てろ」
冬木の言葉に四人の男が返事をして出て行く。
出入り口の脇に突っ立っていた紗枝へ誰もが訝しげな視線をやったが何も言わなかった。
室内に冬木と新見、紗枝、そして椅子に縛られ猿轡を噛まされた四人の男女が残る。
冬木と新見は壁際に立ったまま動かない。
これは視ろということか。
まず右目で眺めてみれば、目の前にいるのは道中で見た写真の人物達である。
次に左目をゆっくり開くと人間が二人と成れの果てが二人座り、手足が自由であれば今すぐにでも縋り付いて来そうな眼差しだ。
紗枝は両目で四人を見て、それからもう一度左目だけで視た。
「真ん中二人は焼死ですか」
振り返って問えば冬木が薄っすらと口許を引き上げる。
上着のポケットから煙草を取り出して咥えると新見がすぐにライターで火を点けた。肺いっぱいに吸い込んで、薄い形の良い唇から美味そうに紫煙が吐き出された。
チラと鋭い視線が四人に向けられたので追ってみれば焼け爛れていた真ん中二人の体が、今度はスプラッター映画も裸足で逃げ出すようなグチャグチャな肉塊になっている。
「今、ミンチにしようと思いましたね?」
「……すげぇな、本気で分かんのか」
「分かります。とりあえず殺すなら綺麗な死体になる方向で考えてもらえませんか? 流石に焼死体もミンチもずっと見ているのは厳しいです」
するとミンチだった二人がまだマシな状態で左目に映る。
ただし額のド真ん中に穴が開いて血が流れている。
ああ銃殺なんて初めて見たけどこれが一番マトモそうだな、なんて考えつつ四人の周りを歩きながら観察してみた。
これから殺されようとしている人間を前にしたら自分の気持ちも変わるかと思ったけれど、期待に反して心は普段と変わらず凪いでいる。
冬木と新見からしてみれば予知視が事実であるか否かを見極める場かもしれないが、紗枝には自身が無慈悲な人間なのだと改めて確認させられている気分になった。
「アイツ等呼び戻せ」
新見が命じられるまま通路へ出て行く。
煙草の苦み走った香りが漂ってきて手で散らすと冬木が低く笑い、紗枝のいない方へ紫煙を燻らせた。
数分して戻って来た新見は先程いた四人の男を引き連れている。男達は見れば冬木達と違い、どこにでも売っていそうな安価な作業着を身に纏い、汚れても良さそうな格好だ。
ただし場違いな紗枝に男達はどう対応すべきか困惑してる。
左手を上向きにし、犬でも呼ぶように指先で呼ばれて渋々冬木の傍に行く。
「やれ」
低い一言に男達が動き出す。
一番端の椅子に縛られた男が頬を殴られると、それを皮切りに殴る蹴るの暴力が始まり、鈍い音が断続的に響く。
猿轡に邪魔された言葉にならない悲鳴は次第に涙混じりに弱々しくなった。
けれども左目に写る捕縛された四人はもっと悲惨な傷を負っていて、内二人は確実に死ぬことが決まっていた。
「全然ビビらねぇなぁ」
隣に立つ紗枝を横目に零す冬木の声音は楽しげにも残念がっている風にも聞き取れるものだった。
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