龍の花嫁

アマネ

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告白

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遥か遠い昔、気の遠くなるような遠い昔、この国に加護を与えた龍を知っているかと聞かれた。

「小さいときに何回か…母に話してもらいました」

「では今一度説明しよう」


それはこの国では誰もが知っているようなお話で、子供を寝かしつけるときに話したりするものだった。
ハルカの記憶は少し曖昧であったが。


内容は、黒い龍が仲間に追われて天から落ちてしまったとき、人間が懸命に手当てをしたらしい。
仲間からも嫌われた自身を厭わずに接してくれた、その人間の心の清らかさに龍は癒され、そしてそのまま見守るうちに愛してしまったという。
人間も龍を愛していたため、伴侶となった。元々は小国だったが、龍の加護を得たことで国はどんどん大きく栄えていった。
人間の方は短命で、龍は長命だったのだが最後まで共にあるとして夫婦で逝ってしまったのだ。

最期に龍はこう言った。
自分がいなくても加護は続くだろう。何代先何年後かは分からないが、また龍が生まれるだろう。

そしてその龍を大切にする限り、国は永く繁栄するだろう——


という話だった。

ハルカも幼い頃の記憶を引っ張り出す。
忘れかけていた記憶の中で母が言っていた気がする。…美しい心で生きろ、そうすれば素晴らしい伴侶に出会える、と。
多くのおとぎ話や童話、昔話の通り、この話も教訓とかそういった意味合いが含まれているものではないのだろうか。
そんな質問を投げかける。

民の間では「王宮には龍がいる」という話がまことしやかに囁かれていのだが、ハルカは第5層にいるのでそれを知らないのだ。

「いや、違う。これは実話で、今までも龍は生まれてきていた」

「えぇ!?そんなの知りません…初耳です…」

「まぁ…そうだな。公にされているわけではない」

「それであの…花嫁というのはどうして…」

「…龍は私で4代目になるのだが、先代の龍は全て王族と婚姻関係を結んできた。国と龍の結びつきを深めるために。今代でもそう勧められているのだが…汚いのだ」

「どういうことですか?」

「初代が心の清らかさに癒されたと話しただろう。匂いで分かるんだが…酷い匂いがする。というのも今まではそれしか知らなかったから「何故こんなにくさいのだろう」と思っていた。しかし、ハルカと出会って…」

少年はハルカの手を握り俯く。
顔は真っ赤だった。

「なんて良い香りなのだろうと思ったんだ。癒されるということの意味があの一瞬で分かった気がした」

その言葉を聞いてハルカも顔が熱くなる。
こんな風に自分を見てもらったのは初めてだった。

「でも…他の層なんて行けばもっといい人…いるかも…いえ、いますよ。心が綺麗な人なんて…」

「他の層は人間が多くて匂いの全てを嗅ぎ分けることが出来ないので、分からない。もしかしたらいるのかもしれない。」

ほら、やっぱり。
ハルカは沈んだ気持ちになる。
自分が物語の主人公になるなんて土台無理な話だったのだ…

「しかし、もうハルカでなくては駄目なのだ」

耳を疑った。
何を言っているのだろうか。

「森で一目見たときから…その…香りもだが、それだけれではなく……所謂一目惚れというやつで……」

先程より更に真っ赤な顔をしてぼそぼそと言っている。
あんな汚かった自分を、本当に?
ここまで聞いても信じられない。それにまだ花嫁になると決めたわけではない。

「だって…え、私、まだ花嫁になるって決めたわけじゃなくて…」

それを告げた瞬間、少年がすごい勢いで顔を上げる。
真っ赤だが、瞳だけはこちらをしっかり見ていた。

「そっそれは困る!嫌だ!!」

「えっ…でも…」

「離れたくないし、離したくない!」

急に年相応の少年のようだ。
いや、それよりもド直球過ぎて恋愛に、ましてや異性に免疫の無いハルカは呼吸困難になりそうである。

2人で見つめ合ったまま時が止まったかのように静かになる。

すると———

「こほんっ」


「!!!!!」

「! …すまない」

「いいえ、しかしお二人の中から私の存在が消えているようでしたので」

そういうと男は呆れたように笑った。
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