愛玩少女のストリングループ

早見羽流

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勘違い

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 心羽先輩にかける言葉が見つからなくて、私は黙ってココアを口に含んだ。
 この銘柄のココアはよく飲むのに、今日はいつもよりもほろ苦く感じた。

 心羽先輩も私に返答は求めていなかったようで、二人並んで建物の壁に背中を預けながら、ココアを飲む。少し冷えてきた秋の夕暮れに、温められた私たちの吐息が小さな白い湯気として漂っていく。
 ゲームセンターや街の喧騒から少し離れた、時折通り過ぎる車の音くらいしかしない静かな道。私と心羽先輩しかいないこの空間で、時間はゆっくりと流れる。

 ココアを飲む心羽先輩の横顔を眺めながら、私は物思いにふけった。
 先輩が言っていた「大好きで大嫌い」という言葉、私にもよくわかる。大好きだからこそ、自分の思いどおりにならないことがもどかしい。はっきり言ってエゴだけど、それほどまでにその人のことを信用しているし、その人だけはせめて自分のことを理解してほしいという気持ちの表れでもある。
 そんな感情を、私は伊澄や絢愛に抱き、心羽先輩は絆先輩に抱いていた……ずっと。好きだから、好きだからこそ、その想いが強ければ強いほど、反発する気持ちも生まれてしまう。まるでヤマアラシのジレンマだ。
 そして、それに耐えきれなくなったからついケンカをしてしまった。きっとそうだと思う。

 やがて、ココアを飲み終えた心羽先輩は、空になった缶を自動販売機の傍のゴミ箱に投げ入れる。そして、白い息をはぎ出しながら大きくため息をついた。

「はぁぁ……どうしてわたしはこんなんなんだろう……ねーねを縛っちゃいけないのは分かってるのに……どうしてねーねを求めてしまうんだろう……」
「やっぱり、仲直りした方がいいと思います。好きな人と気まずいままだとずっと辛いですから……タマもここ最近そのことばかり気になってあまり他のことに意識が向かないんです」
「そうだよねやっぱり……じゃあ、お互い大切な人と仲直りしてくるってことで、次回までの宿題にしない?」
「次回?」
「そう、わたしと玲希が次会うまでの宿題。わたし、なんか玲希のこと興味が出てきたかも。もっと話したいな」
「えっ……?」

 心羽先輩はてっきりお姉さんの話がしたいがために私を捕まえていたと思っていたのに。私自身に対しても興味を持ってくれたってこと? それは嬉しいけれど、こういう時にどういう返事をしたらいいのか、私にはよくわからなかった。

「え、えっと……タマも心羽先輩と話せて楽しかったですし、心羽先輩さえよければこれからも……」
「ほんとに? いいの? わたし、本音が話せる相手がいないからすごく嬉しい!」
「ふぇぇ、た、タマなんかでよければいくらでも……!」
「ありがとっ! ……じゃあね、玲希」

 今まで見せたことの無い嬉しそうな笑顔を見せながら、心羽先輩は駅の方へ去っていく。そういえば絆先輩と心羽先輩は自宅暮らしで電車通学みたいだから、私とは方向が逆なのか。
 私は金縛りにでもあったかのようにしばらくその場から動けずに、小さくなっていく心羽先輩の背中をただ眺めているしかなかった。
 言葉をかけたり、追いかける勇気はなかった。──ただ

「……もっと話したかったな」

 ゴミ箱に空き缶を捨てながら呟いた言葉は、白い吐息と共に夕暮れの空に消えていった。


 ☆☆☆


 またしても門限間近になってから寮に戻ると、部屋では伊澄が夕食を準備して待っていた。その顔を見た瞬間、「謝らなきゃ」という気持ちと「やっぱりやめとおこう」という気持ちがせめぎ合って、胸が苦しくなった。

「おかえりぃ、タマちゃん」
「……い、伊澄あのね」

 顔を上げると、伊澄はいつもの優しげな顔で微笑んでいた。

「皆まで言うな。タマちゃんが悩んでるのは私もわかってたからさ。辛かったんだよね? 大丈夫だよ一人で悩まないで?」
「う、うん……」

 あんなに私が身勝手な態度をとっていたのに、伊澄が全く怒っていないばかりか優しい言葉をかけてくれるのが、なんか気持ち悪い。友達ならもっと怒ってほしいし、ビンタでもなんでもしてくれた方がこっちはスッキリするのに。
 どこまでいってもこの子は私の『保護者』なんだなと思ったら悲しくなった。親でもちゃんと怒る時は怒る。これでは行き過ぎて『過保護者』だ。そんなに私が頼りないのだろうか。

「ほら、ご飯食べよぉ?」
「うん……」

 結局伊澄の優しさに甘えるような形になってしまった私は、彼女に謝ることができなかった。彼女の考えには根本的な間違いがあるし、それを指摘するにはまた大人気なく怒るしかない。全てが、まるで噛み合わない歯車のようにもどかしい。それを見て見ぬふりをしなければならないのはもっともどかしい。
 もうこれ以上誰ともケンカしたくないから、私が我慢するしかないのかな。

「「いただきます」」

 久々に、一緒にテーブルに座って二人で手を合わせた。今日の夕食は私の好物の一つであるオムライスだった。伊澄も伊澄で、私と仲直りしたいと思ってくれていたらしい。オムライスの上にケチャップでハートマークが書いてあるのはちょっと恥ずかしい。でも、卵も綺麗に焼けていて、レストランで出されても不思議ではないクオリティーだ。

「……おいしい」
「えへへっ、でしょ? 私の愛情をたっぷり込めたからね。大好きなタマちゃんのために」
「愛情って」
「なに変な顔してるのぉ? 別に怪しい薬とかは入れてないよ? 可愛いタマちゃんに酷いことするわけないじゃん」

 伊澄の様子が普段と違うことに気づいた私はスプーンを止めた。いつもの伊澄は私のことをこんなに可愛いだの大好きだの言ってくることはない。あくまで保護者として可愛がってくれる程度だというのに。
 これじゃあまるで、私の事が好きみたいだ。……恋愛対象として。

「だって、伊澄普段はそんなこと言わないじゃん……」
「ごめん私、入学してからずっとタマちゃんとご飯食べてきたからさ。ここ数日すごく寂しくて……だからおかしくなっちゃったのかも」

 伊澄は恥ずかしそうに俯く。恋愛経験が皆無に近い私でも、この伊澄の反応は明らかに以前とは違うと分かった。
 分かったところでどうしようもないのだけど。そもそもとして私は伊澄を恋愛対象として見たことがないし、自分自身も恋愛対象にされるのは初めてだ。元々気分屋のところがある伊澄だが、何が彼女を変えてしまったのか、それすらも分からない。
 困った私は気づかないフリをすることにした。

「だとしたら、タマのせいだね」
「ううん、タマちゃんは悪くない。私が間違ってたの。タマちゃんはそれに気づかせてくれた……目を覚まさせてくれたの」
「……?」
「明日、ちゃんと言ってくるから。タマちゃんは私が守るよ!」
「えっ?」

 どういうことだろう? ちゃんと言ってくる? 私を守る? 伊澄は何を考えているんだろう? 止めた方がいいのだろうか? それとも……。



 彼女のその発言の意図が分かったのは、次の日の放課後になってからだった。
 生徒会に向かおうとしていた私が、隣の3年2組の教室の前を通りかかると、中から言い争うような声が聞こえたのだ。
 気になって覗いてみると、案の定野次馬の人だかりができている。そして、争っていたのは私のよく知る二人だった。

「だから、とぼけないで! 昨日あなたとタマちゃんが抱き合ってキスしてるところ見てる子がいるのっ!」
「わたし、そんなことしてないよ?」
「嘘っ! 最近タマちゃんが元気なかったのもあなたのせいだったんでしょ? あなたがタマちゃんと渡橋先輩が別れるように仕向けた。タマちゃんを狙っていたから。違う?」
「違うよ……わたしが好きなのはずっとまっちゃんだけ……なのに」
「あなたが惚れっぽい尻軽女なのは知ってるの! この前も同室だった先輩にフラれた後にすぐ茉莉ちゃんに乗り換えたでしょ?」
「そ、それは……」

 同室の伊澄と、生徒会書記の羚衣優は睨み合うように対面しながらバチバチと火花を散らしている。だが、一方的に伊澄が言いがかりをつけているような状態だった。……というか、なんか私のこと話してる!? しかもいろいろ内容がおかしいんだけど!?
 昨日からの違和感の原因はこれか! 伊澄は根本的に勘違いをしている。早く誤解を解かないと、でもどこから説明したら……
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