愛玩少女のストリングループ

早見羽流

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メイドカフェ

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「えぇぇえええええぇぇぇぇぇっ!?!?」

 反応したのはしお先輩ではなく、屋台の奥の方で大人しく売上金を計算していた別の先輩だった。

「ま、ままままじですか!」
「ままままままじよ!」
「うそ、そんな情報全くなかったのに……! こうしちゃいられない、すぐに見に行かないと!」
「行くわよ桃奈ちゃん!」
「行きましょうめぐみん先生!」

 あっという間に二人の姿は見えなくなった。しお先輩は「あーっ、ちょっと店番どうするの!」と叫んでいたが多分聞こえていないだろう。
 そういえばそろそろライブの時間か。椚坂108のライブは中学生徒会が企画したものだ。ゆりりん先輩やひさかべ先輩など、椚坂のメンバーが何人も所属している星花学園としては、それを利用しない手はない。──ということで、毎年のように文化祭にはアイドルを呼んでライブをしているらしい。
 高校生徒会長の君藤先輩、ゆりりん先輩、ひまりん先輩とかとの交渉を担当した手前、少し見たい気もする。

「でも、事前告知しなかったのはタマたちのせいなんだよね……」

 今をときめくアイドル、椚坂108のライブだ。文化祭とはいえ、大々的に告知をしてしまえば、校外からも厄介なファンが大勢集まってくるだろう。正直、生徒会と企画委員だけでそういった人達の対応をするのは不可能だし、他の展示にも迷惑がかかるということで、やるならゲリラというのがゆりりん先輩たちから示された条件だった。
 中学生徒会としても全くそのとおりだと思ったので、一も二もなく従うしかなかったというわけだ。

「なにか言った?」
「いいえ、こっちの話です」
「そう……にしてもすごいね椚坂は……」

 気づくと、先程まで賑やかだった周囲は嘘のように閑散としている。皆噂を聞いて体育館に設置されているステージに向かったに違いない。

「心羽先輩はアイドルとか興味ないんですか?」
「ない。わたしが興味ある人間は、ねーねだけだから」
「確かに」

 愚問だったかもしれない。心羽先輩は間髪入れずに即答した。
 それならわざわざ混んでいる体育館に行ってライブを見る必要も無さそうだ。むしろ、空いている今だからこそ色んなところを見て回れるというのもある。

 すっかり暇になってしまった高校2年2組の人達に別れを告げて、私たちは再び校舎の中に戻ることにした。どうせ生徒会の人達も今は椚坂のライブを見に行っているに違いないので、絢愛や伊澄に見つからないかとか、そういうこともあまり考えなくていい。


「どうせなら中等部の方にも行ってみる?」
「えっ……と、それは……」
「高校生になってからあまりあっちの校舎には行かないから、久しぶりに行ってみたいな」
「い、いいですけど、心羽先輩はいいんですか? 絆先輩にダンス対決挑まなくても」
「どうせ今部室に行っても、ねーねもライブ見に行ってるだろうからいないよ」
「そ、そうかなぁ……」

 絆先輩もあまりアイドルとかに興味があるタイプでは無いような気がする。それに、中等部の校舎に行くとその分知り合いに遭遇する確率は格段に高まる。絢愛や伊澄に遭遇しなくても、茉莉や杏咲に遭遇したらたちまち私たちがデートしているということは絢愛の耳にも入ってしまうだろう。
 でも、プランは心羽先輩に任せてあるし……。

「まぁ遭遇したらしたで、なんとかなるか……」

 心羽先輩とは少し前までは赤の他人だったのでもちろん接点は少ない。いくらでも誤魔化しようはあるとポジティブに考えて、私は心羽先輩について行くことにした。


「へぇ、中等部の校舎は全然変わってないね」

 昇降口から入るなり、心羽先輩はそんなことを口にする。

「卒業したの、今年の三月でしょう? そんな早く変わりませんよ」
「それもそうか」

 たまにこういうとぼけたことを言ってくるのも心羽先輩の魅力か。と脳内メモ帳にしっかりと書き込んだ私。警戒して周囲をうかがうも、やはり人影はまばらだ。

「心羽先輩は中等部に知り合いとかいるんですか?」
「いるよ」
「えっ、誰ですか?」
「玲希」
「ばっ……!?」

 またしても心羽先輩の不意打ちを受けた私はその場でひっくり返りかけた。その様子を見て心羽先輩はくすくすと笑っている。

「だんだん玲希の扱い方がわかってきたかもしれない」
「なっ、人で遊ぶのやめてくださいっ!」
「いやだー」

 逃げ始めた心羽先輩を追いかけて階段を駆け上る。やっぱり心羽先輩にからかわれても不思議と嫌な感じはしない。何故だろう。よく分からない。
 もしかしたら心羽先輩が楽しそうだからかもしれない。普段はクールな感じの先輩が、私の前では笑顔を見せている。そのことが嬉しいんだきっと。

 心羽先輩を追いかけながら、私は中等部2年生の教室が集まっているエリアにやってきてしまった。ここだとかなり生徒会の後輩と鉢合わせる確率が高い。さっさと移動しなければ──

「あれ、タマちゃん先輩?」
「うわぁぁぁっ!!」

 言ってるそばから声をかけられてしまった。こんな、心羽先輩と追いかけっこをしている最中に話しかけられてはもはや言い訳のしようがない

「どしたんです? そんなにびっくりして」
「あ、あはは。だって、いきなり声かけられるから……」

 振り向くと、頼れる生徒会副会長──ふんわりシニョンの望月茉莉が不思議そうな顔をしながら立っていた。だけどその格好が変だ。白と黒を基調としたフリフリの衣装……そう、まるで

「って、なんでメイド服なんて着てるの……」
「あれ、知らないんですか? あたしのクラスはメイドカフェやってるんです」
「へ、へぇ……そうだったっけ……」

 確かしおりに書いてあった茉莉が所属する2年1組の催し物は『コンセプトカフェ』。コンセプトの意味は分からないけれど、メイドとは無関係っぽいということは分かる。
 メイドカフェとか、そういう風紀を乱しそうなことに対して風紀委員が変な言いがかりを付けてくることは知っていたけれど、さては申告したものと違うカフェをやっているな。副会長が率先してルールを破るなんて、到底許されないことだ。
 ジトッとした視線を茉莉に送っていると、茉莉は慌てた様子で両手を振った。

「あ、あの違うんです!」
「どう違うの? 申告したカフェと違うカフェやってるってこと?」
「そうじゃなくて、タマちゃん先輩『コンセプトカフェ』って知ってます?」
「茉莉のとこのクラスの催し物でしょ? 意味はよく分からないけど……」
「最近流行ってるんですよ。お店ごとで統一したコンセプトでカフェをやるっていう……」
「つまり?」
「メイドカフェ、執事カフェ、ロボットカフェ、忍者カフェとか、そういうのをまとめて『コンセプトカフェ』って言うんです!」
「……へぇ?」

「なんか面白そうな話してるね」

 茉莉の解説にひとまず納得していると、心羽先輩が戻ってきた。ますますまずい、と内心焦ったけれど、当の先輩は涼しい顔をしている。


「あっ、タマちゃん先輩のカノジョさんもどうですかメイドカフェ?」
「「ぶふっ!?」」

 突然のことに私と心羽先輩は同時に変な声を上げてしまった。怪しまれこそすれ、いきなりぶっこんでくるとは思わなかったので流石に無警戒だった。改めてこの望月茉莉という女は恐ろしいと実感できる。

「い、いやっ……ちがっ……」
「た、タマたちは……ただ……」
「ん? まあ立ち話もなんですから中で話しましょ? ──二名様ご案内しまーす!」

 茉莉は私たちの言葉など聞かずに、そのまま背中を押して2年1組の教室の中に押し込んでくる。こういうところが巧みというか……商売上手というか……。

「あの、タマたちはさっきまで色んなものたくさん食べてきたからもうお腹が……」
「それじゃあ飲み物だけでもいいですから! ココアもありますよ?」

「「ココア……!」」

 私と心羽先輩がその単語につられてしまったのは言うまでもない。

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