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episode3 隣国の侵略を耐え抜け!

48. 疾風迅雷

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「え……えっ?」

 戸惑っているうちに私の両手は身体の後ろで縄のようなもので縛られる。見ると、リアとユリウスも似たような状態で捕らえられていた。これでは捕らえられそうになったらユリウスだけ逃がすという作戦が水の泡になってしまう。

(でも、ここで暴れたら絶対交渉は上手くいかないし……)

「ピューッ!」

 突然鳴り響く口笛に慌てふためく兵士たち。見ると、大人しく座っていたマクシミリアンがくるっと元来た道の方に向かって走り始めた。リアがゲーレ軍を刺激しすぎないようにマクシミリアンを離れさせたのだ。

(どうしよう……とりあえず逃げるという選択肢はなくなったし……かといってこのままだとユリウス様が殺される可能性も……)

 悩んでいるうちに、私たちは縛られたまま兵士に連れていかれて、近くに止めてあった赤色の派手な馬車に乗せられてしまった。そしてそのままガタゴトと走り出す馬車。


 暗い車内で真っ先に口を開いたのはリアだった。

「──で、これからどうするの? とりあえずこの馬車はシンヨウに向かうみたいだけど」
「わかるんですか?」
「うん、兵士たちが話してた。セイファート王国の奴らを捕らえたから首都に連れて行って裁くって」
「まずいことに……いやでもこれは好都合なのかもしれないですね……」

 首都に入れるということは、モウ首席に直接会って謝罪する機会が巡ってくるかもしれないということである。あれはアルベルツ侯爵家がやったことでヘルマー伯爵家は関係ないということを訴えればきっと、アマゾネスの時のようになんとかなるはず。そして私にはもう一つ秘策があった。

(私はもう一回頼ってみたい──料理が持つ魔力ってやつに!)

 美味しい料理を食べてもらえばきっとゲーレも態度を軟化させるに違いない。今までも私の料理を食べてきた人達がそうだったのだから。

「殺されたり……しないよね?」

 リアは不安そうな顔で問いかけてくる。床にペタンと座り込みながら身を乗り出してくるその姿は車内が暗いせいで余計に不安そうに見える。

「それはわかりません」
「えぇっ!? ティナが抵抗するなって言ったからマクシミリアンを帰したのに!」
「抵抗していたら取り返しのつかないことになっていたと思います。真っ先に首都に向かっているし──それに見てくださいこの馬車の豪華さ……罪人の移送用にしては装飾が凝っていませんか?」
「確かに」

 馬車は木造で、ゲーレ特有の細かい装飾が細部に施されている立派なものだ。本来罪人を運ぶために作られたものではないのは一目瞭然。恐らく貴族や王族を乗せるものなのだろう。ではなぜそれを兵士たちが持っているのか。答えは簡単だった。

「彼らは王宮直属の兵士。──セイファート王国でいう『王宮騎士団』にあたる兵士たちかと思います。恐らく首席やそれに近い人物の命令を受けてヘルマー領の方角へ向かっていたのでしょう」
「なるほどな。いきなり大軍を差し向けないあたり、まだゲーレは交渉の意思があるようだな」

 ユリウスの言葉に私は深く頷いた。

「ポジティブな判断材料としてはそれですね。首席がユリウス様と話してくれるといいのですが……」
「そこは祈るしかないな」

 結論が出ると、私たちは各々体力を温存するために身体を休めた。馬車は、かなりのスピードを出しているのか結構揺れることと、手が縛られていることを除けば快適だった。気温も暑くもなく寒くもなくで昼寝には最適だった。


 そうこうしているうちに馬車は止まったが、その時にはもうすっかり日が暮れていた。

 私たちは兵士に馬車から出るように促されて、恐らく首都のシンヨウにある本拠の城と思われるとてつもなく大きな建物に入った。馬車と同じような装飾がそこかしこに施された豪勢な造りの建物は、暗闇の中でも存在感を放っている。光の下で見たらきっと目を疑うほどに素晴らしい建物であろうことは一目瞭然だった。

 案の定、地下にある牢に入れられた私たち。入口はしっかりと鍵がかけられ、見張りに兵士が一人立っているという徹底ぶりだった。まあ、どちらにせよ脱獄しようなんてこれっぽっちも考えていないのだが。


 私は小声でリアを呼んだ。

「リアさん」
「なあに? あたし早くここから出たいんだけど……」

 すぐ側からリアの不満そうな声が聞こえてくる。森の中で暮らしていたリアにとって、この狭くて暗くてじめじめしている牢の中に閉じ込められているというのは耐え難い苦痛なのだろう。

(リアさんのためにも早く交渉に持ち込まないと……!)

「リアさん、見張りの兵士に事情を説明してもらえませんか?」
「仕方ないにゃあ……」

 リアは檻に近寄ると、一言二言見張りの兵士に向かって話しかけた。そして兵士が何かを言い返すと、リアもそれに応じる。──言っていることは理解できなかったが、なんとなく二人とも怒っているわけではなさそうということはわかった。冷静に話してくれてよかった。

 やがてリアは檻から離れて、這いずるようにして私の近くまでやってきた。

「──なにしてるんですか?」
「いやだって暇だし……縛られてるし……お腹すいたし……」
「我慢してください。で、どうでした?」
「うーん、いきなり首席に会わせるのは無理だけど、上の人に相談してみてくれるみたいなことは言ってたかな……」
「ひとまずはうまくいきましたね」

 この調子なら私たちが処刑されるということはないだろう。問題は──。


「うわぁぁぁぁ嫌だぁぁぁぁ! 早く出して! あたしこんなところにいたくない! 出して! 出せおいこらぁ! 聞いてんのかこらぁ!」

 しばらくしてリアはついに我慢の限界を迎えたのか、檻に噛みつきながら叫び始めた。ガリガリと音を立てて金属の檻に歯を立てるその光景を見ていると、まるでそのまま檻を噛みちぎってしまいそうにも見える。

「リアさん落ち着いて……兵士さんがびっくりしてますから!」
「あぁぁぁぁぁっ! ティナ! なんとかしてティナ!」
「すぐには無理ですよ……」
「おいティナ。そいつを黙らせろ」
「そんなこと言われても……」

 完全にパニックに陥ってしまったリアが暴れ始めたので、ユリウスもついに苛立ち始めてしまった。ひとまず私は立ち上がってリアに近づく。
 するとなにかふわふわなものを踏んずけたような感覚がした。が、いかんせん薄暗いのでそのものの正体は分からない。

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 突然リアがこの世のものとは思えない悲鳴を上げて、身体を小刻みに震わせ始めた。

「えっ、あれ、リアさんどうしました?」
「あっ……あぁぁぁ……はぁはぁ……ティナ……なんてことしてくれるの……」
「はぁ?」

 私はしゃがんで、足で踏んでいたものを確認してみた。するとそれはもふもふとした緑っぽい細長い……。

(リアさんのしっぽ!?)

「あ、あのっ! ごめんなさい! 私! リアさんのしっぽだと気づかなくて!」
「バカぁ! ティナなんかイノブタの尻の毛だぁ!」

(よくわからない例えだけど、なんか罵倒されてることはわかる!)

「ほら、なでなでしてあげますから……よしよし」
「うにゃぁぁ! えっち! しっぽに触るな変態! おもらし女!」
「えぇ……」

 しっぽに触ろうとするとまた怒られて、リアはクルクルと器用にしっぽを巻き込んで足の間に隠してしまった。便利なしっぽだ。
 そんな様子を牢番の兵士とユリウスは愉快そうに笑いながら見ていた。

 が、その時私は一つの足音が近づいていることに気がついた。
 コツコツコツと、木造の階段に硬い靴底が当たる音だ。あんなに騒いでいたリアもネコ耳をピンと立てて音に反応している。皮の身軽な鎧に植物で編んだ履き物を履いている兵士たちではこんな音は出ないはずなので、誰か別の人がここに向かってきているようだ。


 眩しいほどのランプの明かり。牢の前でそれは止まる。
 兵士が何やら慌てふためいた声を上げた。人影はそんな兵士に一言二言声をかけると、兵士はあたふたと牢の前から去っていく。恐らく「席を外せ」みたいなことを言ったのだろう。

 人影が牢のすぐ前までやってきて、私はようやくその全貌をうかがうことができた。

 まず、特質すべきはその厚底の靴。靴底は5センチ、いや、10センチメーテルはあるかもしれない。セイファート王国ではまず見ない靴だ。東邦帝国には『下駄』という似たような履き物があるらしいが、それとも異なっている。

 身につけているのは鮮やかな薄緑色のチャイナドレス。裾は短く、腰付近までスリットが入っているので必然的に露出度は高い。──恐らくリアよりも。
 そんな服装で、身体つきもメリハリがついているので羨ましい……いや、明確な私の敵だ。髪は服と同じく薄緑色で長く、左右で縛っている。

 そして何よりも私はその爛々と輝く瞳と、身体から溢れんばかりの緑色の魔力に見覚えがあった。

「やっほー、久しぶりだねティナちゃん! そっちは5年経ってもあまり変わってないみたいだねっ!」
「そっちはいろいろ成長しすぎですよ。七天『疾風迅雷Galethunder』のレイ・シーハンさん。やっぱりゲーレにいたんですね」

 私が魔法学校時代の、まだ私よりも背が低かった頃のシーハンの姿を思い出しながら呟くと、彼女はニコッと意味深な笑みを浮かべた。
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