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第3話 上等だコラァ! オモテ出ろやボケェ!

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 ☆


 早速その日から私は【エスポワール】という名の酒場で働くことになってしまった。正直私が本気を出せば、どっかの貴族に転がり込んでお抱え魔導師として何不自由なく暮らせたとは思うけれど、お母さんを一人王都に残しておくのは不安だった。

 それに、ヘレナが提示した給料は、確かに一介の酒場で雇われるにしては法外なものだった。一瞬怪しんだものの、まあまた騙してきたら今度こそ私の魔法でコテンパンにぶちのめしてやればいいしってことで。


「おい新人。手際が悪すぎですわよ? お客さまを待たせる気ですの?」
「あーもう! だから私の本職は魔導師で、料理人じゃねーっての!」

 夕飯時には店は混みあってきて、大忙しになる。するとコルネリアは、よく分からない食材を慣れない手つき切ったり、鍋を振るったりする私を散々罵倒してきた。ちゃんと言われたとおりにやっているというのに何様のつもりだろう? 私は早速辞めたくなった。

「魔導師でも料理くらいできるでしょう? 子どもでもできますわ。つまりアニータさんはそれ以下の赤ちゃんってことですわねー。アニータちゃんって呼びますわー。ばぶばぶぅ」
「口じゃなくて手ぇ動かせこのイカレ厨二病が!」
「あぁ? ちょーし乗ってるとしばき倒しますわよアニータちゃん」
「上等だコラァ! オモテ出ろやボケェ!」

 さんざん言い合いながらも、悔しいけれどコルネリアは私の10倍速くらいで動き回る。きっと彼女の周りだけ時間の流れが早いに違いない。チートだチート!


「店長、この新人クッソ使えませんわー? チェンジで!」
「えーっ、仕方ないわね。だったら厨房はコルネリアに任せてアニータちゃんはフロアやってくれる?」
「お前もアニータちゃん言ってんじゃないわよ……」

 相変わらずマイペースな店主さんにボソッと毒づくと、私は忙しなく働いているメイドのリサちゃんを手伝うことにした。お客さんが来たら空いてる席まで案内し、コルネリアが作った料理を席まで持っていき、お客さんが食べ終えた皿を回収して厨房に持っていき、料理の代金を受け取る。簡単そうに見えて意外と大変だった。

 しかも、リサちゃんは相変わらずドジっ子属性を発動しそうになるので、その度に皿やグラスが落ちないように支えてあげたりとか、勘定を間違えないように見ていなければならない。さらに、コルネリアはそんな私やリサちゃんの処理能力を遥かに超える勢いで料理を作り続けるので、結局店主さんの手を借りてなんとか客をさばいていった。

 まあ一日目にしては上出来だろうと思っていると、突然店内に悲鳴が響き渡った。

「きゃぁぁぁぁっ!?」

 見ると、客に料理を持っていったはずのリサちゃんが、スカートを押さえて真っ赤になっていた。彼女の近くの席では、二人の男性客がビールのジョッキを片手にニヤついている。

「いい声で鳴くじゃねぇかお嬢ちゃん」
「どうだ? オレたちと一緒にあそばねぇか?」
「嫌っ! やめてくださいっ!」

 あー、なるほどそういうことか了解。確かにここは治安が悪そうね。クソ迷惑な酔っ払いどもめ! と、私は自分のことを棚に上げて憤った。
 つかつかと男たちに歩み寄ると、精一杯の営業スマイルを浮かべる。

「お客様、うちのリサちゃんになんのご用でしょうか?」
「なんだぁ? 姉ちゃんも遊んでくれんのかぁ? ちょうどいいや、オレらも2人だから──」
「寝言は寝て言えやボケナスぅ!」

 私は素早くリサちゃんを背後に庇うと、男2人の手からジョッキを奪い取り、2人の頭にビールをご馳走して差し上げた。たちまち男たちのツンツンヘアーは水を吸ってへにゃへにゃになり、これでは毛量が少なくなってきているのがバレバレである。──端的に言っていい気味だった。


「てめえ! なにしてくれとんじゃこのアマが!」
「んだとコラ! うちのメイドにちょっかいかけやがって、いてこます(意訳︰おもてなししてあげる)ぞワレぇ!」
「上等だボケ! てめえの綺麗な顔穴だらけにしてやんぞコラァ!」
「やってみろやぁ! 地獄見せてやんよ!」
「あ、アニータさんっ!?」

 私と2人の男は胸ぐらを掴みあって仲良く挨拶を交わした。慌ててリサちゃんが止めに入るがもう後の祭りだ。お客様は神様なので、店員の私としては精一杯おもてなしをしないといけない。

「いいぞー嬢ちゃんやっちまえ!」
「ゲルト、そこだ! ぶっ飛ばせぇ!」

 周りの客が面白がってはやし立てる。すると騒ぎを聞きつけたのか、店の奥からヘレナが現れた。相変わらず気味が悪いほどニコニコしながら、私と男たちをオーガのような怪力で引き剥がした。こいつ、こんなところで店主なんかやってないで冒険者にでもなった方が稼げるんじゃないの?

「うちの従業員が失礼いたしました。なにぶん新人なものですから許してやって貰えないかしら?」
「あァ? んなこと言ってもよぉ……こいつ、オレたちに頭から酒をぶっかけやがったんだぜ? 服も台無しだよどうしてくれんだよ?」
「……だそうよ? アニータちゃん、どうしてくれるの?」

 ヘレナは私に向き直って尋ねてくる。いや、仲裁するなら私に委ねるなよ! だそうよ? じゃねぇんだよ。

「私は別に悪いことしたとは思ってないけれど。こいつらがリサちゃんに変なことするから……」
「ちょっと挨拶しただけだろうが! コミュニケーションだよコミュニケーション!」
「あんたらのコミュニケーションは度が過ぎてんのよ! リサちゃん泣いてるじゃない! そっちがその気なら私もコミュニケーションとサービスの一環としてお客様をボコボコにぶちのめしても良いということになるけれど?」
「もういいんです……もういいですから喧嘩はやめてください……」

 リサちゃんは本当に泣いていた。可哀想に。あーあ、女の子泣かせてこいつらサイッテー!

「……にしても、酒をぶっかけることはねぇだろ! 装備代全部弁償しやがれ! 飲み屋の小娘ごときには分からんだろうけど、装備はなぁ……オレたち冒険者の命なんだよ!」
「そんなお金ないですぅ」
「だったら身体で払ってもらおうかグヘヘ……」

 どこまでもクズなこいつらの態度に、寛大な私も流石に堪忍袋の緒がプッチンプリンしてしまった。私は事ここに至ってもニコニコしているヘレナに視線を向けるとこう提案した。

「……ヘレナ。決闘したいから立会人を用意してくれる?」
「えっ?」
「終わったら即刻クビにしてくれて構わないから。こいつらとの決着だけはつけておきたいの! お願いします!」
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