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第23話 余裕だそうです

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 というわけで朝になりました。朝です。おはようございます。今日も元気なアニータちゃんですよ、こんちくしょー。

(くそぉ、あいつのせいだ。あの女のせいで私はおかしくなる!)

 頭を抱えながら私は朝食を摂る。隣にはリサちゃんとコルネリア。そして、対面に座るローラは何故か嬉しそうな顔をしていた。

「ねえ、アニータちゃん!」

 どうやらお呼びのようだ。私は不機嫌さを隠さずに顔を上げる。

「お前もアニータちゃん言うなよお嬢様……」

 ……しまった。今のは言い過ぎだ。ローラは一瞬ムッとしたがすぐに笑みを取り戻した。

「まあいいわ! それでね、アニータちゃん」

 こいつ人の話聞かないのがデフォルトなんだろうか? 私の内心を知ってか知らずか彼女は続ける。

「わたくし見てたのだけど、今朝──」

 はい、死亡確定~。もうこうなったら自棄食いしかない。
 私は勢い良くトーストに齧り付く。

「……あれ?」

 だが予想に反してローラは何も言わなかった。

「今朝のアニータちゃんったら……」
「んぐっ……」

 私は思わずむせる。いやいや、今それ言う必要ある!? しかもみんなの前で!

「どうしたのアニータちゃん?」
「な、なんでもない……」
「そう」

 彼女は素知らぬ顔をして食事を再開した。
 なんだ……一体なんだったのだ? まさか私をからかっていただけなのか? だとしたら、こいつは本当にたちが悪いぞ! 私は心の中で悪態をつく。いや、実際に心の中でも言ってるから実質2倍だ。私は小さくため息をついた。

(なんか最近、色々とおかしい気がするな……)

 特に今朝の一件で自分の気持ちが良く分からなくなってしまった。昨日、私はコルネリアに対して何をしようとした? ただの冗談とはいえあんな事を……。

 ふとコルネリアの方を見ると彼女は相変わらず涼しい表情をしていた。だが、どこか物憂げな雰囲気を感じる。きっと私の思い違いだろうけど。

(って違う! そうじゃない!! 今は目の前のことに集中しないとダメでしょうが! 集中、集中っ!)

 私はぶんぶんとかぶりを振った。すると、ローラが何事かと聞いてきたので、何でもないと答えたのだがその時にまたもコルネリアと目があったのだ。

「……」

 今度は無言である。何かを思案しているように見えるが、それがどんな内容かは私には想像もつかなかった。

「それはそうとアニータさん」
「なあにリサちゃん?」

 これ幸いとリサちゃんの方に視線を向けると、彼女はまたしても腰に手を当てて説教モードに入っていた。私は反射的に身構える。

「見張りは交代でやりましょうって昨日リサは言いましたよね?」

 そういえば私、見張りをすっぽかして爆睡してたんだった。悪いことをしてしまったな……。

「う、うん、ごめんね」
「起こしても起きないし、もう……! リサはアニータさんの分まで見張りをしたので寝不足です!」

 ぷりぷりと怒っているリサちゃんは、まるでリスみたいに頬っぺたを大きく膨らませていた。その可愛らしさに思わず頭を撫でそうになるがギリギリのところで我慢できた自分を褒めたい。
 しかし、そんな風に私達が騒いでいるのがよほど珍しかったのかローラまでもがクスリと笑みをこぼしていた。そして彼女はそのまま静かに口を開く。

「でも今朝のアニータちゃんったら本当に凄かったのよ?」

 おいコラ、何を言い出す気だ。
 私が止める前に彼女は話し始めていた。というか止めようにも話題の中心にいるのだから止められるはずもない。……くそぉ、今朝の私よ。どうしてこんな事に……! 私は恨みを込めて視線をローラに向けたが彼女は全く気にしていなかった。ただ楽しげな笑みを浮かべているだけである。

「わたくしね、アニータちゃんが起きたのに気づいて様子を見に行ったの。そうしたらね……」
「……やめてくれえ!」

 私は頭を抱えたくなった。いや実際抱えてしまったんだけども。ああ、恥ずかしくて死にそうだ。
 だが私の悲痛の叫びもローラには通じなかったらしい。むしろ面白がるように言葉を続ける。

「アニータちゃんってば寝ぼけてたのか知らないけれどコルネリアに向かって『襲っていい?』なんて言ってたのよ?」
「はあ!? おまっ……!」

 私は慌てて立ち上がりかけたもののすぐに座った。だってここで立ち上がってはローラの思う壺だ。
 それにしても最悪である。まさか、コルネリアだけではなくこいつに弱みを見せてしまうとは……。しかも他のみんながいる前で。

「アニータさんって同性愛者なのですか?」

 リサちゃんが微妙にズレた質問をしてきて、黙って話を聞いていた男性陣のシュナイダー伯爵とアベルくんが勢いよく飲み物を吹き出す。ローラは不思議そうに首を傾げ、コルネリアは後ろを向いて爆笑していた。私は死にたくなった。

「ちょ、違うから! 私はそういうのじゃないのよ! っていうかコルネリアは笑いすぎ!」
「あら失礼。あまりにも可笑しくてつい……」

 くそぉ、絶対わざとだ。そして、やっぱりこいつは性格が悪い! いや、知ってたけどさ!
 ローラとかコルネリアのせいで、微妙な空気で朝食をとることになってしまった。その間、リサちゃんはずっとふくれっ面をしていたのだけれど、まだ私のことを怒っているのだろうか?


 ☆


 朝食を終えた私たちは、馬車に乗って再びヴラディ領を目指した。追っ手を警戒していたリサちゃんやコルネリアは、昨日と同じく御者台に座って周囲を警戒してくれている。

 私はといえば暇を持て余していたので幌の中にいるのである。緊張感が和らいだのか、アベルくんやシュナイダー伯爵が歌を歌い始め、貴族って歌が上手いんだなぁとか思いながら私はその様子をぼんやりと眺めていた。

(この人たちはヴラディ領に到着したらどうするのだろう? 兵を集めて王国と一戦交えるつもりなのだろうか)

 どちらにせよ、護衛役の私には無関係なことなのかもしれない。でも、王国に戦いを挑むということは自殺行為にも等しい。だけれど、このまま王国の貴族として王都にいても始末されてしまうのだとしたら……。

 私には難しすぎてよく分からない問題だ。でも、なんとなくこの人たちには死んで欲しくないと思った。まあ、私がどうこう言える立場でもないのだが……。
 そんな事を考えながらボーっとしていると、いつの間にか馬車が止まっていた。外を見てみると、目の前には鬱蒼うっそうとした森が広がっていた。道は森の中へ続いているようだ。

「どうしたのリサちゃん?」

 私は御者台のリサちゃんに声をかける。すると、彼女は眉をひそめながら答えた。

「……なんだか嫌な予感がします」
「へ?」

 私は間の抜けた声を出してしまった。だが、リサちゃんは真面目な顔で話を続けた。

「森の中から何か変な気配を感じるんです」
「変な気配って?」

 リサちゃんは私をじっと見つめてきた。

「分かりません。でも、これは以前北の洞窟で感じたものと似ています」
「ということは、この森にも魔王の力で強化された魔物がいるってこと?」
「おそらくは」

 それを聞いてシュナイダー伯爵が渋い顔をしてつぶやく。

「まさかこんなところで遭遇するとは……」
「この森を過ぎればすぐにヴラディ領のはずなのですが……」
「なんでこんな所が魔物の巣窟になってるのよ!」

 アベルくんとローラも不安そうに言葉を交わす。

「一応、迂回するルートはあるのですが、だいぶ遠回りになってしまいますね」
「遠回りなんてしてられないわ! わたくしたちは追われているのよ!?」
「ええ、分かっていますよ」

 シュナイダー伯爵がローラを宥めるように優しく語りかける。

「ただ、ここは護衛の方々の判断に委ねましょう。──このまま進んで魔物と戦うのがいいか、迂回して王国軍と戦うのがいいか」

 シュナイダー伯爵は私を見据えながら言ってきた。それは、お前に任せると無責任な事を言っているわけではなく、私の意思を尊重してくれているようだった。

「リサちゃん、コルネリア、どう思う? 魔物倒せそう?」

 私が2人に尋ねると、2人は「何を言っているんだこいつ」みたいな顔をしながら親指を立ててみせた。

「……余裕だそうです」
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