亡国の女騎士と五人の少女

早見羽流

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第4話

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 だが一つだけ、イレーネは計算違いをしていた。騎士見習いの少女たちはイレーネが思っているほど出来が良くなかった──とも言える。
 セラフィナはふるふると首を振った。

 「イレーネ様。初めて命令違反を犯すこと、お許しください」
 「私も」
 「私もです」
 「お供しますイレーネ様!」
 「共にヴァルハラへと旅立ちましょう!」

 セラフィナに同調するように、他の四人も口々に続けた。血気盛んなカトレアなどはイレーネの膝に縋り付くようにしながら、そして一番年若いリタは目に涙を浮かべながら、必死の形相で訴える。

 「お前たち……なぜ……」
 「私たちはイレーネ様と同じく皆家族を失っています。──私たちにとってはイレーネ様こそが唯一の家族なんです! イレーネ様は愛する家族を守れと言われましたよね?」
 「……そうだが」
 「それならどうか……側に置いてください。一人で行かないでください」

 少女たちの必死の訴えに、イレーネは首を横に振ることはできなかった。俯きただ一言、何か激情を堪えるようにしながらこう呟いた。

 「お前たち……この大馬鹿者が……」

 当然ながら、イレーネと共に砦に残るということは、イレーネと共に死を選ぶということを意味している。──それもイレーネよりも年若い乙女たちが。
 しかし彼女たちの決意は固く、いかにしてイレーネが説得しようともテコでも動こうとしないだろう。それに、彼女たちの成長を実感したイレーネは心の底で喜びを感じていたのも事実であった。

 再び顔を上げたイレーネの表情は和らいでいた。

 「──いや、私が一番の大馬鹿者だな。そんな私が育て上げたお前たちが大馬鹿者に育つのはある意味当然か……」
 「……?」
 「覚悟はしっかりと伝わった。共に王国の誇りを示そう」
 「「はいっ!」」

 少女たちと運命を共にする決意を固めたイレーネ。少女たちもまた、地獄の果てまでも愛する主に従うつもりであった。
 イレーネと少女たちは顔を見合わせて頷きあうと、めいめいに砦の各所に散って戦の支度を始める。


 ──敵軍から総攻撃が予告された日を翌日に控えた午後の事だった。


 ☆


 その日の夜、もうすっかり日も暮れた夜更けに、イレーネは騎士見習いの少女たちを広間に集めた。
 蝋燭によって薄明るく照らされた広間の空気は、翌日に決戦を控えた少女たちの緊張感でピリリと張り詰めていた。

 だが、当のイレーネはどこかリラックスした様子で、少女たちに円形に座るように促した。
 上座と下座のない、対等な関係であることを示す円陣。少女たちは最初は恐縮したが、イレーネの有無を言わさぬ様子に渋々と従った。

 「王国を背負って戦うお前たちには、相応しい身分が必要だと思うのだ」

 イレーネは徐にそう口にした。少女たちの姉御分のシャルロットが首を傾げる。

 「──と言われますと?」
 「『騎士』として戦ってもらわなくては格好がつかないと言っている」
 「『騎士』ですか……? しかし我々は……」

 シャルロットは逡巡した。自分たちはイレーネとは違い、騎士たるに相応しい武勲を上げているわけでもなければ、身分的に騎士となるに相応しくない者もいる。そもそも若いリタなどは年齢的にも厳しいだろう。

 「どうした? 不満か?」
 「いえ、そういう訳ではありませんが……」
 「構わないだろう。王族も滅び、味方も壊滅した今、王国で一番身分が高いのは私なのだ。その私が父に代わり、お前たちを騎士にしたいと思っているのだから」
 「そ、そんな……とんでもないです……!」

 リタは慌てふためいた。が、隣のセラフィナが落ち着かせるようにその肩に手を乗せながら言う。

 「確かに、王国の旗を掲げて戦うのは騎士以上の身分のものに限ると決まっています。……しかし儀式はどうします? この砦では正式に叙任の儀式は行えませんが……」

 セラフィナの言うとおり、騎士に任命される者は国王から直々に家宝となる品を与えられる。が、物資の枯渇した砦にはそのようなものは一切なかった。残り少なかった食料や武器やポーションですら、退去する兵や使用人たちにイレーネが配ってしまった。

 「──そう、私がお前たちに与えられる物はない。ないが……」

 一度目を伏せたイレーネは何かを決意したように顔を上げ、少女たちを見回した。イレーネが鍛え上げた五人の少女たちは一様に期待と不安が入り交じったような表情で主を見つめていた。

 「どうだろう? 私と『姉妹の契り』を結ぶというのは?」
 「イレーネ様……?」

 今度はセラフィナがたじろいだ。確かに辺境伯の娘であり、騎士であるイレーネと義姉妹の契りを結ぶのであれば、身分上の問題は解消される。だがそれは──特にイレーネの父に敗れた敵将の娘であるセラフィナにとってはあまりにも恐れ多い申し出であった。他の少女たちも似たような心境であっただろう。

 イレーネはそんな少女たちの心の内を察していた。フッと意味深な笑みを浮かべると、声のトーンを上げる。

 「要らぬ遠慮をするな。私がお前たちを出自でどうこう差別した覚えはないぞ? だいたいそんなことを気にしているのであれば最初からお前たちに目をかけたりするものか」
 「う……」

 少女たちはぐうの音も出なかった。身分に関わらず優秀な人物を配下に加える──それはイレーネの父の頃から徹底されていたことであり、彼の元に強固な信頼関係の築かれた精強な家臣団が形成された所以でもあった。そしてその精神は娘のイレーネにも色濃く受け継がれている。
 王国の王族や貴族たちからは苦言を呈されることもあったが、その他の敵味方からはその姿勢を大変評価され、戦になった時にも戦わずに降る者も現れたほどだ。


 「決まりだな。今からお前たちは騎士として──」
 「──ちょっと待ってください」

 口を挟んだのは、今まであまり発言をしなかった銀髪のフラウだった。イレーネや仲間の少女たちの視線を一身に受け止めながら、彼女は物怖じせずに続ける。

 「騎士として任命されるのであれば、私たちもなにかその証としてイレーネ様に差し上げなければいけないと思うのですが」
 「一理あるな。お前にしちゃあ上出来だ」

 きっちりとしたギブアンドテイクの世界で生きる商人の娘であるフラウの意見に、すぐさまカトレアが同調した。

 「しかし、我々もまた何もイレーネ様に差し上げられる物はありませんよ?」

 シャルロットがそう言うと、少女たちはまた頭を悩ませてしまった。が、今度はリタが控えめに手を上げた。

 「あ、あの……あります一つだけ……イレーネ様にいただいてほしい大切なものが」
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