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第1章 出会い

Act.10 姉妹制度(佐紀)

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 ❀.*・゚


 翌日。学園に向かうための準備を終えた佐紀たちは、学園の正門前に集合していた。そこには新入生と思われる制服姿の学生達が大勢おり、これから始まる新生活に期待を膨らませているようだった。
 佐紀としては、班のメンバーと共に行動するのはあまり気分が良くなかったが、初めての場所では他人について行った方が楽だという思考のもとで、黙ってルームメイトたちの後ろについて歩く。

「では皆さん、行きましょう」
「はい!」
「おう」
「おっけー」
「はい」

 真莉の合図で、5人は学園の敷地内へと足を踏み入れた。これから待ち受ける、波乱の日々の始まりであった。

「新入生はこちらでーす!」

 看板を持って案内をする上級生の指示に従って、5人は入学式が行われる体育館へと向かう。武者震いなのか、火煉がブルッと身体を震わせた。

「なんか緊張するねぇ……」
「大丈夫だって。佐紀ちゃんがいるんだから。変な人に絡まれそうになってもみんな怖がって逃げていくよ」
「それもそっかぁ!」

 軽口を叩く火煉と紫陽花をよそに、佐紀は隣にそびえている長身の真莉に声をかける。

「……お前はいいよなぁ。緊張感なさそうで」
「失礼ですね! わたくしにも人並みの感情は持ち合わせていますわ」
「どの口が言ってやがる……」

 佐紀の言葉に、真莉は大きく咳払いをして誤魔化した。

「こほんっ……まあ、緊張していないといえば嘘になりますわね。ですが、わたくしもこの学園で成すべきことがありますから」
「ふぅん。そんなに大事なことなのか?」
「えぇ。わたくしにとっては、何よりも大事で譲れないことですわ」

 真剣な面持ちで言う彼女に、佐紀はそれ以上聞くことができなかった。
 そうこうしているうちに、佐紀達は体育館にたどり着いた。中に入ると既に多くの生徒が席に座っていた。しかし、その視線は壇上に立っている人物に向けられており、佐紀達もそれにつられて壇上を見上げる。

「……ハイネさま」
「ハイネ様だ……」
「まさか生で見れるなんてっ」
 
 周囲の新入生がボソボソと呟いている。どうやら壇上の人物のことを話しているらしい。
 壇上に立っているのは、火煉や紫陽花とさほど変わらない体格の小柄な少女で、輝く銀髪と肩にかけたきらびやかなマント、そしてキリッとした紅い瞳が特徴的だった。

「ハイネ様? なんだそれ?」
「生徒会長の片桐かたぎりハイネ様ですわ。征華の4年生で『征輝士せいきし』の二つ名を持つ高専随一のカリスマ魔導士です。──征華入学を志す者なら誰でも知っているものかと思っていましたが」

 真莉が呆れたような肩を竦めた。

「いや、生徒会長が誰かとか興味無くてな。でも生徒会長ってことは相当強いんだろ?」
「当たり前ですわ。序列5位ですのよ?」
「5位? 1位じゃねぇのか?」
「1位から4位までは全員5年生ですわよ」

 真莉は、そんなことも知らないのかとばかりに呆れた表情をしている。
 だが、佐紀はそもそも学園の制度などに興味が無かったため仕方がないのだ。

 ほどなくして、新入生が全て中に入ったからか、体育館の扉が閉められ、それとほぼ同時に壇上のハイネがマイクを握る。すると、ザワついていた体育館は水を打ったように静まり返った。

「諸君! まずは生徒会長であるこの片桐ハイネから一言お祝いを述べさせてもらう。──合格おめでとう! そしてようこそ征華へ!」

 ハイネが凛々しい美声でそう言うと、体育館に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

「今年は優秀な人材が多く集まってくれたようだ。私はとても喜ばしく思う。皆、これからの5年間で己を磨き上げ、さらに成長して欲しい。そのためにも、私は全力でサポートしよう!」

 ハイネはそう言うと、一度言葉を切って、深呼吸をした。

「さて、ここからが本題なのだが、征華には独自の制度として姉妹スール制度を導入している。上級生1人に下級生1人がついて、卒業するまで本当の姉妹のように過ごす制度だ。もちろん強制ではないのだが、上級生と仲良くなるきっかけにもなるし、より深い絆を結ぶ中で技術的にも大きく成長することができるだろう。ぜひ考えてみて欲しい」

「お姉さま……」

 火煉がボソリと呟いた。どうやら姉妹制度に憧れがあるらしい。

「入学式で長々と話すのは性にあわなくてな。早いが私の話はここまでにしようと思う。残りの時間は敷地内の探索や姉妹探しに使ってくれたまえ。なにかわからないことがあったら教官や上級生になんでも聞いてくれ。無論、私に直接尋ねてくれても構わない。多忙だが、できる限り対応しよう」

「あーあー、あんなこと言っちゃったら新入生のファンが殺到するぞー?」

 今度は紫陽花がボソリと呟いた。

「では良き学園生活を! 諸君が1日も早く立派な魔導士に育ち、最前線で共に戦えることを楽しみにしている。──以上だ!」

 ハイネが最後に締め括ると、再び割れんばかりの拍手が体育館を埋め尽くした。

「ところで、なんであいつはあんなに注目されてるんだ?」

 佐紀は、壇上で新入生を見下ろしているハイネを指差して言った。

「それはもちろん、あのお美しさだからだよ!」

 火煉が目をキラキラさせながら言う。

「……美しさ?」
「うん! ハイネ様はとても可愛らしくて、まるで人形のような美貌の持ち主なのに、高いカリスマ性を持っていて皆の憧れの的なの。そしてなによりもその強さ! ──2年前の小田原挟撃戦の折に味方が総崩れになって戦線が崩壊する中、当時2年生だったにも関わらず1人で大量の魔物を相手に奮戦して仲間を守ったっていう話が──」
「……その話、長くなるなら後にしてくれ」
「えぇ~! 佐紀ちゃんは興味ないの!? こんなに面白い話なのにっ」

 火煉は不満げに頬を膨らませる。

「興味ねぇ。オレはもっと強くなるためにここに来たんだ。もちろん、あのハイネって奴も超えるべき目標には違いねぇが、1位じゃないなら通過点に過ぎねぇな」
「むぅ……佐紀ちゃんは相変わらずクールだね」

 火煉は口を尖らせてねる素振りを見せるが、それ以上は何も言わなかった。

「あなたたち、いつまで喋っているつもりですの? 早くしないと置いていきますわよ?」

 真莉の言葉で我に帰った佐紀達は、慌てて彼女達の後を追った。


 真莉の先導で一際大きな建物である本館の前にたどり着くと、そこにはすでに人だかりが出来ていた。

「なるほど、もう始まってるってわけだね」

 紫陽花が呟くと佐紀は首を傾げた。

「何がだ?」
「『姉妹制度』ですわよ。本館の前に序列の一覧が掲示されていて、それを見ながら新入生は姉を探すのですわ」

 真莉が呆れたように説明してくれた。

「なんで序列が姉妹と関係あるんだよ?」
「そりゃあ、強い上級生と組めればその分生き残る確率が上がるからね。単純な話だよ。ちなみに、新入生が組めるのは主に3年生の先輩だから、学年の欄にも注目ね」

 火煉がそう付け加える。佐紀は何故真莉や火煉が姉妹制度について詳しいのか不思議だった。

「そういやモヤシは?」
「あぁ、莉々亜さんは先に行きましたわ。どうやら姉妹を組む意中のお相手がいるようでして」
「アイツ、『チームの和を乱すな』とか『独断専行するな』とかいう癖に、自分はさっさと単独行動かよ」
「まあ、姉妹決めは今後の学園生活を左右する重要な行事ですから、致し方ありませんわね」


「なるほどな。じゃあお前ら行ってこいよ」
「佐紀さんは?」
「オレは姉妹とか興味ねぇ。1人でいた方が気が楽だ」

「そうですか。ではお言葉に甘えて、ごきげんよう」

 真莉はそう言うと、さっそく掲示板の方へ歩いていった。

「んじゃ、わたし達も行こうか」
「いけいけごーごー!」

 火煉と紫陽花が自然な手つきで佐紀の両手を引いて歩き出す。

「お、おい引っ張るな! てか話聞いてたのか!? オレは行かねぇって! 離せ!」
「はいはい。ほら、行くよー」
「ちょ、マジで嫌だって!」
「大丈夫。見るだけ見るだけ! 佐紀ちゃん序列は気になるでしょ?」
「にしても後で見ればいいだろ! 人混み苦手なんだよ!」

 2人に手を引かれながら、佐紀は抵抗するが、2人の力は思いの外強く、結局ズルズルと引きずられていった。
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