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第20話 もうやだこのひと
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だが現実は非情であった。学校に行けばまた否応なく乃慧流と接触せざるを得ないわけで、ひいては明日のことを思うと気が滅入るわけである。
そんな絶望的な思考に浸っていた結であったが、タイミングを見計らったように部屋の電話が鳴った。祖父からであった。結は妙に緊張した気持ちで着信のボタンを押す。
「……もしもし」
「久しぶりやな。元気でやっとるか?」
久しぶりに聞いた祖父の声はくぐもっていて、まるで催促するような言い方に少し不機嫌な様子もうかがえる。別に責められているわけでもなかったが結は若干居心地の悪さを覚えつつも不自然な明るさで対応していた。
「まあ、普通ですわね」
「どうや、星花は? 早速何か有益な情報は掴めたんやろうな?」
「……ええ。まあ」
結は言葉を濁す。正直言って、乃慧流に付きまとわれるようになってから星花の情報収集どころではなかった。しかしそれを祖父に言うのは憚られる。
「どうした? 何かあったんか?」
「……いえ、特に何も」
「嘘やな」
「……」
ここで見抜いてくるあたり祖父らしいなと思いつつ結は続けた。
「どうしてそう思われるんですの?」
「そりゃあ、ワシは結を赤ちゃんの頃からよう知っとるさかいのう」
「……」
相変わらず食えない人ですわね、と結がため息混じりに独り言ちる。
「ちっとはワシらを信頼せい。ええか、社会に出たら報連相は──」
「分かってますわよもちろん。でも、これは私の問題ですので私だけの力で解決したいのですわ」
結は意地になっていたのかもしれない。祖父や御幣島達に厄介な転入生問題を擦り付けたなどとは絶対に思われたくなかったのだ。ましてそれが敬愛する祖父だったからであるが故でもある。
「──結よ」
「……? どういたしましたの?」
普段あまり名前を呼ばれない祖父に声をかけて頂いたこともむず痒く感じられて返事の言葉もどこか素っ気なくなってしまう。
「ひとりだけの力で何でも解決しようとすんのは、限度があるんや」
「……」
「人を上手いこと使う事ができて、初めて一人前の大人なんやで。……何かあったら遠慮なく頼ってくれんか?」
諭すように言う祖父の言葉に、結は何も言い返すことのできない弱い自分で打ちひしがれそうになる。そして、結はついに乃慧流のことを祖父に話すことにした。
「実は……その、厄介な上級生がいまして……。学校内で私に執着してしまって何かと接近してくるんですの」
「ほう……?」
「それも、何やら前世の恋人だの訳の分からないことを言いながら付き纏ってくる始末で……」
電話越しに祖父が深く息を吐く気配が感じられる。呆れてため息をつかれているのかと思うと居た堪れなくなり、結は奥歯を噛んだ。
そして一拍おいて受話器の向こう側から重い雰囲気を纏った祖父の声が発せられた。
「食うてまえ」
「えっ?」
「わざわざ獲物が向こうから飛び込んで来たんや、逆に食い返さんかい」
「……は?」
「ええか、結よ」
「はい……」
「その乃慧流とかいう女、絶対に逃がすな。……そして、骨抜きにしてしまえ」
「お爺様!?」
「天王寺の女に手ぇ出してタダでは済まんことを教えてやるんや。ええか、誘惑したら幾つもの証拠を押さえて徹底的に縛り付けるんやで」
「は、はい……」
結は祖父の言葉に気圧されるように返事をする。
「まあ、ワシも孫の恋愛に口出すほど野暮な男やないがな。ただ……天王寺の名前を聞いた上でなお退かない女や。筋金入りやろ。手懐けておいて悪いようにはならん」
「……」
結が何も言えず押し黙っていると、祖父が電話の向こうで笑ったのが伝わってきた。
「気張りや。お前は将来天王寺の当主となるために生まれて来たんや」
「と、当然ですわ!」
☆ ☆
翌日、結が御幣島の車に送られて星花女子学園の校門に到着すると、いつも通り乃慧流が待ち構えていた。
ちなみに昨日の事など一切忘れているかのような不気味なほどの笑顔だった。結にとってはそれも訝しいものであったが。
「おはようございますわ」
「ええ、おはようございます」
乃慧流は結の挨拶に満面の笑顔で返す。
「ところで乃慧流さん、今週末のご予定は?」
「結さんとの愛を育むために、結さんを拉致監禁する予定ですわ!」
「……」
相変わらずこのロリコンは結の想像の斜め上をいく発言ばかりしてくる。聞いているこちらが常軌を逸してしまいそうになる一言だったが、ここは平静を装いながら結は尋ねかえした。
「で、本当は?」
「結さんを拉致監禁して、性行為におよびますわ!」
即答だった。悲しさなど無い清々しいまでの笑顔でそんな発言をされても結は何もどう言い返せば良いか分からなかった。
「えっ……」
「まあまあ、照れてしまってかわいいですわねぇ! なんなら今ここでして差し上げてもよろしくてよ!」
「何を言ってるんですかあなたは」
ついつい同情してしまう自分がいけないのだろうか。結はこの性欲を持て余すことになった女の悲運さを哀れんだ。
だがいくらやるせない気持ちになったと言えどもそんな心境であることで乃慧流の気持ちに油を注ぐことだけは結は避けたいのである。この暴走機関車のような女にペースを握られないためには、やはり場を支配するしかない。
──となるとやるべきは……
「乃慧流さん、こういうことにはやはり順序というものがありますのよ? 特に私のような人間にとって、そのような儀礼的なものはとても大事ですわ」
「儀礼? 結さんとわたくしの結婚式のことでしょうか?」
「……その前にやることがあるでしょう」
「あっ、わかりましたわ!」
乃慧流が何かに気づいたような仕草を見せる。結は内心、このロリコンにそんな高尚な考えなどあるはずがないと高を括ってはいたが、とりあえず答えを待ってみることにした。
「おセックスですわね!」
「なんで」
期待した自分が馬鹿だった。乃慧流からまともな答えが返ってくるはずがないではないか。
結は自分はサイコロでも振ったのではないかという気すらしてしまう程の気分の降下を見たが、否定してしまうと途端に速攻で襲い来る未来が見て取れてしまったので、言葉を濁す。
「……その前にやるべきことが」
「ありませんわ! 世の中には『できちゃった婚』というものがありましてよ! つまり、結婚はおセックスの後でも良いということになりますわね」
「あの、それ言葉の意味わかって言ってますの?」
「もちろんですわ!」
「なら、どうしてそうなるか……」
「結さんこそ何をおっしゃっていますの? おセックスをしない結婚などあり得ませんわ!」
「もうやだこのひと」
乃慧流があまりにも堂々と言うので、結も思わず頭を抱えてしまった。
そんな絶望的な思考に浸っていた結であったが、タイミングを見計らったように部屋の電話が鳴った。祖父からであった。結は妙に緊張した気持ちで着信のボタンを押す。
「……もしもし」
「久しぶりやな。元気でやっとるか?」
久しぶりに聞いた祖父の声はくぐもっていて、まるで催促するような言い方に少し不機嫌な様子もうかがえる。別に責められているわけでもなかったが結は若干居心地の悪さを覚えつつも不自然な明るさで対応していた。
「まあ、普通ですわね」
「どうや、星花は? 早速何か有益な情報は掴めたんやろうな?」
「……ええ。まあ」
結は言葉を濁す。正直言って、乃慧流に付きまとわれるようになってから星花の情報収集どころではなかった。しかしそれを祖父に言うのは憚られる。
「どうした? 何かあったんか?」
「……いえ、特に何も」
「嘘やな」
「……」
ここで見抜いてくるあたり祖父らしいなと思いつつ結は続けた。
「どうしてそう思われるんですの?」
「そりゃあ、ワシは結を赤ちゃんの頃からよう知っとるさかいのう」
「……」
相変わらず食えない人ですわね、と結がため息混じりに独り言ちる。
「ちっとはワシらを信頼せい。ええか、社会に出たら報連相は──」
「分かってますわよもちろん。でも、これは私の問題ですので私だけの力で解決したいのですわ」
結は意地になっていたのかもしれない。祖父や御幣島達に厄介な転入生問題を擦り付けたなどとは絶対に思われたくなかったのだ。ましてそれが敬愛する祖父だったからであるが故でもある。
「──結よ」
「……? どういたしましたの?」
普段あまり名前を呼ばれない祖父に声をかけて頂いたこともむず痒く感じられて返事の言葉もどこか素っ気なくなってしまう。
「ひとりだけの力で何でも解決しようとすんのは、限度があるんや」
「……」
「人を上手いこと使う事ができて、初めて一人前の大人なんやで。……何かあったら遠慮なく頼ってくれんか?」
諭すように言う祖父の言葉に、結は何も言い返すことのできない弱い自分で打ちひしがれそうになる。そして、結はついに乃慧流のことを祖父に話すことにした。
「実は……その、厄介な上級生がいまして……。学校内で私に執着してしまって何かと接近してくるんですの」
「ほう……?」
「それも、何やら前世の恋人だの訳の分からないことを言いながら付き纏ってくる始末で……」
電話越しに祖父が深く息を吐く気配が感じられる。呆れてため息をつかれているのかと思うと居た堪れなくなり、結は奥歯を噛んだ。
そして一拍おいて受話器の向こう側から重い雰囲気を纏った祖父の声が発せられた。
「食うてまえ」
「えっ?」
「わざわざ獲物が向こうから飛び込んで来たんや、逆に食い返さんかい」
「……は?」
「ええか、結よ」
「はい……」
「その乃慧流とかいう女、絶対に逃がすな。……そして、骨抜きにしてしまえ」
「お爺様!?」
「天王寺の女に手ぇ出してタダでは済まんことを教えてやるんや。ええか、誘惑したら幾つもの証拠を押さえて徹底的に縛り付けるんやで」
「は、はい……」
結は祖父の言葉に気圧されるように返事をする。
「まあ、ワシも孫の恋愛に口出すほど野暮な男やないがな。ただ……天王寺の名前を聞いた上でなお退かない女や。筋金入りやろ。手懐けておいて悪いようにはならん」
「……」
結が何も言えず押し黙っていると、祖父が電話の向こうで笑ったのが伝わってきた。
「気張りや。お前は将来天王寺の当主となるために生まれて来たんや」
「と、当然ですわ!」
☆ ☆
翌日、結が御幣島の車に送られて星花女子学園の校門に到着すると、いつも通り乃慧流が待ち構えていた。
ちなみに昨日の事など一切忘れているかのような不気味なほどの笑顔だった。結にとってはそれも訝しいものであったが。
「おはようございますわ」
「ええ、おはようございます」
乃慧流は結の挨拶に満面の笑顔で返す。
「ところで乃慧流さん、今週末のご予定は?」
「結さんとの愛を育むために、結さんを拉致監禁する予定ですわ!」
「……」
相変わらずこのロリコンは結の想像の斜め上をいく発言ばかりしてくる。聞いているこちらが常軌を逸してしまいそうになる一言だったが、ここは平静を装いながら結は尋ねかえした。
「で、本当は?」
「結さんを拉致監禁して、性行為におよびますわ!」
即答だった。悲しさなど無い清々しいまでの笑顔でそんな発言をされても結は何もどう言い返せば良いか分からなかった。
「えっ……」
「まあまあ、照れてしまってかわいいですわねぇ! なんなら今ここでして差し上げてもよろしくてよ!」
「何を言ってるんですかあなたは」
ついつい同情してしまう自分がいけないのだろうか。結はこの性欲を持て余すことになった女の悲運さを哀れんだ。
だがいくらやるせない気持ちになったと言えどもそんな心境であることで乃慧流の気持ちに油を注ぐことだけは結は避けたいのである。この暴走機関車のような女にペースを握られないためには、やはり場を支配するしかない。
──となるとやるべきは……
「乃慧流さん、こういうことにはやはり順序というものがありますのよ? 特に私のような人間にとって、そのような儀礼的なものはとても大事ですわ」
「儀礼? 結さんとわたくしの結婚式のことでしょうか?」
「……その前にやることがあるでしょう」
「あっ、わかりましたわ!」
乃慧流が何かに気づいたような仕草を見せる。結は内心、このロリコンにそんな高尚な考えなどあるはずがないと高を括ってはいたが、とりあえず答えを待ってみることにした。
「おセックスですわね!」
「なんで」
期待した自分が馬鹿だった。乃慧流からまともな答えが返ってくるはずがないではないか。
結は自分はサイコロでも振ったのではないかという気すらしてしまう程の気分の降下を見たが、否定してしまうと途端に速攻で襲い来る未来が見て取れてしまったので、言葉を濁す。
「……その前にやるべきことが」
「ありませんわ! 世の中には『できちゃった婚』というものがありましてよ! つまり、結婚はおセックスの後でも良いということになりますわね」
「あの、それ言葉の意味わかって言ってますの?」
「もちろんですわ!」
「なら、どうしてそうなるか……」
「結さんこそ何をおっしゃっていますの? おセックスをしない結婚などあり得ませんわ!」
「もうやだこのひと」
乃慧流があまりにも堂々と言うので、結も思わず頭を抱えてしまった。
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