ダンジョンマスターは魔王ではありません!!

静電気妖怪

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一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜

6話「兆し」

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 世界はいつだって不思議と理不尽に包まれている。

 太陽が昇って、朝を迎える。月が垣間見て、夜を送り出す。同じように太陽と月が交互に現れているのに、同じ毎日は絶対に来ない。

 だから過ごした日々は大切なのだ。なのに⋯⋯


 ——ピピピピッ

 枕元で鳴り響く朝の導。まだまだ寝足りない、もっと安らかな時間が欲しい。そんなある種の怒りを込め伸ばした手はけたたましく鳴り始める時計を叩く。

「ふぅ⋯⋯すぅ⋯⋯すぅ⋯⋯」

 安息と平穏が訪れたそこには一人の少女が穏やかな寝息を立て再び眠りにつこうとしていた。しかし——、

「いつまで寝てるのよっ!」

 そんな安らぎの時間は間もなく終了した。勢いよく開いたドアからは少女の母親がズカズカと入り込み少女が纏う温もりのベールを引ん剝いた。

「ぎゃあぁっ!?」

 突如訪れた極寒に少女の意識は完全に覚醒した。そして、目の前に立つ母親を見て更なる寒さを感じていた。

「起きる気になった?」
「はい⋯⋯すぐ起きます」
「朝食が冷めない内に降りて来なさい」
「⋯⋯はい」

 一陣の台風のように母親は現れ、消えて行った。
 いつも通りの風景でいつも通りの日常。そして、いつも通り変わらないやりとり。

 台風が去り、目を擦りながら再び少女は布団の中に入⋯⋯ろうとしたが止めた。いそいそと着替え、髪や着こなしを整える。

「⋯⋯よし、こんなもので良いかな」

 背中まで伸ばした真っ直ぐな黒い髪。パッチリとした大きめの瞳に小さな口や鼻。未だに幼さが垣間見えるその可愛らしい顔立ちはを着ていなかったら中学生と間違われるだろう。
 これでも本人は身長が伸びたと喜んでいるが一年前はさらに小さく、中学生にも関わらず小学生と見られた程だった。

「さて、ご飯食べないとお母さんがうるさいからな」

 誰かに言っている訳でもなく少女は独り言を呟きながらいつも通り母親が待つリビングへと向かった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「ニュースをお伝えします。昨日発生した地震から一夜が明けました。一部地域を除き停電の心配はありませんが、倒壊や火災、津波などの二次災害のおそれがありますので海岸付近に住む方は早めの避難をして下さい。繰り返します。倒壊や——」

 何度も繰り返し放送される内容や映し出される映像。少女の母親は詰まらなさそうに眺めている。

「あれ? 昨日地震なんてあったの?」
「何言ってんのよ。あんな大きな地震に気づかなかったの?」

 詰まらなさそうにしていた雰囲気から一変、少女の反応に母親は大きく驚いた。

「う~ん、気づかなかったよ」
「⋯⋯全く鈍感な子ね。それはそうとさっさとご飯食べて学校行きなさい」
「は~い⋯⋯ってあれ? そんな大きな地震あったのに学校あるの?」

 少女は至極もっともな疑問を抱いた。
 地震があって倒壊の恐れがあるのに学校へ行く。勉強という鎖を巻きながら日常を過ごす学生にとってはその鎖が解放されるのだ。ある意味では当然の疑問かもしれない。しかし——、

「はあ? 何言ってるの。あるに決まってるでしょ。全くこの子は⋯⋯変な所で変わってるんだから」

 至極もっとも、当然ではないか。そんな風に言い母親は少女が朝食を食べ始めるのを見てから席を立ち、台所へ戻っていった。

「⋯⋯私、変なこと聞いたかな?」

 いつから言われるようになったか思い出せないその言葉——変わっている——そう言われるたびに少女の心にはチクリと何かが刺さる。

 何かを伝えようと誰かが少女を呼んでいる、そんな騒めきがその痛みと共にやって来るのに何を誰がというのが一向に分からないままだった。毎回感じる痛みと毎回思う無理解に少女は諦め、静かに食事を終わらせた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「じゃあ、行ってくるね」
「はいはい、行ってらっしゃい」

 食事を終えた少女は母親に声をかける。いつも通りの風景で、いつも通りの感じで——しかし、今日は少し変わっていた。

「なんで急に編入したいだなんて言ったの?」

 いつもなら一言で終わるその挨拶は今日は二言目があった。

 母親が言ったその内容、少女は入学していた高校から新たにできた高校へ編入を希望したのだ。
 日常を勉強という鎖に縛られる普通の学校から、常に死と隣り合わせの日常を送る戦場の学校——冒険者育成学校へ。

 冒険者育成学校。
 魔法の発見や魔物の脅威などの理由で急遽作られた新学校。カリキュラムや方針などは従来の学校とは一変したもので、戦うことを前提とした心構えや立ち回り、戦い方を教える軍のような学校だ。

 しかし、その表向きの評価とは裏腹に将来有望——つまり、強大な素養を持ち将来危険とされる思春期真っ只中の子供達を監視するという意味でも評価されていた。

 そのお陰で、現在法整備が行われたばかりの日本で魔法によって起きた様々な事件で多くに関与していた中高生の数が大幅に激減した。
 以来、表裏の評価を問わず冒険者育成学校は黙認されているが一部では家族を失った者たちによる廃校運動が起きている。

「だから毎回言ってるでしょ? 私は勉強よりも体育の方が好きだって。それに、私のステータスも冒険者の方に向いてるんだよ? お陰で特待生だし!」
「でもねえ⋯⋯お母さんは⋯⋯」
「いいの! 私はそっちの方が向いてるの。それに——」

 少女の頭の中、まるで直接語りかけられているかのように声が反芻する。

 (まただ。また誰かが呼んでる⋯⋯叫んでる)

 なんと言ってるのかは分からない。ただ女性が必死に叫んでいることは分かる。そう、必死に叫んでいるけど伝わらない。それでも⋯⋯

「⋯⋯ううん、なんでもない。じゃ、行ってくるね」
「あ、ちょっと⋯⋯!」

 それでも⋯⋯その声が聞こえる方へ行きたい。それがこの道なんだ。
 少女はそう言いたかった。でも、そう言ったらまた心配をかけてしまう。また“変な子”だと思われてしまう。それが怖くて恐ろしくて堪らない。だから少女は何も言わなかった。

「⋯⋯ふぅ」

 バタンと閉じられた扉の向こう。その先をドアが邪魔をするのか、はたまた別の何かが遮っているのか、母親は見えない先を見つめた。
 そして、こういう時いつも思い出すのは一年くらい前のあの日——母親の脳裏に浮かぶのは娘である少女の姿ともう一人の娘の姿。

「分からないわ⋯⋯」

 一日。たった一日だった。あの日の晩まではいつも通りの姿でいつも通りの雰囲気の今まで見てきた娘の姿だった。
 しかし、次の日⋯⋯一年前のあの日を境に見た娘は全くの別人になっていた。周囲の人は気づいていない。自分だけが——今まで育て、見守ってきた母親である自分だけが感じる違和感。

「どうして⋯⋯どうしてなの⋯⋯?」

 何度も考え直した。娘が変わったのではなく自分が変わったのではないか?、と。しかし、その幻想は儚く散った。
 切っ掛けは新元素、魔法そして——魔物。

 娘が変わっていた。人であったあの日から人ではない修羅⋯⋯いや、人を超えた様な存在に変わっていたと母親は確信した。
 そして気づけば、その確信は母親としての誇りや意地が裏付けまでしてしまった。だから——

「⋯⋯千代⋯⋯どうして何も言ってくれないの⋯⋯?」

 ただ呆然と立ち尽くすしか出来ない母親、七草八千代は娘の——七草千代の帰りを、言葉を、心を待ち続けたのだった。
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